怖い絵と女優のコラボで恐怖と芸術に浸れる展示#22

「怖さを伝えるために、声を低めに、なるべく私情を挟まずに淡々としゃべりました」と、おっしゃるのは「怖い絵」展で音声ガイドのナビゲーターをつとめる吉田羊さん。今年下半期、最も話題を集めそうなこちらの展示は、ベストセラー『怖い絵』の中野京子さん特別監修のもと、世界中からゾクゾクする作品が集められました。

例えばメインのチラシやポスターにも使われている「レディ・ジェーン・グレイの処刑」(ポール・ドラローシュ)。16世紀、イングランドのヘンリー8世の姪として生まれたジェーンが政争にまきこまれ16歳で処刑されることに。目隠しをされた少女の傍らには斧を持った処刑人が立っています。斬られやすいよう、うなじを出した少女は手で首を置く台の位置を確認。まさか斬られた首を自分で置くとかではないですよね……? 台の下には用意周到に、血を吸収するための藁も敷かれています。侍女は隣で失神。実際の処刑はロンドン塔の敷地内、屋外で行われました。そしてこの作品もロンドン・ナショナル・ギャラリー(イギリス)では作品の前の床がすり減るほど人気だそうです。いつの時代も処刑シーンに惹かれる人間の心が怖いです。現代ではネットの炎上をWatchするような感覚でしょうか。


吉田羊さんに、恐怖を感じるシーンを伺ったら「ネットで自分とは全くまじわりのない人なのに、正義感をふりかざして攻撃するさまを見ると怖くなります」とおっしゃっていましたが、レディ・ジェーン・グレイの公開処刑のようなシーンは現代にも通じます。この絵を観て楽しんでいる自分に気付いたら要注意です。

「レディ・ジェーン・グレイの処刑」の前で佇む吉田羊さん。かつて夏目漱石もイギリスでこの絵を観て、絵の前からしばらく動けなくなったそうです。

ちなみに吉田羊さんは、この作品を観た時、「実際の哀しみ、悔しさ、理不尽さなどの感情が伝わってきて、こみ上げるものがあり、涙が出ました」だそうで、優しいです。そして共感力が高いのはさすが女優さんです。

他にお好きだという作品は「オデュッセウスに杯を差し出すキルケー」(ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス)。音声ガイドでは「高慢な美女からこんな風に飲み物を進められて断れる男がいるだろうか」と静かに疑問を呈する吉田羊さんのナレーションにドキッとしました。

「オデュッセウスに杯を差し出すキルケー」の前で、畏れ多くもツーショット。この絵は会場入口の近くでパネルになっていて、鏡に自分を映り込ませて記念撮影できます。

ギリシャ神話に出てくる英雄、オデュッセウスが魔女キルケーにワインを差し出されます。これを飲んだらブタに変えられてしまうという恐ろしい罠が。実際、絵の中にはブタに変えられたオデュッセウスの元部下たちが。ブヒブヒいう声が聞こえてきそうです。キルケーは男をブタにしておいて、ブタの匂い消しの香炉を置いていて、自分勝手すぎです。オデュッセウスは毒消しでブタにならずに済んで、逆にキルケーを落としたそうで英雄の中の英雄です。
「よく見るとキルケーの目の焦点は合ってないんです。大きめの絵なので下から見ると見下されているようで圧迫感ありますね」と、吉田羊さん。見下されて別のゾクゾク感を覚えた人はMかもしれません。

ちなみにこの「怖い絵展」、カップルにもおすすめでしょうか?と伺いました。
「はい。はじめてのデートでも話題が尽きないですし、気心が触れた仲でもより造詣が深まって良いと思います」。

処刑や殺人、冤罪、破滅、廃人など他にも様々な恐怖が描き込まれているので、それに比べたら、まだ自分は恵まれていて平和だと実感できるかもしれません。むしろポジティブになれたり……。

そこで、テーマがテーマなので、このナビゲーターの仕事をする前にお祓いとか受けられたのか伺うと、「ないです。とくに大丈夫です」。「怖い絵」展の影響で怖い体験はしましたか?とさらに聞いてみると「霊感が全然なくて、申し訳ないくらい不感症なんで……。」と、吉田羊さん。「この展示は怪奇的な怖さよりも、物語の真実を知って想像が働くことの怖さを感じます」と、深遠なお言葉が。事実にもとづいた絵は、 作者の念とか情報量がこめられているので、立ち止まって観ていると受け取るものも大きいです。

兵庫県立美術館では一日平均4500人も訪れるほど人気の展示(7月22日~9月18日)。10月7日~12月17日の東京・上野の森美術館での展示も盛り上がりそうです。

吉田さんの最近の恐怖体験は、洋服屋さんで「これが最後の一枚です」という店員さんの謳い文句に負けてしまう自分の弱さが怖かった、とのことです。さらに、その様子を絵に描いたのがテレビで流れ、「あの絵はひどすぎる」と絵心のなさを友人たちに指摘されたのも怖い体験だったとか。ニュースサイトでその絵を拝見しましたが、店員さんの顔になぜか目が描かれていなくて、不気味さがじわじわきました。怖い絵の素質があるかもしれません。
 

吉田羊さんに、この展示で一番ゾッとした怖い絵について伺いました。「フレデリック・グッドールの『チャールズ1世の幸福だった日々』です。(※下記写真右)彼らにはその後悲しい運命が待っているので、平和であればあるほど、怖さが増幅されます」。

テムズ河でゴージャスな遊覧船に乗るイングランド王チャールズ1世とその家族。憧れのロイヤルファミリーのワンシーンですが、チャールズ1世は革命によって斬首される運命なのです。それを予兆しているのか、絵の中の人々はテンションが低めです。
 歴史を知ることで絵の世界に浸れる「怖い絵」展。もし学生時代にこんな展示があったら、もっと世界史を勉強して違う人生になっていたかもしれません……。そんな取り返しのつかない過去に思いをはせて、別の意味でゾッとしました。


<吉田羊さんに一問一答>

Q恐怖を感じるものは?
A人の心

Q恐怖を感じるシーンは?
Aネットで自分とは全くまじわりのない人なのに、正義感をふりかざして攻撃するさまを見ると怖くなります。

Q怖い人は?
A自分が正しいと信じている人。

Q悪魔、地獄、怪物、神の中で最も怖いのは?
A悪魔。目に見えなくても人の心にいつでも入り込むものだから。


「怖い絵」展

兵庫会場 
期間:~2017年9月18日 (祝・月)
時間:10:00〜18:00(金・土曜日は20:00まで。 入館は閉館30分前まで)
休館日:月曜日(9月18日開館)
場所:兵庫県立美術館
兵庫県神戸市中央区脇浜海岸通1丁目1−1

東京会場 
期間:2017年10月7日(土)~ 12月17日(日)
時間:10:00〜17:00(入館は閉室30分前まで)
年中無休
場所:上野の森美術館
東京都台東区上野公園1-2

http://www.kowaie.com/

辛酸なめ子プロフィール画像
辛酸なめ子

漫画家、コラムニスト。埼玉県出身、武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。アイドル観察からスピリチュアルまで幅広く取材し、執筆。新刊は『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』(祥伝社文庫)『タピオカミルクティーで死にかけた土曜日の午後 40代女子叫んでもいいですか 』(PHP研究所)『大人のコミュニケーション術 渡る世間は罠だらけ』(光文社新書)『妙齢美容修業』(講談社文庫)『辛酸なめ子の現代社会学』(幻冬舎文庫)。Twitterは@godblessnamekoです。

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