脳内北斎をアップグレード! 新・北斎展 #39

今もリスペクトされ続ける稀代の絵師、葛飾北斎の作品を集めた「新・北斎展 HOKUSAI UPDATED」が森アーツセンターギャラリーにて開催。北斎研究で有名な永田生慈氏が集めた膨大なコレクションを中心に、北斎が使ってきた画号や作風の変遷を、年代を追ってわかりやすく展示しています。30もの画号を使っていた北斎。その中でも「画狂老人卍」という名前のセンスが新しすぎる、と最近話題になっていましたが、こちらの晩年の名義の作品も展示されています。

まずは「春朗」名義の時代から。少年時代は貸本屋の小僧として働き、14歳頃から版木彫の仕事をしていたらしい叩き上げの北斎(本名は鉄蔵。また名前が増えました)。絵師になったのは19歳と言われています。肉筆画で人気の勝川派に入門しました。

撮影OKコーナー。飛び出す絵本のように絵を組み立てて立体感を出す、組上げ灯籠絵です。「葛飾北斎」期。

その初期の「春朗」期は江戸時代の街並や風俗を詳細に描き込んでいて、まじめな性格が伝わってきます。美人画もいいですが、気になったのは当時の子どもたちの遊び。「風流五節句子供遊」の、笛を吹きながら鼻の上に棒をのせてバランスを取る少年、「風流見立狂言 すゑ広」の下半身を露わに部屋で楽しそうに踊る少年など、フリーダムな空気が伝わってきます。

ゴッホの「ひまわり」以前に、北斎が「画狂老人卍」として「ひまわり」を描いていました。「向日葵図」を描くことで、死を前に生命力を感じたかったのかもしれません。

北斎は30代半ばになって勝川派を離脱、琳派の俵屋宗理を襲名しました。肉筆画で女性を描いた作品、風景画の版画など、絵師としても充実しているのが伝わってきて、線にも自信が漂っています。

手前は「狂歌歳旦江戸紫」。人物が後ろ向きでシュールなタッチです。「宗理」期の作品。

風景画は亀戸や両国、日本堤、吾妻橋といった今もある地名が出てきて変化を比べるのも楽しいです。驚いたのは日本橋や吉原の絵に富士山が描かれていること。高い建物がなかったから江戸からも霊峰が望めたんですね。富士山があるだけでテンションが上がります。「画本狂歌山満多山」のシリーズの中に、江戸男子が股引をレギンスっぽくはきこなしている絵が。北斎の描く江戸時代の人々は、着こなしのこなれ感が半端ないです。

続いては「葛飾北斎」期。40代後半の時は肉筆画や本の挿絵、版画などで人気を誇っていました。「東海道五十三次」シリーズ、かるた、文字で構成された「文字絵」、軽いタッチの略画技法「鳥羽絵」、江戸の笑いが凝縮された「狂句入戯画」や「謎かけ戯画」、絵を切り抜いて組み立てる「組上げ灯籠絵」など、怒濤の勢いでたくさんのジャンルに挑戦しています。江戸の笑いのツボが理解できないのが残念ですが、知的な笑いのセンスを感じました。「戴斗」期には絵手本「北斎漫画」を生み出しました。「漫画」とは「漫然と描く」という意味だそうです。流れるようなタッチとシンプルな線であらゆるポーズを的確に表現していました。波の描きかたから櫛のデザイン集、何かの踊りの振り付け、洗濯する人、居眠りする人のポーズ集、etc.……。今でいう版権フリーイラスト集みたいなものでしょうか。天才絵師なのに何でもやっています。「為一」期には旅ブームに乗って風景画も多数描き、根付

やタバコ入れの図案集まで出し、「画狂老人卍」時代も新たな画法を追求したり、人生五十年と言われた時代に精力的すぎです。年だからといって、守りに入ったり、あきらめないで良いと北斎に教えられます。

北斎を象徴する「為一」期の「冨嶽三十六景」シリーズ。普遍的なかっこよさです。

これだけの仕事量でお金がたまらなかったのは、管理がどんぶり勘定だったのと、引っ越し癖のせいのようです。絵を描くことだけに集中するため、料理も掃除もしないで汚れたら引っ越しするというスタンス。93回も引っ越ししたと伝えられています。画風にも家にも執着せず、何にもとらわれないで自由にスタイルを変えています。

文字で出来ている文字絵。現代人には解読不可能でしたが……。左は小野小町で右は僧正遍昭。「葛飾北斎」期。

「葛飾北斎」期の作品に、「蛸図」があり、その隣に「酔余美人図」が展示されていました。これはもしや伏線? いたずらな瞳の蛸の隣に、酔いつぶれて寝ている美女の姿が。この次の展開は、もしかして……。北斎先生のもう一つの顔、「鉄棒ぬらぬら」名義による春画が連想されます。美女と蛸が絡み合う春画の名作「蛸と海女」を想起せずにはいられません。きっと展示会場のどこかに、カーテンで仕切られた禁断のコーナーがあるのでは?伏線では?と期待したのですが……春画は今回、ありませんでした。全体的にまっとうな展示でした。

でも、音声ガイドに流れた北斎の死ぬ間際のセリフ、「天があと十年、五年生かしてくれれば本当の絵師になれただろう」という言葉に静かに感動し、春画がなくても心が満たされました。

「戴斗」期の絵手本の中に不思議な物体が。天文関係の計測器でしょうか。

「新・北斎展 HOKUSAI UPDATE」

期間:~2019年3月24日(日)
時間:10:00~20:00(火曜は17:00まで。入場は閉館30分前まで)
休館日:1月29日(火)、2月29日(火)、2月20日(水)、3月5日(火)は開館。
場所:森アーツセンターギャラリー
東京都港区六本木6-10-1
https://hokusai2019.jp/

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撮影OKコーナー。飛び出す絵本のように絵を組み立てて立体感を出す組上げ灯籠絵です。「葛飾北斎」期。
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ゴッホの「ひまわり」以前に、北斎が「画狂老人卍」として「ひまわり」を描いていました。「向日葵図」を描くことで、死を前に生命力を感じたかったのかもしれません。
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手前は「狂歌歳旦江戸紫」。人物が後ろ向きでシュールなタッチです。「宗理」期の作品。
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北斎を象徴する「為一」期の「冨嶽三十六景」シリーズ。普遍的なかっこよさです。
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文字で出来ている文字絵。現代人には解読不可能でしたが……。左は小野小町で右は僧正遍昭。「葛飾北斎」期。
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「戴斗」期の絵手本の中に不思議な物体が。天文関係の計測器でしょうか。
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