M:MARIUS
S:SPUR
S:今月のテーマは、マリウスさんが昨年卒業した大学で、卒論テーマとしても取り扱ったエコーチェンバー現象について、あらためてお伺いしたいと思います。というのも昨年は世界各国で選挙がありましたけれど、エコーチェンバーによって結果が大きく変わるという状況が生まれているからです。
M:深刻な問題になっていますよね。まずエコーチェンバーについて、ご説明したいと思います。直訳すると「反響空間」という意味になりますけれど、自分と同じような意見があらゆる方向から返ってくるような状況のことを言います。SNSなどはそうなりがちですよね。インターネットでは、アルゴリズムが利用者の検索履歴などを分析して、その人の好む情報が優先的に表示されるようになっています。だから自分でも気づかないうちに価値観に合わない情報から隔離されてしまうんですね。
そういう情報環境を「フィルターバブル」と言ったりしますけれど、自分と同じような意見ばかりを見聞きしていると、自分の意見がより強化されてしまうんですね。
S:それが偽情報でもSNSで目にする意見がみんな同じだから、間違いだと気づけなくなってしまうわけですね。
M:昨年11月に行われたルーマニアの大統領選挙がまさにそうでした。第1回の投票で、泡沫候補だったロシア派で極右の大学教授カリン・ジョルジェスク氏が突如、首位になったんです。ジョルジェスク氏はTikTokで大規模な選挙運動を展開していたんですが、彼の情報を拡散したインフルエンサーらに約5,700万円のお金が支払われていて、さらにその資金源にロシアの関与が疑われたことから選挙はやり直しとなりました。
S:悪いのはジョルジェスク氏ですが、お金をもらえば何でもやるインフルエンサーや、オーディエンスにも問題があるような……。
M:本当ですね。インターネットができたとき、みんな、民主主義の勝利だと思ったわけです。人種や階級に関係なく、誰でも自由に平等に情報にアクセスできるし、意見を発信することもできる。よりリベラルで、人権が守られるような世界になると信じました。ところがその数年後には、「テクノロジーは民主主義の敵だ」みたいな論調に変化していたという。もちろん中東・北アフリカで起きた「アラブの春」のようにソーシャルメディアがなかったらできなかった民主化運動もあるけれど、その反対側には政府が情報を制限したり、あえて偽情報を流して政治を混乱させたりする人もいて。
S:どちらの側面もあるんですよね。
M:僕の卒論は、テクノロジー楽観主義とテクノロジー悲観主義をドイツの哲学者、ユルゲン・ハーバーマスの「公共圏」という理論を使って比較するというものでした。公共圏というのは、国家組織や私欲を超えて、社会全体の問題を市民が自由に議論できる場のことです。現代では、伝統的な公共圏がなくなってデジタル公共圏へと変わり、これまでのように質の高い議論ができなくなっています。SNSでは発言がトレンドになるように、なるべく短く、過激なことを発信する人が増えてしまったからです。しかも、資本で操作することが可能になってしまった。たとえばイーロン・マスク、彼がTwitter(現X)を買い取ってやったことのひとつに、タイムラインに自分のツイートがなるべく表示されやすくなるようにアルゴリズムを変えることがあります。自由な表現を守るためっていう理由でTwitterを買ったのに矛盾していますよね。
S:そうなんですか!? デジタル公共圏とはいったい……。これまでは情報をうのみにしないとか、ニュースは複数の情報源に当たるとか、時代が進んでリテラシーを身につければ、偽情報や陰謀論に騙されることもなくなっていくだろうと思っていましたが落とし穴が多すぎて、テクノロジー悲観主義になりそうです。
M:そうは言ってもテクノロジーがなくなることはないから、人間が主体的に使いこなせるようにならないといけないと思うんですね。そこで近年、言われるようになったのがテクノリアリズムという考え方です。たとえばテクノロジーを導入する際はきちんと分析して、悪影響があるならそれから人を守る法律を事前につくってから導入するというように、楽観主義と悲観主義の間、ふたつのバランスをとった考えです。
S:時間もお金もかかりますけれど、これまでが自由すぎて今のような状態に陥ったのかも。オーストラリアでは16歳未満の子どもたちによるソーシャルメディアの利用を禁止する法案が昨年、可決しましたね。
M:これ、僕は賛成です。ショート動画を何時間も見てしまったり、常にソーシャルメディアで友達とつながっていないと不安になったり。そういう子どもは少なくないと思いますけれど、中毒性のあるものだと思うので、周りの大人が守ってあげる必要があると思うんですね。事件に巻き込まれるリスクもあるし、何より自分自身と一番向き合わなければいけない大事な時期に、膨大な時間をSNSに費やすのは本当にもったいない。
S:それは大人も同じですね。反省します。
M:僕はスマホを長時間見すぎないように、15分おきにリマインダーが来るように設定しています。インスタとかを見ていても「今日はもう15分使いましたよ」といって、スクリーンを閉じてくれるんですね。好きなだけ延長もできるから、そこまで効果がないんじゃないかっていう人もいるけれど、「もう5回延長してるってことは、1時間以上ずっとこれ見てる! やばい!」って抑制にはなると思うんですね。
S:すごく参考になります!
M:加えて朝起きて1時間くらいは、スマホの画面を見ないようにしています。朝、目覚めてからの3時間は脳のゴールデンタイムで、ドーパミンが最も多く分泌されて集中力が高まるんだそう。そういう時間帯を有効に過ごしたいので、朝はなるべくスマホを見ないようにしているんです。
体に入れる食品って、被害がないようにすごく厳しい基準が設けられているじゃないですか。それと同じように心に影響するものも法律などで慎重に扱われるようになってほしいなと思っています。