2017.07.25

ポップソングに郷愁を注ぐ、職人肌ミュージシャンRAC

interview&text:Hiroko Shintani  photography:Kiyoe Ozawa

アンドレ・アンホスが生まれ故郷のポルトガルからアメリカに移り住んだのは、12年前のこと。それから間もないカレッジ在学中に、RAC(アール・エイ・シー=リミックス・アーティスト・コレクティヴの略)の名前でリミキサー活動をスタートし、“踊れる曲”ではなくて“面白い曲”にする独自のアプローチで名を馳せた。そして、U2からレディー・ガガまで大物たちの間でひっぱりだこになった彼は、3年前にソロ・アーティストとしてデビュー。リミックスで磨いたセンスとクラフツマンシップを駆使してポップ・ミュージックを作るアンドレに、そのユニークな出自やセカンド・アルバム『EGO』について訊いてみた。

Profile
本名アンドレ・アンホス。ポルトガルのポルトに生まれて20歳の時に渡米し、現在は米ポートランド在住。好きなバンドに自らアプローチしてリミックスを手掛けたのをきっかけに、売れっ子リミキサーに。200曲以上をリミックスしたのち、2014年にアルバム『Strangers』でソロ・デビュー。DJとしても人気を誇る。

グラミー賞の受賞は、僕の故郷で大騒ぎになったよ(笑)

――現在はエレクトロニックなポップ・ミュージックを作っていますが、少年時代はヘヴィメタルのバンドでギターを弾いていたそうですね。音楽のスタイルは違っても、若い頃から変わらない音楽観みたいなものはありますか?

「僕はポルトガル人の父とアメリカ人の母の間に生まれて、ふたつの言語、ふたつのカルチャーの狭間で育った。そんな僕にとって音楽は、いろんな壁を超越できる、エモーショナルで普遍的なコミュニケーション手段であるかのように感じられて、まずそこに強く惹かれたんだ。音楽なら、英語でもポルトガル語でもない言語で自分を表現できたからね。たとえば、10代の頃はラウドなギターを鳴らすことでフラストレーションを発散できた(笑)。そして、大人になってより複雑な感情を描きたくなったときには、細やかなニュアンスを反映できるエレクトロニック音楽がしっくり来たんだよ」

――そうしてリミックスの仕事を通じて知名度を上げて、今年初めには、グラミー賞の最優秀リミックス・レコーディングを受賞しましたね。

「そうなんだ。本当に光栄なことだし、僕が作る作品に重みと信頼性が少し加わった気がするし、人生を変える大事件だったと言って過言じゃない。マネージャーは“いつか死亡記事を書いてもらう時に役立つだろうね”とか、不吉なことを言ってたけどね(笑)。しかもポルトガル人では初の受賞で、両親までインタビューを受けたりして、故郷では大騒ぎになったらしいよ。今の僕はこうしてオリジナル曲を作っているけど、リミックスは最高のトレーニングだった。幅広いジャンルの音楽に触れて、それを分析して、曲を面白くする手段を探し、クリエイティビティを磨いて、自分独自のスタイルを探して……。今でもリミックスは大好きだよ」

成田空港で録音した音も、断片としてコラージュしたんだ

――グラミー受賞を経ているだけに、ニューアルバム『EGO』は大きな注目を浴びていますが、前作『Strangers』を発表してからの3年間に起きたことが題材になったとか。

「うん。『Strangers』は僕のデビューアルバムで、それまでに手掛けたリミックスをみんなが気に入ってくれていることは分かっていたものの、オリジナル曲にどう反応するのか、まったく予測がつかなかった。だから最悪のケースを想像していたんだ。嫌われるか無視されるか、どっちかだろうって。そうしたら想定外の大きな反響を得て、いきなり表舞台に躍り出ることになった。それはエキサイティングでもあったけど、もともとスポットライトを避けたいタイプの僕は、環境の変化に戸惑って、新たに学んだことも多い。それで、一連の体験を曲に投影してみたのさ。さっきも言ったように、音楽をエモーショナルな言語として活用して。実際に歌っているのはコラボレーターたちだけど、音楽業界でみんな似たような経験をしているし、あれこれ話をしながら曲を書いた結果、僕にとってすごくパーソナルな作品が生まれたんだ」

――全収録曲をひとつの長い曲として聴かせる構成もユニークですよね。

「ああ。今はシングルが重視されているけど、僕はアルバムで育った世代だし、1枚のアルバムでひとつのストーリーを伝えることに興味があった。そこで、まず個々の曲を書き上げて、何らかの接点やパターンを探して、僕が“結合組織”と呼んでいる色んな音の断片をコラージュして合間に挿むことで、曲をつないでいったのさ。その音の断片というのも、例えばインドネシアで出会ったストリート・ミュージシャンの演奏だったり、成田空港で録音した音も使ったよ。飛行機に乗り遅れそうで、ゲートを目指して走りながら、ケータイの録音ボタンを押していたんだ(笑)。そういう形でも、ここ数年間の僕の体験をアルバムに反映させているのさ」

悲しみと喜び、両方が入り混じった、何かを切望する気持ちが"サウダージ"なんだ

――アルバムタイトルについて伺います。ジャケットには“RAC EGO”と、アーティスト名とタイトルが並べて表記されていて、視覚的にもインパクトがありますね。

「そうだね。“エゴ”という言葉にはネガティブな響きもあるけど、究極的には、このアルバムは僕の人生そのものなんだと主張している。3文字の単語を選んだのも、まさに視覚効果を狙ったからで、僕はビジュアル表現をすごく重視しているんだ。ジャケットもアーティストに依頼して作ったもので、実はこれ、木の板をペイントして重ねた立体作品なんだよ。だから目を凝らすと木目が透けて見えるし、板の段差が影を作り出していて、僕が目標とする音楽をうまく体現していると思う。それはつまり、ポップミュージックではあるんだけど、シンプルなようで、じっと耳を傾けるといろんな発見がある音楽。細部まで作り込まれていて、深みがあって。そういう風に聴こえたらうれしいね」

――そんなあなたの音楽には、ポルトガル人らしい感性は反映されていると思いますか?

「ポルトガル特有の概念で、ほかの言語に訳しにくい言葉なんだけど、“サウダージ(saudade)”を知ってるかい? 単なる悲しみとか喜びではなくて、両方が入り混じった、何かを切望する気持ち。郷愁に近い微妙な感情だね。それが僕の音楽にも流れているはず。少なくとも、僕はそう思ってる。その一方で僕のポップセンスはすごくアメリカンだし、いつもこれらふたつの中間に着地点を探しているんだよ」

『EGO』の収録曲『This Song ft.Rostam』のリリック・ビデオ

 

『EGO』のオープニング曲『Fever ft.KNA』

 

レディオヘッドの『Nude』のRACリミックス

 

INFORMATION

『EGO』
RAC

Beat Records

01. Fever ft. KNA
02. I Still Wanna Know ft. Rivers Cuomo
03. Nobody ft. Chaos Chaos
04. Unusual ft. MNDR
05. This Song ft. Rostam
06. No One Has To Know ft. Joywave
07. The Beautiful Game ft. St. Lucia
08. Johnny Cash ft. Scavenger Hunt
09. It’s A Shame ft. Pink Feathers
10. Be ft. Jordan Corey
11. Heartbreak Summer ft. K.Flay
12. Find A Way ft. Alice MK
13. Heavy ft. Karl Kling
14. End
* Bonus Tracks for Japan
15. This Song ft. Rostam (Lindstrom & Prins Thomas Remix)
16. I Still Wanna Know ft. Rivers Cuomo (Goldroom Remix)

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