【連載第7回】アートセレブのたしなみ/館長の品格

東京で最も良い気があふれていそうなアートスポット、三菱一号館美術館。ジョサイア・コンドルによる設計を復元した赤レンガの建物はクラシカルで、窓からは彫刻作品が配置された美しい庭園が展望でき、室内には暖炉があったり、高級感が細部にまでみなぎる空間です。10万5000人以上を動員した「ヴァロットンー冷たい炎の画家」展に続き「ボストン美術館 ミレー展」を開催、行くだけでアートセレブオーラが身につくといっても過言ではない美術館の館長、高橋明也さんにお話を伺いました。
 高橋さんは、どこか自由人っぽい雰囲気が漂い、館長の威圧感はなくてフレンドリーなお方。館長というと常に黒いスーツのイメージがありますが、ラフなベージュのジャケット姿で、好きなファッションについて伺うと、「とくにこだわりはありません。MUJIも着たりします」とのこと。それでもにじみ出るセンスの良さの由縁は、小学校六年生の時のヨーロッパ旅行にありました。大学教授だったお父様の仕事の関係で、往復80日の船旅でフランスに渡り一年ほどパリに滞在し、ヨーロッパ中を頻繁に旅行したそうです。

「暇さえあれば美術館巡りをしていましたね。ルーヴル美術館やプラド美術館、ウフィツィ美術館など……。僕の美術知識はその頃かなりできあがっちゃって。大学(東京藝大)で美術史を習ってもほとんど知っていることばっかりで、先生に生意気な野郎だって思われてたかもしれません」

 

 美術知識だけでなく、サバイバル能力も養われ、フランス語がまだわからないのに出先で道に迷ってしまい、文字の感じだけ覚えていたのでなんとか家に辿り着いたり、ご両親が何もしてくれなかったので自分一人で語学学校の門を叩いて大人に交じって入学したり、船の中でベルギー人の貴族のおじいさんに誘われかけたけれどなんとか逃れたり、あらゆる人生経験値を高められました。


「今の仕事と同じようなことをやっていました。一人で交渉するノウハウを習得できた気がします。ぶつからないと何も開けないことがわかりました」


 若いうちから開拓精神を身に付けた高橋さん。開拓といえば、昨今はわりと普通になった、美術館の壁の色が展示に合せてカラーリングされる風習も、国立西洋美術館の研究員だった時代に高橋さんが始めたことだそうです。

「89年にはじめて壁の色を変えたときは上司に呼び出されて、色々詰問されました」

 ヨーロッパで培われた色彩センスに間違いはなかったと思いますが……。
 それにしても海外旅行が自由化されてすぐに長期のヨーロッパ旅行を体験できるとは、すばらしい運に恵まれています。国立西洋美術館研究員を経て、1984年から86年に客員研究員としてパリ・オルセー美術館開館準備室に在籍されていた時の同期はその後、ルーヴル美術館の館長だったりオルセー美術館の館長になられているとかで、館長出世運が渦巻いています。そして2010年に開館した三菱一号館美術館の館長になられた高橋さん。館長同士交流したりパーティに出席される機会も多いそうです。

「セレブっぽいことですか? そんなにないですが、先日、某大国の大臣の奥さんがアートラヴァーで、すごい建物に呼んでもらったときは嬉しかったですね。ただ、受付に行って『◯◯大臣夫人に会いたい』と言ったら『◯◯大臣に妻はいません』と言われて……。聞いたら正式な奥さんじゃなかったみたいですが、最近の事実婚ではよくある話ですよね」

 

 そして、その大臣の事実上の奥様と豪華なレセプション・ルームでお茶したら、「氷の微笑」さながらに目の前で何度も脚を組みかえられて目のやり場に困ったそうです。さらに、その話しを後日交流がある某大美術館の元館長にしたところ、
「◯◯大臣が前に振られた女は某国大統領の今の女房だよ。アイツの今の女はどんな人だ?」と言われ、脚線美の素晴らしさについて報告したところ
「そうか、脚が素晴らしいのか……。ぜひ会ってみたい」とその元館長がつぶやいたとか。

 海外の格式高い美術館館長のこんなエピソードを聞くと、少し身近に感じられます。アートも女体も芸術……。美術館に行かれる女性は、脚をアピールされるといいかもしれません。

 

ボストン美術館 ミレー展 ―傑作の数々と画家の真実
会  期:10月17日(金)~2015年1月12日(月・祝)
会  場:三菱一号館美術館(東京・丸の内)
開館時間:10:00~18:00(金曜日[祝日と1/2を除く]は20:00まで)入館は閉館の30分前まで
休館日 :月曜日(但し、祝日・振替休日の場合は開館。1/5は18:00まで開館)
http://mimt.jp/millet

“辛酸なめ子”

辛酸なめ子

漫画家、コラムニスト。埼玉県出身、武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。アイドル観察からスピリチュアルまで幅広く取材し、執筆。新刊は「妙齢美容修業」(講談社文庫)「辛酸なめ子の現代社会学」(幻冬舎文庫)。twitterは@godblessnamekoです。

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