【連載第6回】アートセレブのたしなみ/花千代さん

 品格と色香を併せ持つ花千代さんのフラワーデザイン。CMや映画、パーティの仕事や、北海道のウィンザーホテルのフラワーディレクションなど手がけています。最近は著書『若さを卒業すれば女はもっと美しくなる』も出版し、ご活躍の花千代さんですが、その経歴で目を引くのは「芸者」の二文字。セレブ界の表も裏もご存じの花千代さんに取材いたしました。
 

 都内高級住宅街に佇む邸宅を訪れると、花とアートに包まれたラグジュアリーなリビングルームに圧倒されました。イミテーションでないリアル暖炉もあります。しかも地下には室温が12度前後に保たれたワインカーブや、ビリヤード室が。そして住み込みのお手伝いさんもいるそうで、ブルジョア感が半端ないです。サングラスがミステリアスな美女、花千代さんのオーラに包まれながら、お話を伺いました。
 18歳でOLを9ヶ月経験したあと、有名料亭にいきなり電話をかけ、芸者の世界に飛び込んだ花千代さん。96年にフランス留学するまで12年続けたそうで、ちょうどバブルの時期で今では想像つかないくらい景気が良かったようです。
 

 「『ジャパンアズナンバーワン』(エズラ・F・ヴォーゲル博士の著書)とうたわれ、盛田昭夫さんらの『メイド・イン・ジャパン』が出版された時代で、ベンツの社長もロックフェラー財団の会長も東京の会議にすっ飛んで来ましたから。東京にはお金もパワーもあって、それを間近で見てきました」
 

 要人のビジネスミーティングの場所として、個室でプライバシーが守られる料亭がよく使われていたそうです。その中でも、花千代さんが所属していた新橋は、芸者の世界でも一番格上だとか。ちなみにどんなV.I.Pの方がいらしたんでしょう……?
 「エリザベス・テイラーさんやパリからウンガロさん、サンローランさん、エルメスの社長さん、リタイヤーしたニクソン大統領、マイヤ・プリセツカヤさんなど様々な方々……。ローリング・ストーンズのメンバーが東京ドーム公演のあと、K社 社長といらっしゃった時はエンライトメントな空間でした」
 エンライトメント、ゼロ磁場的なパワースポットになっていたんですね。ちなみに一流の人に共通するものはあるか伺うと……。
 

 「一流の人が人間的にできているとは限らないけれど、オーラはありましたね。あと、物事に対する集中力とビジョンを持っている方が多かったです。日本の社長はだいたいサラリーマン社長で株主や役員に遠慮している感じですが、外国の一代で立ち上げたような社長は個性がはっきりしてましたね」
 

 そんな方々と、お座敷でコミュニケーションするためには芸者さんもかなりの知識と教養が必要です。花千代さんも、日経新聞を熟読し、展覧会や歌舞伎やオペラに行って文化的素養を身につける日々。さらには早朝から美容院、着付け、お稽古と、かなりの忙しさだったそうです。景気が良かったので、一晩に5つも6つもお座敷に呼ばれることも。5年で売れっ妓にのぼりつめました。

「体力と根性がないと続かない世界です。そのぶん収入はOLの時よりアップして、月収が数百万円になりましたが、最初のうちは着物代やお稽古代でお金が右から左に流れていく感じです」
 

 若いうちから日本経済を回していた花千代さん。ただ、今は当時のような羽振りの良さはなく甲斐性のある旦那も少なくなってしまいました。ヒルズ族的な人も芸者遊びなんて粋なことはしなそうです。
 

 「ヒルズ族は紹介で一回は来るんです。でも、この世界、遊ぶ方も基礎知識がないとおもしろくないんです。長唄と清元の違いがわかるとか、素養がないと。それに三味線を弾いているのは70代、80代のお姐さんだったりしますし、ヒルズ族は女は若い方が良いという価値観なので、それだったら六本木のキャバクラに行きますよね。だいたい二回目からは来なくなります」
 

 それは寂しいです。日本の伝統文化の衰退の危機です……。とはいえ花千代さんが働いていた頃から、芸を見せるのではなくカラオケの相手をさせられたりすることがあったりして、違和感を覚えていたそうです。日本経済が弱体化していくのも感じ、32歳の時、海外に住むという夢を叶えるために芸者をやめることを決意。
 そして単身フランスのアヌシーに渡り、語学学校に通っていたある日、知り合いの社長夫人のパーティで天井一面からバラが下がった幻想的なフラワーデコレーションを見て感動。手がけたモニク・ゴーチェの教室に通うことを決意します。卒業後、国家試験に合格し、ピエール・デュクレールという一流の花屋で研修スタート。順風満帆に聞こえますが、その裏では大変な努力をされて来られたのだと拝察します。研修中は、ブルジョア顧客のパリ16区の邸宅のお部屋拝見することでインテリアのセンスを身に付けたそうです。サウジアラビアの王子様の邸宅のフラワーデコレーションを手がけたこともあったとか(お花代は2週間で500万円)。
 芸者時代に一流の人と交流していたことでもポテンシャルが高まりそうですが、花からエネルギーを吸収しつつ、セレブの豪邸でさらに運気アップというポジティブスパイラルに入っていたのでしょう。

「花があるとそこの空間が生きてくる、ハードじゃなくてソフトな役割があります。邪気を吸い取ってくれるという説もありますが、あると気持ちいい、見て美しいのが花のパワーです」
 

 そうおっしゃる花千代さんの存在こそ花のようで……住み込みのお手伝いさんのアシスタントから人生やり直したくなってきました。

若さを卒業すれば女はもっと美しくなる
花千代 著
阪急コミュニケーションズ
書籍:1,400円(税別)

 

オフィシャルブログ「花千代のHAPPY FLOWER LIFE」
http://hanachiyo.kireiblog.excite.co.jp

 
辛酸なめ子プロフィール画像
辛酸なめ子

漫画家、コラムニスト。埼玉県出身、武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。アイドル観察からスピリチュアルまで幅広く取材し、執筆。新刊は『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』(祥伝社文庫)『タピオカミルクティーで死にかけた土曜日の午後 40代女子叫んでもいいですか 』(PHP研究所)『大人のコミュニケーション術 渡る世間は罠だらけ』(光文社新書)『妙齢美容修業』(講談社文庫)『辛酸なめ子の現代社会学』(幻冬舎文庫)。Twitterは@godblessnamekoです。

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