一枚のアルバムとの出合いから始まる、"私的"な音楽の旅。多彩な音が育む、新しいカルチャーの萌芽を目撃せよ! 『My Back Was A Bridge For You To Cross』 ANOHNI and the Johnsons 『My Back Was A Bridge For You To Cross』 ANOHNI and the Johnsons¥2,640/ Beat Records 聴くとテンションが上がる、リラックスできる。歌詞に共感する、面白い。人々が音楽に惹かれる要素はさまざまあるが、音楽の持つ役割や魅力はそれだけではない。 人種差別や貧困問題への反発をきっかけに発展してきたヒップホップや、戦争や紛争への反対意思、そして平和への願いを込めたフォークロックの流行など、政治的な訴えを音にのせて表現してきた歴史も存在するのだ。"プロテストソング"と称されるそういった音楽に強く込められているのは、ミュージシャンの切実な思いや、祈り。それらは、聴く者の心に深く突き刺さり、考えさせられるものが多い。 アントニー・ヘガティという男性としてイギリスで生まれ、現在は改名しニューヨークで女性として生きているアノーニ。トランスジェンダーとして生きることの難しさやつらさ。そして、それを生み出す社会への不満や問題提起など、彼女が音楽に込めた表現は深く強烈だ。 最新作『My Back Was A Bridge For You To Cross』は、温暖化が進む地球の気候や環境、アノーニ自身も当事者であるジェンダーの問題、アメリカという国の政治や宗教にまつわる論争についてなど、この星が抱えている多くの懸念がテーマとなった非常に聴きごたえのある一枚だ。 彼女の厳しくも優しい言葉。そして一度聴いたら忘れられない、鮮烈かつ繊細な歌声には、あらゆるものを包み込むような懐の深さを感じさせる響きがある。 公民権運動やベトナム戦争の泥沼化へのアンチテーゼを掲げた、マーヴィン・ゲイの歴史的傑作「What’s Going On」に影響を受けた今作のサウンド。ゆったりとまろやかなソウルミュージックは聴いていて心地よく、その温かな音が全身にしみわたる。鋭いメッセージと、やわらかなサウンドのコントラストが、作品に凄みをきかせているような印象を受けたのだ。 長年愛されるマーヴィンの名曲と同様に、何十年先に聴いても古さを感じないタイムレスな魅力がそこにはある。今作を聴きながら彼女が訴える、多くの問題に思いを馳せるのも、音楽の楽しみ方の一つではないだろうか。 HASHIMOTOSAN(ハシモトサン) ジャンルや国、時代を問わずさまざまなミュージシャンを愛する音楽マニア。今注目すべき、Itなアーティストを紹介する自身のTwitter(@hashimotosan122)にファン多し。 【HASHIMOTOSANの"雑食"音楽紀行】TOPへ 2023年9月のおすすめ音楽 『VOLCANO』 Jungle ¥2,640/Beat Records タイトル通りにとめどなくグルーヴがほとばしり出る、英国のダンス・デュオの4枚目がリリース。定番のヴィンテージ・ディスコに軸足を置きつつ、アシッドハウスやサンバの熱気も封じ込めて、夏を終わらせないパーティ・アルバムに。 『World Music Radio』 Jon Batiste ¥2,860/Universal Music 前作のヒットでジャズ界からメインストリームに躍り出たマルチタレントは、宇宙に音楽を発信するDJに扮してこの壮大な新作をナビゲート。NewJeansからラナ・デル・レイまで多彩なゲストと、世界中のリズムやメロディを一本につなぐ。 『The Ones Ahead』 Beverly Glenn-Copeland ¥2,640/Big Nothing 近年再評価の声が高まるトランスジェンダー男性のアメリカ人シンガーが、79歳にして約20年ぶりの新作を発表。そこから聴こえてくるのは、世界を前に動かす英知を探る、威厳に満ちた歌声だ。目を閉じて耳を傾ければ、心が少し軽くなる。 【HASHIMOTOSANの"雑食"音楽紀行】をもっと読む 【フローティング・ポインツ】自宅とダンスフロア双方を揺らす、電子音楽の最先端【HASHIMOTOSANのおすすめ音楽】 【テムズ】愛と希望、苦悩を世界に届ける、アフリカの歌姫【HASHIMOTOSANのおすすめ音楽】 【クレイロ】早咲きのベッドルームポップから、大人のソウル・ジャズへ【HASHIMOTOSANのおすすめ音楽】 【チャーリー・XCX】ポップアイコンが提示する、クラブサウンドとの新たなる交差【HASHIMOTOSANのおすすめ音楽】 【ベス・ギボンズ】加齢を受け入れ、別れと向き合う葛藤と現実を歌う【HASHIMOTOSANの"雑食"音楽紀行】 【ビヨンセ】アメリカ音楽の歴史を、多様な視点で再解釈する旅【HASHIMOTOSANの"雑食"音楽紀行】