日本をひそかに牛耳る妖怪たちがうごめく展示 #8

「大妖怪展」の会場は両国の江戸東京博物館、そこそこ空いていて快適に鑑賞できると思って行ったら、まさかの大行列が……。チケット券売機には30分、入場までは1時間もの列ができていました。なぜここまで妖怪が大人気に? 若冲展や鳥獣戯画展の混雑の記憶がフラッシュバックしますが、会場に入ってみて納得しました。伊藤若冲の妖怪画もあるし、葛飾北斎、喜多川歌麿、歌川国芳、歌川国貞といった名だたる画家が妖怪画を手がけているのです。そして妖怪ウォッチもちょっと展示されていたり、メジャー要素がひしめいています。さらに最近日本人が好きな江戸カルチャー×鳥獣戯画の妖怪バージョンともいうべき絵巻物という、集客力の相乗効果が。
江戸時代、「妖怪」はサブカルチャーのジャンルとして確立されていたのだと思いますが、それでもこんなに高名な絵描きが妖怪モチーフを使いたがるのには何かわけがありそうです。多分、妖怪のパワーを借りることで、もっと売れる、という御利益があったのではないでしょうか。伊藤若冲「付喪神図」は、モノトーンで湯のみや琵琶や壷などの妖怪を描いた作品で、構図も含めておしゃれで気合いが入っています。葛飾北斎の「天狗図」も、蜘蛛の巣を伝ってゆく天狗が独創的。歌川国芳の、手ぬぐいをかぶって踊る猫の背後に巨大な猫の顔がある作品もインパクト大でした。妖怪というジャンルで画家は実験的に自由にクリエイティビテイを発揮できたのでしょう。
会場の中で、最初に人垣ができていたのが、重要文化財 伝土佐光信「百鬼夜行絵巻」です。鍋、琵琶や三味線、沓、わらじなどが妖怪化して獣や爬虫類の足が生えていたり、怪鳥が飛んでいたり、皆どこか楽しげにぞろぞろと歩いています。シーツみたいなものをかぶっている獣などかわいいです。しかし最終的に、太陽が出てきて妖怪が怯える、というちゃんとオチまである絵巻物。絵巻物はガラスケースの中なので、列に並ばないと見られないのですが、並んでいたら、「妖怪わりこみ爺」が出ました……。人間の言動も妖怪化すると苛立ちも半減しそうです。

気合い入りまくった、怖がらせる系の妖怪画がある反面、元祖ゆるキャラ的なタッチの絵もあり、女子に「かわいい~」と大人気でした。江戸時代に描かれた妖怪本「姫国山海録」は、秋に出て粟の穂を食べる海辺の怪虫、人のように立ってなめてくる信濃青沼の怪虫、火打ち石を食べる白い石虫、豆腐を好んで食べる虫など、脱力系で全然怖くありません。そして、1568年に刊行された東洋医学や鍼の本「針聞書」は、病気の原因となる妖怪的な虫の絵が収録されているのですが、こちらもかわいすぎです。油物が大好き。胃袋に生息する「気積」、薬の効果を阻む「陽の亀積」、甘酒が好きでよくしゃべる「コセウ」、いると口が臭くなる「腎積」、甘いものが好きで歌を歌う「脾積」、大酒飲みにさせる「大酒の虫」など……。たぶん当時の能力者は実際にこの妖怪たちが見えていたのではないでしょうか? 「この妖怪、優しい?」「うん、優しいよ!」と、鑑賞中の子どもたちの会話が聞こえてきて和みました。それにしても、道具が妖怪化した付喪神や、病気の虫など、日本人は昔から擬人化が好きです。正体不明のものにも魂を与えることで、敬意を表し、うまく付き合っていこうとしたのでしょうか。災いをポジティブに変換しようとする、昔の人の処世術に感じ入りました。

そして現代の日本人はというと……妖怪ウォッチのコーナーでは、「家ーイ」「まるナゲット」など、かなりダジャレ率が高いことに気付かされました。ダジャレばかり言うようになる虫がとり憑いているのかもしれません(おじさんが罹患率高いです)。今でも様々な妖怪がスキを狙っているので要注意です。

大妖怪展
期間:~8月28日(日)
時間:9:30~17:30(7月29日から、金曜と土曜は21:00まで)
場所:東京都江戸東京博物館 1階特別展示室
   東京都墨田区横網1-4-1
http://yo-kai2016.com/

大阪会場(あべのハルカス美術館)
9月10日(土)~11月6日(日)

“辛酸なめ子”

辛酸なめ子

漫画家、コラムニスト。埼玉県出身、武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。アイドル観察からスピリチュアルまで幅広く取材し、執筆。新刊は「妙齢美容修業」(講談社文庫)「辛酸なめ子の現代社会学」(幻冬舎文庫)。twitterは@godblessnamekoです。

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