【連載第15回】 アートセレブのたしなみ/魯山人に食の真髄を教えてもらうヴァーチャル展

 最近HOTな街、日本橋の三井ホールにて、北大路魯山人の食の世界にまつわるアート展「食べるアート展 L'art de Rosanjin」が行われました。書や絵画、篆刻(てんこく)、陶芸で才能を発揮しつつ「美食」というジャンルを確立させた北大路魯山人。まず名前がかっこよくて本人のブランディングのセンスが素晴らしいです。彼が生前懇意にしていた銀座の久兵衛、紀尾井町の福田家といった店もコラボしているセレブ度の高いイベントです。
 この三井ホールは毎年金魚を使った水中アートの展示で盛り上がるスポット。今回の食べるアート展も、かなり混んでいると予想していたのですが、呼び込みのスタッフがコレド室町入り口付近にいるくらいで、意外に空いていました。インタラクティブアート系は、展示待ち時間がネックなことが多いですが、休日の夜、並ばずに快適に体験できます。
 まず、入ってすぐに目を引くのは魯山人作の板皿を20倍に拡大したオブジェです。久兵衛で3万円の魯山人コースを頼めばこの皿が出てきたりするのでしょうか……。久兵衛の先代と魯山人の間には「本物がわかる個と個のぶつかり合い」があったそうです。最初魯山人が久兵衛に行った時、マグロをもっと分厚く切ってほしいと言って先代と揉めたとか。今だったらプチ炎上級のセコい話ですが、なぜかそれが後世美談になってしまう魯山人おそるべしです。
 「魯山人と言葉」という電子書籍インターフェイスで彼の格言を読む展示もありました。「これほど深い、これほど知らねばならない味覚の世界のあることを銘記せよ」「真に美なるものは、必ず新しい要素を多分に有する」など……。ありがたい含蓄に満ちています。会場の真ん中に据えられたテープルでは「季節の食卓プロジェクション」という展示が。テーブルに器と料理がコースのように順番にプロジェクションマッピングされます。ここでも各料理には魯山人の格言が。まずは先付・前菜から始まり、椀、造り、合肴、止め椀・香の物と、見るからに高級な器と和食が出現。まさに絵に書いた餅で、眺めているそばから消えていきます。美食はひとときの快楽。天国の魯山人に、プロジェクションマッピングで、結局全ては幻影だと教えてもらったようです。ちなみに展示は立って見るようになっていて、立ち食いしている気分で、自分が庶民であることを痛切に実感させされます。

 パチパチと会場内に鳴り響く揚げ物の音に引き寄せられて奥に進むと、「美食音響カウンター」がありました。ここではカウンター前に座って、目の前で臨場感あふれるバーチャル天ぷらを体験できます。ホタテ、あなご、舞茸、ししとうなど次々と揚げられ目の前の皿に出されますが、もちろん食べられません。十数秒で消えていく生殺しプレイです。
 おあずけ状態で胃液が分泌してきた頃、リアルな寿司カウンターが目の前に。土日は久兵衛か福田屋の一品を食べることができるという企画が。コハダとマグロが一巻ずつの一皿で1800円となかなかの値段でしたが、魯山人ヴァイブスで金銭感覚が麻痺していたので、頼んでしまいました。縁台に座って、造花の桜の下で優雅に食事。でも、隣の女子二人組が、どうやって食費を節約するかについて話しているのが聞こえて、現実に引き戻されました。一番いいのは、食べないことだそうです……。

 

“辛酸なめ子”

辛酸なめ子

漫画家、コラムニスト。埼玉県出身、武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。アイドル観察からスピリチュアルまで幅広く取材し、執筆。新刊は「妙齢美容修業」(講談社文庫)「辛酸なめ子の現代社会学」(幻冬舎文庫)。twitterは@godblessnamekoです。