10月1日、ミヅマアートギャラリーは三潴末雄氏の著書『アートにとって価値とは何か』(幻冬舎)の出版記念と、インドネシアの作家ナジルン氏の誕生日祝いを兼ねたパーティーで、いつも以上に人口過密状態でにぎわっていました。ナジルンが、苦労にさよならという意味の歌を歌い、コレクターであるインドネシアの富豪が挨拶、ミヅマ所属の松蔭浩之氏が軽妙なトークで盛り上げ、所属アーティストも各地から集結。パーティフードも大盤振る舞いでミヅマアートギャラリーの隆盛が極まっている感があります。
しかし『アートにとって価値とは何か』を読むと、決して順風満帆ではなかったミヅマの裏歴史が明らかに……。ご尊父が評論家だったことから、学生時代から芸術に親しんできた三潴さん。大学時代にはマルクス主義にハマり、学生運動を経験。強靭な体力はこの頃培われたのでしょうか。大学卒業後はカルチャーサロン「ステーション'70」の支配人になり、クリエイターと交流し、PRの仕事も始める、という流れはバブル経済に向かう景気の良さを感じます。40歳で一念発起してイギリスに留学した三潴さんは貴族の末裔の画廊主にギャラリー経営について学び、94年に青山に「ミヅマアートギャラリー」を開廊。しかしバブル崩壊直後だったので作品は売れず首が周らない日々……大家さんの気配を察し身を隠すこともよくあったそうです。
当時、ギャラリーの客として訪れていた身としては驚きました。三潴さんは、こんな一等地にギャラリーを経営しているくらいだから、きっと家がすごい財閥とかで尽きせぬ資金があると勝手に思い込んでいたからです。
この本の出版直後、三潴さんに取材した時にその話をすると
「親父は高等遊民みたいだったけれど、古い本を売って米を買いに行ったり、橋のたもとでお腹をすかせた子どもがいるとその米をあげちゃったりして、決して裕福ではなかったね」と、三潴さん。
ギャラリー運営が大変な時期もオープニングパーティで無料でお酒を振る舞っていた三潴さんに通じるものが……。人徳が積まれてそうです。
「青山の大家さんは、亡くなった奥さんが女子美出身でギャラリーが入るといいなと思ってたらしくて。あまり取り立てに来なくていい人でした。青山のあの辺の人たちは、戦時中青山連隊に所属していたらしい。聞いたら、戦争中表参道と国道246号がぶつかるあたりは死体の山だったって。あそこに人が集まるのも呼ばれてるのかもしれないね。ギャラリー360度の丸い窓からのぞいて、あー、霊が喜んでる、って思ったことあるよ」
アートセレブがテーマの取材なのに話がしめやかな方向に……。
「じゃあセレブの話をするよ。インドネシアのスーパーリッチはすごいの。原油資源と政治を握っているハルトノグループというタバコや銀行業を営む巨大企業があって、そのオーナーの奥さんがアート財団を作ってる。作家のパトロンもしてるんだけど、美術館を自宅に3つ、外に4つ持ってるの。お金の使い方が違うよね。あと、ジョン・フェランというコレクターも、ミヅマにも来たことがあって、うちの作家の池田学を気に入ってアートクラッシュという世界中のトップコレクター、アート関係者が集うイベントに呼んでくれた。アスペンに豪邸があってアンディ・ウォーホルとかデミアン・ハーストとか各部屋にものすごい現代アートのコレクションがあるらしい」
三潴さんの本に、「富豪が作品を買うのは精神のバランスをとるため」という記述がありましたが……。単純に絵の癒し効果だけじゃなさそうです。
「マネーゲームに飽きてるから、誰も持っていない、買えない物を究極に欲しがってるんじゃない。アートしかないんじゃないかな」
王侯貴族にお抱え画家がいた中世から変わっていないのでしょうか……。
「金持ちのお金を殺すような作品をアーティストに作ってもらいたいね。会田誠には期待してるんだよ」
「お金を殺す」名言です。そこまで大掛かりで巨大なアートになるともはや自然災害の域ですが……。
ところでミヅマアートギャラリーはシンガポールにも進出し、三潴さんご自身もセレブライフを送っていそうです。シンガポールに年の半分滞在するジェットセッターでもいらっしゃるとか……。
「お客さんが来た時は大体カジノに行きたがるから案内すると、初日は勝つんだけど3日続けたら絶対負ける。シンガポールは物価が高くてレストランに行って食べたら昼飯でも4〜5,000円行っちゃうよ」
その後、三潴さんがシンガポールでF-1観戦(ピットインの上の特等席)したという話から、アジア人はF-1をはじめとしたスポーツ界で差別されている、という話題でひとしきりトーク。セレブっぽい話を聞こうとしても、なぜかいつもトーンダウンしネガティブな方向へ……。でも、このわびさびというか陰陽が混じり合う感覚こそが、日本のアート界を体現しているような気がします。これからも業の深い作家が次々と引き寄せられていくことでしょう。
辛酸なめ子
漫画家、コラムニスト。埼玉県出身、武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。アイドル観察からスピリチュアルまで幅広く取材し、執筆。新刊は「妙齢美容修業」(講談社文庫)「辛酸なめ子の現代社会学」(幻冬舎文庫)。twitterは@godblessnamekoです。