M:MARIUS
S:SPUR
S:マリウスさん、今月もリモート取材、よろしくお願いいたします。あれ? 背景がいつものお部屋と違うような?
M:実はドイツから僕のいとこと、いとこの恋人が遊びに来ているんです。いつもの部屋には彼らがいるので、今日はダイニングからリモートしています。
S:そうでしたか。いとこ会、楽しそう! 同じEU内だと移動も簡単でいいですね。
M:そうなんです。EU内はパスポートなしで移動できるし、働くこともできる。すごく便利なんですよ。
S:そんなEUの議会選挙がこの6月にあるそうですね。
M:はい。5年に1回、EU議会の政治家を選ぶ選挙があります。EU議会の政治家は、母国の代表という立場ではなくて、逆に母国の政治からは独立していないといけないというEU法があります。つまりドイツ人のEU政治家は、ドイツの利害関係とは切り離されていないといけないんですね。
S:出身国ではなくて、EUのことを最優先に考えることが求められるんですね。
M:そうです。ただ、そうは言ってもそれぞれの国の政治の影響を受けてしまうのも事実で。近年ヨーロッパでは、ドイツやフランスをはじめ、右傾化している国々が少なくないんですけれど、EU議会も右傾化していることが最近懸念されています。
S:「右傾化」というと保守的で自国第一主義な思想。アメリカのトランプ前大統領は近年その代表的な存在だといわれています。社会的な公平性や多様性を重視する社会とは逆の方向。なぜ今ヨーロッパは右傾化しているのでしょう?
M:いろいろなきっかけがあると思いますけれど、社会や文化の急速な変化についていけない人たちが少なからずいるということだと思います。たとえば移民が入ってきたことで、自国の文化が変わっていくことを極端に恐れたり、同性婚が合法化されたことで保守的な家庭観を持っている人が脅威に感じたり。そういう変化への反動から、「ドイツは本来、こういう国なんだ!」と排他的になったり、「昔はよかった」と懐古主義的になったりする人がいるようです。
S:日本でもそれは共通しているかも。
M:環境保護への反発もあります。たとえばドイツは家を建てるとき、アリの巣があったら、それを別の場所に移してからじゃないと建てられないんですよ。
S:アリの巣のために建築中断!? それはついていけない人もいるかも?
M:それからEUそのものへの反発もあります。EU議会で決まったことにメンバー国は従わないといけないので、たとえばウクライナへの支援金を出すことをEUが決めたら各国は従わないといけない。でも、経済的に恵まれていない人は納得できなかったりします。そういうことの積み重ねが反EUの動きにつながっているんですね。
S:なるほど。
M:しかも以前は、右と左、シンプルに分かれていたのが、最近は、同性婚は認めるけど環境保護は税金が上がるから反対だとか、ウクライナは支援したいけど移民は嫌だとか、争点が細かく分かれすぎていて、もうぐちゃぐちゃで(笑)。ひとつにまとめるのは簡単じゃないし、ポピュリズムという民主主義の弱点に陥る可能性もあるけれど、それをカバーする法律がEUにはちゃんとあるんです。これについては、また別の回でお話ししますね。
S:ちなみにマリウスさんは今スペインの大学に通っていますよね。日本では政治の話は敬遠されがちですけれど、そちらの学生の皆さんはどうですか。
M:政治の話は、すごくよくします。特にウクライナとロシア、イスラエルとパレスチナの紛争が始まってからは、むしろ避けて通れない話題になっていますね。
うちの大学には、本当にさまざまな国の学生がいるんですよ。同じクラスには、イスラエル人もパレスチナ人もいるし、ウクライナ人もいる。それもみんないろいろなバックグラウンドを持っていて、多様な文化や宗教の人たちが混在しているんです。だから今、起きている事態に関しても当然、感情のぶつかり合いがあって、戦争の危機を肌で感じるというか、自分たちの人生が戦争の影響を受けていることを実感します。
S:当事者がいるというだけで、戦争のリアルさが全然違いますよね。
M:そうですね。日本にいたときは、世界のどこかで戦争が起きても小麦が値上がりして大変だとか、経済的な影響に目がいきがちだったけれど、こんなにも感情が揺さぶられるものなんだなと。ヨーロッパに来て、認識が大きく変わりました。
S:でも、そういうシリアスな状況下で、自分の意見を言うことは、リスクもあるし、勇気もいるでしょうね。
M:センシティブな話題は、みんな避けて通るし、「あんたには、私の問題はわからないから意見しないで!」という人もいます。でも、僕はできるだけ、自分の意見を言うようにしています。だって自分の意見を言わなければ、相手の意見もわからないと思うから。僕自身、多文化の環境で育ったから、余計そう思うのかもしれないけれど、話し合わないと相手と何も共有できないと思うんですね。もちろん言い方が悪くて、相手を怒らせてしまうことがあるかもしれない。でも、それによって何が悪かったのかを聞けるし、「ああ、そういう見方もあるのか」と学ぶことができる。よく話し合って、お互いのストーリーを共有することが、相互理解には不可欠だと思うし、それによって自分自身も成長できると思うんです。
実際、わが家も母が日本人、父がドイツ人で、おつき合いを始めた頃は、文化の違いでクラッシュがすごくあったらしい。でも、それを乗り越えて、今があるわけだから衝突を恐れたらいけないと思う。
S:私たちは反対意見があっても波風立てないようにと、口をつぐんでしまいがちですが、それではダメだということですね。
M:そういう社会、そういう考えはすごく危ないと思う。たとえば何か人権侵害があったとき、それに対して声を上げなければ何も解決しない。だから立場の弱い人でも臆せず発言できるような風通しのいい状態であることが、健全な社会を作る上ですごく大事だなと思っています。