【連載第1回】アートセレブのたしなみ/杉本博司:勲章に愛された男

 高松宮殿下記念世界文化賞、紫綬褒章、フランス芸術文化勲章etc……最高峰の勲章を次々と受勲し続けている現代美術作家、杉本博司氏。まさにこのコーナーの第1回にふさわしいアートセレブの中のアートセレブです。世の中の人の大多数は一生勲章と縁がないと思われますが、縁がある人のところにはやたら集まってくる……勲章は寂しがりやなの かもしれません。勲章に愛された男、杉本さんは勲章を収集していたら、ついにご自分も勲章をもらえるようになったそうです。

  そんな至宝のコレクションを今回、拝見させていただくことができました。勲章が入っていたのはなんと靴箱。これなら泥棒にも絶対バレません。

 

  「靖国神社の骨董市などで買ったんだよ。日本が行った戦争にまつわる勲章が全部揃ったの」と、まず見せてくださったのは、軍功の特に優れた大日本帝国(当時)陸軍、海軍の軍人、軍属に与えられるという金鵄勲章(きんしくんしょう)。神武天皇の東征の際に出現した黄金色のトビがあしらわれたデザイン(編集部注:黄金色の鵄[トビ]が光り輝き、長髄彦[ながすねひこ]の軍を眩ませたという日本神話にもとづく)で、その周りの赤い放射状の飾りが血しぶきのように見えます(編集部注:実際は光線を表現したもの)。

  「人ひとりの命の代わりになっていると思うと、一番象徴性が高いね」

  そう聞くと勲章がずっしり重く感じられますが、杉本さんはいわくつきの勲章を集めていて、霊体験はないのか伺うと、とくにそういうことはないそうです。

 「それより戦争に至る経緯が物として実感できる。勲章の象徴性はすごい。国家はイマジネーションでファンタジー。どうやって物に置き換えていくかがアートだね」

 

  勲章と程よい距離感を保っている杉本氏はアーティストの目で勲章を捉えています。勲章は複雑な技巧がほどこされ、七宝焼のものがあったり、芸術的な価値も高いです。

 

  他にも、日本赤十字の金色有功章、国境事変従軍記章、シベリア出兵や青島出兵の戦役従軍記章、大正天皇や昭和天皇の即位を記念した大禮記念章、現在でも授与されている旭日(きょくじつ)章、瑞宝章など、レアな勲章の数々が30個くらい……。そんな中、「こんなところにあった!」と、杉本さん。その手にはご自身の紫綬褒章のケースが。勲章がありあまっていると逆に無頓着になるようです。

「昔の勲章と比べると格調が足りないね」

 

  と、クールにコメント。勲章をもらいなれている人は違います。つい先日も、フランス芸術文化勲章オフィシェ(将校)を受勲されました。西城秀樹のマネージャーが「勲章が欲しかったらお礼金720万円払え」詐欺(編集部注:「フランス文化勲章コマンドゥール[騎士団長]を受勲できる。決定権のある人物にお礼が必要」などともちかけた女が2013年11月、逮捕)にひっかかったのと同じ系統のやんごとなき勲章です。あの詐欺では勲章を受勲すると3600万円もらえることになっていましたが……。

 

  「実際はそんなのないよ。むしろ式典に出席するためフランスに行くお金は自腹だから出費が多い」

 

   実は、もらう方も何かと気苦労がつきものなのが勲章。高松宮殿下記念世界文化賞の宮様が出席されるレセプションにはブラックタイとか燕尾服で出席しないとならず、紫綬褒章の式典では1、2時間立ちっぱなしで高齢者のかたの中には倒れる人もいたり、緊張感ははかり知れません。また、受勲したとたん記念グッズのカタログが大量に送付……。

 

  「カタログの業者には賞勲局は一切関係ないそうだけど、すごいよ。まず、表彰状を入れる豪華なフレーム。菊の紋入りのまんじゅうとかとワッフルとか、タオルとか、悪趣味な置時計とか、何でもある。ワイングラスは僕も買ったよね」

 

  でも、実際の勲章は略章も含めて身に着けていない杉本氏。本物の男性は勲章に頼らないのだと感じ入りました。
 

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辛酸なめ子

漫画家、コラムニスト。埼玉県出身、武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。アイドル観察からスピリチュアルまで幅広く取材し、執筆。新刊は『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』(祥伝社文庫)『タピオカミルクティーで死にかけた土曜日の午後 40代女子叫んでもいいですか 』(PHP研究所)『大人のコミュニケーション術 渡る世間は罠だらけ』(光文社新書)『妙齢美容修業』(講談社文庫)『辛酸なめ子の現代社会学』(幻冬舎文庫)。Twitterは@godblessnamekoです。

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