日本のアニメーション界に多大な影響を遺した高畑勲(1935~2018)。アニメーション映画監督として数々の素晴らしい作品を手がけてきた軌跡が一望できる展示が東京国立近代美術館にて開催されています。
最後の作品として有名なのは『かぐや姫の物語』ですが、70年代のテレビ名作シリーズ『アルプスの少女ハイジ』『母をたずねて三千里』『赤毛のアン』などは少女時代潜在的に影響を受けた人も多いのではないでしょうか。他には『火垂るの墓』「『じゃりン子チエ』」『平成狸合戦ぽんぽこ』『おもひでぽろぽろ』そして原点となる長編初監督作品の『太陽の王子 ホルスの大冒険』など枚挙にいとまがありません。
会場の各所には、当時の制作ノートや企画書が展示されていました。パソコンがまだ普及していなかった時代なので手書きで、何度も推敲したあとがうかがえ、念がこめられています。パソコンのキーボードで打つ場合よりも、手で書く行為で脳が刺激されそうです。
中でも「高畑監督によるテンション・チャート」が異彩を放っていました。こちらも手書きで、ストーリーの進行に伴い各登場人物のテンションがどう上下するか、登場人物の香盤表とともに一覧できるようにした図表。佐村河内氏の作曲の設計図以上に細かくて、緻密な頭脳に驚かされます。各登場人物の属性や村人の詳しい説明文、集落の様子まで詳細に記したメモもありました。実際に存在する村のように思えてきます。高畑監督は克明な設定や人間関係の図、制作ノートをスタッフに配布して、一緒に考えられる環境作りを目指していたそうです。骨格がしっかりしているから作品に説得力があるのでしょう。
『太陽の王子 ホルスの大冒険』という初の長編演出作は、企画書や制作メモが多数展示され、細部まで考えられていて気合いが入っていました。ヒルダという登場人物は悪魔の妹として主人公を惑わすいっぽうで、人間的な感情を持っている苦悩するキャラクター。かなり見応えありそうですが、制作側も苦悩していたようで……。『太陽の王子 ホルスの大冒険』は企画から3年を要して制作費は1億3000万円にもなり、興行成績は振るわないという結果に。でも日本のアニメーション界に大きな影響を与えました。高畑監督はヒット連発しているイメージでしたが、不振な時代もあったとは……。早すぎたのでしょうか。
一転して雰囲気が明るくなったのは『アルプスの少女ハイジ』コーナー。実際にスイスにロケハンに行った写真もありました。その時見たアルプスの美しい風景が、そのまま背景画に。セントバーナードについてもちゃんと調べられたメモが残っていました。(餌は肉7野菜3の割合とか)高畑監督の真面目さが随所ににじみ出ています。ブランコに乗るハイジが天井から下がっていたり、アルムの山小屋のジオラマが展示されていたり、ハイジの世界に浸れ、癒されます。
『母をたずねて三千里』『赤毛のアン』など、名作の展示もあって懐かしいです。赤毛のアンに関しては、高畑監督はスタッフに対してかなり無茶ぶりなリクエストをしていたようです。「風変わりな目立つ顔だちで感じやすく、しかも骨相から言えば将来魅力的で知的な美人になる顔」を造形してほしいという……。キャラクターを手がけた近藤氏のスケッチからはおでこの線を微妙に修正したりした跡が見え、苦労がしのばれます。たしかにアンはその通りのルックスに仕上がっていました。遺作となった「かぐや姫の物語」も大量のラフスケッチが作成され、桜の樹の下で舞うかぐや姫、怒りと悲しみの一念で疾走するかぐや姫など、存在感や感情が迫ってくるようでした。
高畑勲氏の今まで作ってきたヒロイン像は、徹底的なこだわりで生まれたからこそ、何年経っても色あせない魅力があるのでしょう。ハイジもアンも、チエもかぐや姫も、観た人の心の中で生き続けています。そんなインナーキャラたちと再会できる展示です。
「高畑勲展─日本のアニメーションに遺したもの」
期間:~10月6日(日)
時間:10:00~17:00 ※金曜・土曜は10:00-21:00 ※入場は閉館30分前まで
休館:月曜(8月12日、9月16日、9月23日は開館)、7月16日(火)、 8月13日(火)、9月17日(火)、9月24日(火)
場所:東京国立近代美術館 1F 企画展ギャラリー
東京都千代田区北の丸公園3-1
https://takahata-ten.jp/