【連載第21回】アートセレブのたしなみ/細川家のセレブな館、永青文庫で開催の春画展

行列が絶えない「春画展」。世界で認められたという触れ込みに日本人は弱いのでしょうか。淑女のたしなみとして先日、永青文庫に行ってまいりました(前期日程)。細川家の伝統と芸術を継承する館は、椿山荘からほど近い坂の上にありました。結構な坂だったのですが、会場に向かう人々は春画への熱意で一歩一歩登ってゆきます。
 そして会場に着くと、白亜の館の前には数十人の大人の男女が並んでいました。「中は撮影禁止ですが、外観は撮影OKです。熊本の細川家からお持ちした石の潜り戸もございます。あとでぜひご散策してみてください」と、話し上手のスタッフが、並んでいる人々に向かってアナウンス。しかし皆春画に興味が集中しているようでしたが……。
 数十分後、入場すると順路はまず4階からで、プロローグとしてソフト系の江戸時代の春画を眺めつつ、奥の部屋の肉筆の名画コーナーへ。縁側でいたしている鎌倉時代の「小柴垣草紙(こしばがきぞうし)」、陽物(ようぶつ・男性器)比べからの放屁合戦が描かれた「勝絵絵巻」、着物のおしゃれセンスが今のゲイカルチャーに通じていそうな男性同士の「衆道(しゅどう)図巻」、と最初から飛ばしています。江戸時代の男女のイチャつきシーンは、女性が男性のうなじを筆で突つき、男性は女性の下半身に手を……と、風流で楽しそうです。そして、男女の目が半月状の'エロ目'に描かれている、当時の人の観察力にも感じ入りました。女の一生を季節の花になぞらえた「四季画巻」などゴージャスで美しいです。性行為の罪悪感や禁断の空気を一切感じさせない、生命讃歌のような作品に感動。性器の表現も絵師それぞれで、茶色やドドメ色のリアリストや、美化してピンク色に描いている人など。いずれにせよ、男性の陽物は大きめに誇大描写されています。

 

 インパクト大だったのが、目鼻や口が女性器になっている妖怪の絵「妖怪見立陰陽画帖」。顔がそのまま男性器、女性器になっている、笑いとエロと恐怖が混在した絵もありました。ルネサンス期には、顔が果物で構成されている有名な作品がありましたが、日本では性器で構成された顔……。日本人はもっと、この潜在的な変態力(良い意味での)を誇りに思って良いと思います。「仏涅槃図」のお釈迦様が男性器になっている絵も最高でしたが、神仏のバチが心配になります。

 

 3階は版画の傑作が並びます。菱川師宣「和合同塵(わごうどうじん)」、喜多川歌麿の「絵本笑上戸」など、セリフやストーリーが続け字の筆文字で、漫画のように添えられているのですが、読めそうで読めないのがもどかしい……。性的な擬音を思わせる単語がところどころ散見されました。「喜能会之故真通(きのえのこまつ)」を見ると葛飾北斎もびっしり細かく、ノリノリでセリフを書き込んでいました。「フゥフゥハァハァ」「ヒィヒィ」「マアマアコレサ」「スゥスゥ」「チュッパチュッパ」などは判読できました。
葛飾北斎の、有名なピカソにも影響を与えたとされる蛸と女性の交合シーンや、喜多川歌麿「歌まくら」のトラウマになりそうな恐ろしい形相の(たぶん)外国人男性のディープキスシーン、葛飾北斎の「万福和合神」に出てくる、また顔が性器の神様など、創造性がほとばしる春画の数々が。興奮してひとりごとを叫ぶ男性や、「フォッフォッフォ」と笑うおじいさん、精力的に機敏に観て回る老夫婦、思想性がどうこうと春画を前に論ずる若い男子など、来た人は春画から生きる活力を分けてもらっているようです。遊び心や情愛、生きる喜びなどが描かれた春画が受け入れられていた時代は、きっと日本人の幸福度も高かったのだろうと、思いを馳せずにはいられません。

春画展
会  期:9月19日(土)〜12月23日(水・祝)
     前期 9/19〜11/1 ・ 後期 11/3〜12/23
会  場:永青文庫(東京・目白台)
開館時間:9:30〜20:00 日曜日は9:30〜18:00
     (入館は閉館の30分前まで)
休館日 :月曜日(但し祝日の場合は開館)

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辛酸なめ子

漫画家、コラムニスト。埼玉県出身、武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。アイドル観察からスピリチュアルまで幅広く取材し、執筆。新刊は『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』(祥伝社文庫)『タピオカミルクティーで死にかけた土曜日の午後 40代女子叫んでもいいですか 』(PHP研究所)『大人のコミュニケーション術 渡る世間は罠だらけ』(光文社新書)『妙齢美容修業』(講談社文庫)『辛酸なめ子の現代社会学』(幻冬舎文庫)。Twitterは@godblessnamekoです。

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