かわいいだけではないピーターラビット展 #9

ビアトリクス・ポター生誕150周年「ピーターラビット展」が渋谷Bunkamuraにて開催中です。ピーターラビットというと、なんとなくほっこりしたウサギのイメージですが、実は大人が見てもドキッとする、グロい部分やダークな面も持っているのです。今回じっくり原画を拝見し、改めて、かわいさと毒の絶妙な融合に魅了されました。

まず最初に、自費でモノクロの線画で私家版を出した「ピーターラビットのおはなし」の原画が展示されていました。ピーターが人間のマグレガーさんの庭にしのびこみ、レタスやさやいんげん、ラディッシュなど大量に食べたら見つかって、ジョウロに飛び込んだり畑で迷ったり様々なトラップを乗り越えて危機一髪脱出するというストーリーです。その中で、ピーターのお父さんがかつて畑で捕まえられてパイにされた、という絵まで出てきて結構ショッキングでした……。家系図にもパイの姿で表記されていて、お父さん、不憫です。

そもそも、ピーターのお母さんが子どもたちのためにパンを買いに出かけて留守にしている間に起きたトラブル。ピーターは、パンなんかより野菜が食べたくて畑に忍び込んだのかもしれません。ウサギ的にも野菜の方が体質に合ってそうです。(夢がなくてすみません、ウサギの飼育サイトで調べたらウサギに炭水化物はNGのようです)



食にまつわるグロい話は他にもあって、とにかく猟奇的なマグレガーさんの奥さんがウサギに畑を荒らされて「皮をはいで頭をちょんぎってやる!」と怒ったり、猫に食事に招待されてデザートにされかけるネズミの話や、子ねずみをパイにした猫の奥さんの息子が逆にネズミ夫婦にねこまきだんごにされそうになったり……。食うか食われるかの小動物間の攻防戦が繰り広げられています。それを、ポターの綿密な筆力で描いているので、絵とストーリーのギャップに引き込まれます。道徳的な色も濃く、おしおき的なシーンも出てきて、軽いものでは鞭打ちの刑から、老ふくろうが失礼なリスに怒ってしっぽを引きちぎったり、悪いことばかりしているウサギが猟師に撃たれて耳と尻尾を失ったりといった事故も発生していました。

ポターの、かわいい絵柄の裏側のダークさはどこから生まれてきたのでしょう。展示を観ていたら、ポターの悲しい婚約のエピソードが心に留まりました。ピーターラビットの本を出版したフレデリック・ウォーン社の末息子で担当編集者のノーマン・ウォーンとポターの間に恋愛感情が育ち、結婚を考えますが、親に「商売人とうちは釣り合わない」と猛反対されます。出版社社長の息子さんなのでふつうに良縁な気がしますが、アッパーミドルクラスのプライドが高かったのでしょう。なんとか説得し極秘婚約にこぎつけますが、ノーマンは白血病で亡くなってしまいます……ポター39歳の時でした。ノーマンは心労でダメージを受けてしまったのかもしれません。次の婚期は47歳の時に訪れます。莫大な印税を手にしたポターは土地購入の時に有益なアドバイスをしてくれた弁護士ウィリアム・ヒーリスとついに結婚。やっぱりこの時も親が猛反対してきたそうですが、親にも秘密でワイン商の娘と結婚していた弟が説得してくれました。


そこでふと思ったのが、娘や息子の結婚に反対しまくるプライドだけが高い両親(とくに母親が厳格だったとか)は、今でいう毒親の部類に入るのでは? ということです。ウサギに野菜ではなく炭水化物を買ってくるピーターラビットのおかあさんや、ヒステリックなマグレガーさんの奥さんの姿とちょっと重なります。でも、ただ幸せなだけではなく、人生のダーク面があったからこそ、ポターは毒のある作品が描けたのだと思います。厳しすぎる親は、子どもの妄想力を鍛えます。


プレスデーの日に行ったら巨大なピーターラビットがいて癒されました。夏にお疲れさまです。

ピーターラビット展
期間:~10月11日(火)※会期中無休
時間:日~木曜 10:00~19:00(入館は18:30まで)
金・土曜10:00~21:00まで(入館は20:30まで)

場所:東京都渋谷区道玄坂2-24-1
http://www.peterrabbit2016-17.com/

福岡、仙台、大阪、広島、名古屋を巡回

記者発表会の様子はこちらから>
ディーン様と毒カワ「ピーターラビット」

辛酸なめ子プロフィール画像
辛酸なめ子

漫画家、コラムニスト。埼玉県出身、武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。アイドル観察からスピリチュアルまで幅広く取材し、執筆。新刊は『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』(祥伝社文庫)『タピオカミルクティーで死にかけた土曜日の午後 40代女子叫んでもいいですか 』(PHP研究所)『大人のコミュニケーション術 渡る世間は罠だらけ』(光文社新書)『妙齢美容修業』(講談社文庫)『辛酸なめ子の現代社会学』(幻冬舎文庫)。Twitterは@godblessnamekoです。

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