私たちが現実だと思っているものは、実は違うのかもしれない……。レアンドロ・エルリッヒの作品を見ると、この世界の見え方が変わります。森美術館「レアンドロ・エルリッヒ展:見ることのリアル」は驚きと楽しさにあふれていました。3次元と4次元の間に入り込んだようです。展示のレセプションの日、アート関係の方々も「楽しい~」と声をもらすほどの、アトラクションのようで、でも深く考えさせられる作品の数々。
まず、暗い廊下を通った先にあったのが、薄暗い空間に黒い水がたまっているスペース。「反射する港」という作品名で、ぱっと見、舟が浮かんでいます。無人の舟が、黒い水面に映り込んでいる……。「水があるの?」「こんな所にプール作れないでしょ」という声。よく見ると、水面に映り込んで歪んだ舟の下部も木で作られていて、浮いているように見せる手の込んだ仕掛けが。舟が水に浮かぶように見えて、実はボートの揺れをコンピュータで計算して再現したインスタレーションだそうです。水もないのに、脳が勝手に水があると錯覚してしまうのです。「ギイギイ…」と舟が揺れる音まで聞こえてきました。現実とは何なんでしょう。目に見える世界への確信がゆらぎます。
全部説明するとネタバレになってしまうので、部分的にピックアップしますと、「教室」という作品は霊的でインパクト大でした。廃校となり廃墟化した学校の教室がガラスの向こうにあり、こちら側の黒い椅子に座ると、なんと反射で半透明の自分たちが教室に座っている霊に見えるのです。やられた!と思うインスタレーション。「自分の幼少時代という過去や記憶、現実の日本が抱える少子化や過疎化によって提起される未来像と向き合う」という、深遠なテーマですが、ホーンテッド教室、アトラクション的にテンション上がりました。ちなみに、ちょうどレアンドロ・エルリッヒさんのファミリーらしき方々と一緒になって、美少女&美少年のお子さんたちとクラスメイト気分を味わい、ちょっとアンチエイジングできたかもしれません。ありがとうございました。
「教室」で霊の疑似体験。自分の母校の小学校がこのくらい荒れ果てていたらショックです。
試着室が迷路になる「試着室」は、鏡だと思ったら抜けられたり、と思ったら鏡で行き止まりだったり、結構迷いました。レアンドロ・エルリッヒさんの息子さんはさすがに熟知してるのかスピーディにゴールに向かっていました。楽しい反面、どうしても試着室の都市伝説を思い出してしまいます。東南アジアで試着室に入ったら床が抜け落ちて捕らえられ、売り飛ばされるという……。なかなか出られない試着室、そんな想像で怖さ倍増です。
「試着室」はところどころ鏡だったり、実は抜けられる通路だったり……。鏡を使った作品のバリエーションが豊かです。鏡の魔術師と呼びたいです。
鏡面に映った姿がビルの壁面にぶら下っているように見えるトリック的な作品「建物」は写真映えスポットとして大人気でした。床にビルの壁面が作られていて、60度くらいの角度で鏡が立てられ、ちょうどバルコニーからぶら下がったり壁面にへばりついているように見えます。海外の人の瞬時の演技力に目を奪われました。「両側のバルコニーをつかむ感じにするといいですよ」係の方にアドバイスを受けながら、ぶら下がり写真を撮影。よくよく考えたら皆が土足で上がる所に横たわっていますが、もうこの頃には現実の認識が変わっていて、汚れなんてどうでも良くなっていました。アートで素敵な逃避ができました。
「建物」という作品でぶら下がり写真を撮影。演技力が要求されます。
だいたい美術展に行くと作品数が多すぎて疲労するのですが、この展示は体感する作品が多く、そんなに疲労感はなかったです。アミューズメントパークに行ったような満足感が得られながら、肉体的には疲れていないという、素晴らしい体験ができました。
しかし遊びの面だけではなく、解説を読むと、現実感についての作者の深い洞察が感じられます。自分の固定観念や現実の決めつけを実感した展示。ただ、レアンドロ・エルリッヒさんは美男美女の素敵なファミリー全員で会場に来ていて、現実もすごい幸せそうで、「リアリティの仕組みを問い直す」必要なんてなさそうでしたが……。
挨拶に登壇されたレアンドロ・エルリッヒさん。「通訳さん、長く喋りすぎてすみません」と通訳を時々気遣うナイスガイでした。
「レアンドロ・エルリッヒ展」期間:~2018年4月1日(日)
時間:10:00~22:00( 火曜日は17:00まで。入館は閉館30分前まで)
休館日:無休
場所:森美術館
東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー53階
http://www.mori.art.museum/jp/exhibitions/LeandroErlich2017/
漫画家、コラムニスト。埼玉県出身、武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。アイドル観察からスピリチュアルまで幅広く取材し、執筆。新刊は『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』(祥伝社文庫)『タピオカミルクティーで死にかけた土曜日の午後 40代女子叫んでもいいですか 』(PHP研究所)『大人のコミュニケーション術 渡る世間は罠だらけ』(光文社新書)『妙齢美容修業』(講談社文庫)『辛酸なめ子の現代社会学』(幻冬舎文庫)。Twitterは@godblessnamekoです。