某月某日、大手町のパレスホテル東京にて一夜限りのドン ペリニヨンのショーが開催されました。テーマは「ダンシング・スパイ」、総合演出は宮本亜門、映像演出は東市篤憲、衣装制作は里山拓斗、ダンサーのジョンテ・モーニングも出演という、華やかなイベントです。ロゼをイメージし、ピンクのライティングに彩られた会場には政治家からデザイナー、社長、芸能人まで各界のV.I.Pが集まってきていました。偶然会ったセレブ系の女性に「今日はV.I.Pしか呼ばれていないのに、なんでいるんですか?」と言われ、うらぶれた心になった私を受け止めてくれたのは会場のカジノコーナーでプレイしていた優しい紳士の方々でした。見よう見まねでブラックジャックに参加。合計21を超えないようにしながら、高い点数を取るゲームで、イケメンの外国人男性に「Very good card.」「We did it!」などと励まされながらプレイ。その合間に、彼は「I am German officer.」などと自己紹介してくれました。ドイツの軍人がなぜここに? と疑問を抱きましたが、彼は、軍人は儲かる、みたいなことを言って意味深にほほえみました。「I am looking forward to seeing show.」と彼がショーへの期待を語り、「Me too.」なんて会話を交わしていたのが、開演時刻が近づくと、カジノにいたメンズは皆どこかに姿を消してしまいました。ウェイターの中にもおらず、彼らは一体誰だったのか、シャンパンの泡のような幻想を見ていたのかと狐につままれながらテーブルに着席。
料理はオーガニックサーモンのマリネ、二色のアスパラガスのオレンジ風味といった軽めの前菜にはじまり、メインはシャラン産鴨胸肉のロゼ、と胃に負担にならない適度なポーションで、シャンパンに合う上品なテイストです。それぞれ、ドン ペリニヨンのグラスが付いています(Dom Pérignon Vintage 2004 、Dom Pérignon Rosé Vintage 2003 など)。ゴージャスなパーティの空気に圧倒され、畏れ多くてドンペリなんて略せず、ドン ペリニヨンと正式名称で表現しなければならない気分です。社長のスピーチと宮本亜門氏の挨拶に続き、いよいよショーがスタートしました。
ジョンテ モーニングとマタ・ハリ役の女性ダンサーがムーディーなBGMで華麗にダンス。舞台は変わってイケメン将校とのラブシーン……もしかして相手役はさっきカジノにいた男性? 軍人とはこのことだったんですね。現実と非現実が混ざり合った小粋な演出に改めて感じ入りました。泡の中での幻想的なラブシーン。ひとときの儚さを泡が予兆していたように、恋人同士は引き裂かれ、兵士は撃たれてしまいます。そしてマタ・ハリも泡に包まれて昇天……。性のきらめきと、死の荘厳さを泡で表現していて、よりシャンパンの味が深まるショーでした。人生は泡のようなものだと考えさせられます。ショーの時間が短いぶん、余韻があとを引きます。
後に、宮本亜門氏が「シャンパーニュから泡が生まれるように新しいクリエーションが誕生した。」とインタビュー記事で語っているのを拝見しましたが、聞いたところによると二週間というタイトなスケジュールで完成させたそうで……。それであの完成度はさすがですが、泡を吹くくらい大変さだったと拝察します。そんなほろ苦さもシャンパンにとけ込み、芳醇な大人のテイストに……。
漫画家、コラムニスト。埼玉県出身、武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。アイドル観察からスピリチュアルまで幅広く取材し、執筆。新刊は『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』(祥伝社文庫)『タピオカミルクティーで死にかけた土曜日の午後 40代女子叫んでもいいですか 』(PHP研究所)『大人のコミュニケーション術 渡る世間は罠だらけ』(光文社新書)『妙齢美容修業』(講談社文庫)『辛酸なめ子の現代社会学』(幻冬舎文庫)。Twitterは@godblessnamekoです。