2017.10.18

元スーパーモデル、カルメン・ヴィランが奏でるミステリアスな音を聴いた? Part.1

interview&text:Hiroko Shintani photography:Kikuko Usuyama


カレン・エルソンからサンフラワー・ビーンのジュリア・カミングまで、モデル出身のミュージシャンは少なくはないけど、ノルウェイとメキシコの血を引くこのカルメン・ヴィランも然り。かつては世界中のモード誌やランウェイ、そしてハイエンドなブランドの広告キャンペーンで活躍する売れっ子だった。でも5年前に名前を変えて音楽界にデビューして以来、ファッション界にきっぱり背を向けて、自分の心を深く覗き込みながら、独自の美意識に則った実験的な作品制作に専念している。9月に登場したセカンド・アルバム『インフィニット・アヴェニュー』では、聴き手の心をざわつかせるアンビエントなモノローグを独りで作り上げたそんな彼女が、先頃来日。「モデルは遠い昔の話よ」と強調していたけど、さすがに存在感満々の女性だった。



Profile
本名カルメン・ヒルスタッド。メキシコ人の母とノルウェイ人の父の間にアメリカで生まれる。オスロで育ち、ニューヨークを拠点にモデルとして活躍したのちに、ミュージシャンに転向。2013年に、ノルウェイの先鋭的なアーティストたちの参加を得たファースト・アルバム『スリーパー』を発表した。

 

ノルウェイ人の男性はみんながフェミニストと言っても過言ではないわ

――5年前に音楽活動を始めた時はロンドンで暮らしていたあなたは、最近オスロに拠点を移したそうですね。

ええ。ミュージシャンとして生きていくにはロンドンはなかなかハードな町で、活動を続けても未来がないような気がしたのよ(笑)。オスロには家族や友達が大勢いるからやっぱり心強いし、住みやすい町だし、ノルウェイではアーティストたちの活動をサポートする公的な制度も整っている。そういう意味でも恵まれていて、表現活動をするには素晴らしい場所なの。

――北欧の女性ミュージシャンはしばしば、すごく女性差別的な英米の音楽界に驚かされると指摘していますが、あなたの印象はいかがでしたか?

私もまさに同じような印象を抱いたわ。ノルウェイにいる限り、差別的な体験をしたことはない。信頼している人たちに囲まれて暮らしているからなのかもしれないけど、ノルウェイでは、そういう問題について日頃から積極的に話し合ったりもしている。だから私が知っているノルウェイ人の男性は、全員がフェミニストよ(笑)。その点、英国やアメリカに限らず、ほかの多くの国で不快な体験をしてきたから、そういう意味でも安心して活動ができるわね。

私の中にはずっと、「もうひとりの表現者」の自分が眠っていた

――ちなみに、あなたの家族もみんな音楽好きなんですか?

ええ。全員何らかの楽器を演奏できるわ。父は若い頃にバンドでギタリストを務めていたし、姉も映画やCMの音楽制作をしていて、兄はブラックメタルのバンドで活動してる(笑)。あと、14歳の妹はピアノを弾くから、間違いなく音楽好きのファミリーね。私自身も子供の頃にピアノを習い始めて以来、音楽に夢中になって、吹奏楽団でクラリネットを担当したこともあったわ。そして10歳くらいの頃から、ピアノを弾きながら他愛のないバラードみたいなのを作ってみたりしていたっけ。

――そんなあなたが、モデル活動を経て「やっぱりミュージシャンになろう!」と決心したきっかけはなんだったんでしょう?

そもそも私はモデルの仕事を始める前から、ギターで曲を作ったりしていたの。当時はプロのミュージシャンになるとかアルバムを作るといったことまで深く考えずに、ただ楽しくてやっていたんだけど、今思うと、いろんな偶然が重なってデビューに至った――という感じね。私が人前で歌った時にたまたま居合わせて、すごく気に入ってくれた人がいて、その人を介してとあるノルウェイ人ミュージシャンと知り合って、彼がレーベルに紹介してくれて……。

――そのレーベルがたまたま、スモールタウン・スーパーサウンド(エレクトロニック・ミュージックを中心にノルウェイの最先端サウンドを紹介する世界的に有名なインディ・レーベル)だったんですね。

そうなの。モデル時代はニューヨークで暮らしていたからノルウェイの音楽事情には疎かったし、音楽業界に知り合いもいなかった。なのに、たまたま紹介されて契約したのが最高にクールなレーベルで、ファースト・アルバム『スリーパー』では、最高のミュージシャンたちとコラボできたの(笑)。だから本当にラッキーだった。で、『スリーパー』が完成した時点でミュージシャンに専念しようと決心したのよ。モデルは私にとって純粋に生活するための仕事で、だんだん刺激を感じられなくなって、どっちみち辞めようと考えていたのよね。続けても精神的な成長が見込めないと思ったし。そんなわけで、私の中にはずっともうひとりの表現者の自分が眠っていたから、モデルからミュージシャンへと活動の場を変えるのは全然難しくなかったわ。本来の自分を前面に押し出しただけなのよ。

モデル時代の自分と完全に切り離したかった

――ミュージシャン・デビューにあたって、“カルメン・ヴィラン”という名前を選んだ理由は?“ヴィラン(villain=悪党)”とは、穏やかならない言葉ですよね。

モデル時代の自分と切り離したいという想いがあったんじゃないかしら。ほら、本名はモデルとしての過去に直結するものだったし、それなりに知られてはいたから、“モデル出身のミュージシャン”という印象がつきまとってしまうんじゃないかと思ったの。音楽は私にとって、この上なくパーソナルな表現。人々に聴いてもらう上で、余計な先入観を抱かせたくなかったし、モデルはパーソナルの対極にある、イリュージョンの世界だから。それにしてもいったいなぜ“ヴィラン”だったのか、自分でもはっきり覚えていないんだけど、当時は「これしかない!」って確信したんでしょうね(笑)。

――では、究極的にあなたが音楽作りを通じて得ているのは、どんなことなんでしょう?

様々な側面があると思うんだけど、まず私にとって音楽作りは、メディテーションに近いもの。何時間もじっと座って、ひとつのことに全神経を傾けて無心になるわけだから、その間、外の世界は存在しないも同然なの。そういう意味では、間違いなく精神的にポジティヴな作用があると思う。と同時に、曲を作り上げるという作業そのものが楽しくてしょうがないし、私自身と向き合って、自分について学ぶプロセスでもあるのよ。

(Part.2へ続く)

INFORMATION

『インフィニット・アヴェニュー』
カルメン・ヴィラン

(¥2,200/カレンティート)

このセカンド・アルバムで、シンガー・ソングライターとしての実力に加えて、プロデューサーとしてのセンスも見せ付けるカルメンは、エレクトロニックな音と生楽器の音、そしてムーディーな歌声を幾重にも重ねたシュールなサウンドスケープに、複雑な心象風景を投影。スロー・テンポで淡々と刻まれる不安の律動が、夢現の世界に聴き手を引き込む。

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