偉大すぎてもはやとらえどころがない葛飾北斎。長生きして3万点以上の作品を描いたこと、引っ越し魔で90回も引っ越ししたことなど逸話には事欠かないのですが、さらに海外でも有名で世界の名だたるアーティストに影響を与えまくっていたそうです。そんな北斎のすごさを改めて実感できる展示「北斎とジャポニスム展」が国立西洋美術館で始まりました。
彼は世界でブレイクする運命が決まっていたのでしょうか。最初、北斎の作品が世界に流出したのはシーボルトがきっかけだったようです。シーボルトが著した日本についての本(北斎の作品を掲載)が展示されていました。シーボルトといえば先日、芸能界のもめごとでシーボルトの子孫の事務所社長が出てきていましたが、この北斎展の数ヶ月前のタイミングだったので縁を感じます。
ともかくシーボルトが紹介した北斎の作品は最初は名前のクレジットも入れられていない状態だったのですが、日本の開国後、外交官やコレクターによって作品が次々と世界に出て行き、名前もフォクサイとかオクサイ、ホフクサイなど、ちょっと間違えられながらも次第に定着していきました。
北斎の作品は西洋の芸術家たちにも評判になり、構図などを参考にする人も出てきます。最初、展示概要を見た時、まさかゴッホとかセザンヌといった名だたる芸術家が北斎の構図を模倣しているなんて、愛国的な観点から盛って言っているのでは?と思っていたのですが、どうやらそれぞれ北斎の作品を所有していたり見ていたという証拠があるようです。
マネは、北斎漫画の虫やトカゲの絵の構図を借用して「ヤモリ、イモリ、クマバチ」という作品を描きました。メアリー・カサットは、北斎漫画で布袋さんがだらけて座る構図に着想を得て「青い肘掛け椅子に座る少女」を描いたと言われています。ロートレックが描いた脚を上げる踊り子のポスター「ジャヌ・アヴリル」や「ムーラン・ルージュ」も、北斎漫画の人物の動きと似ています。ゴーガンの「水浴の女たち」は、平坦に横並びに描かれた人物が北斎の絵のようです。確信犯だったのはエドガー・ドガ。「髪をとかす女」や「背中を拭く女」など、庶民を盗み見る構図やポージングに共通性が。さらにバレエの衣装を着た踊り子の絵や彫刻と、北斎の描いたふんどし姿の相撲取りのポーズがほぼ同じです。
この展示では、モチーフごとに紹介されていて、人物、動物、植物、波と富士などのジャンルで北斎とその影響にある作品がまとめられています。北斎の絵のジャンルが幅広すぎるというか、この世のあらゆるものを描いているのでは?と、畏敬の念が芽生えます。例えば、アクセリ・ガッレン=カッレラの「冬」という、枝に雪が積もったメランコリックで素敵な作品が展示されていて、その横には北斎が描いた何パターンもの、木の枝に雪が積もった絵が。もはや北斎の本は素材集なのかも?という勢いで1ページに何点もの作品がレイアウトされています。だから西洋の人も気軽に借用したのでしょう。
菊畑 モネの「菊畑」は北斎の「菊に虻」のように植物に歩み寄って描く方法が用いられています。フランスでも菊が咲いていたんですね。
風景画でいうと、ゴッホやモネ、セザンヌも北斎の自然との距離感や構図に影響を受けていたようです。行き詰まっていた印象派が、北斎の影響によって新たな着想を得ました。木々の間から見える景色の表現や、リズム感などを取り入れています。北斎がいなかったら西洋の芸術はどうなっていたのかと考えさせられます。日本人として誇らしいです。
波と富士の絵のコーナーには、北斎の作品と北斎に影響を受けた画家の作品が並べられていました。北斎は波飛沫に意思があるかのように描いていて、自然へのリスペクトが感じられます。波の絵は、海外では花器やポスター、ドビュッシーの楽譜の表紙など、様々なところに使われ、影響を与えています。
この展示に出ているものだけでも、絵以外に、食器や花器、家具など様々な展開をしていて、ロイヤリティという概念は当時なかったでしょうが、現代にも続く北斎利権はかなり莫大なのではないかと思われます。
皿「セルヴィス・ルソー」の食器シリーズで北斎の絵が借用されていました。北斎も遠い異国で自分の絵がお皿になっているとは思わなかったでしょう。
ただ、北斎は当時は風俗絵師として生きていて、貧しい生活だったそうです……。でも、勝手に使われたと知ってもきっと北斎は怒らないで笑って受け流しそうな、そんな人柄が偲ばれます。世界の芸術家に影響を与えながらも無欲で絵だけ描いて生きていた北斎。才能や作品数も人間離れしていて、やはり神だったのではないかという気がしました。
洗濯屋の少女 ピエール・ボナールの「洗濯屋の少女」の後ろ姿のシルエットが北斎漫画の影響を感じさせます。並べられていてわかりやすい展示です。
「北斎とジャポニスム展」期間:~2018年1月28日(日)
時間:9:30~17:30( 入館は閉館30分前まで。ただし、11/18以外の金土は20:00まで。)
休館日:月曜日(1/8は開館)12/28(木)~1/1(月)、1月9日(火)
場所:国立西洋美術館 企画展示室
東京都台東区上野公園7−7
漫画家、コラムニスト。埼玉県出身、武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。アイドル観察からスピリチュアルまで幅広く取材し、執筆。新刊は『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』(祥伝社文庫)『タピオカミルクティーで死にかけた土曜日の午後 40代女子叫んでもいいですか 』(PHP研究所)『大人のコミュニケーション術 渡る世間は罠だらけ』(光文社新書)『妙齢美容修業』(講談社文庫)『辛酸なめ子の現代社会学』(幻冬舎文庫)。Twitterは@godblessnamekoです。