古代エジプトの超越クリエイティビティ #59

古代エジプトになぜか心惹かれる、という人は多いのではないでしょうか。何年かに一度開催される古代エジプト関連の展覧会。今回の展示は日本初公開だらけで、古代エジプトオタの方もきっと満足度が高いと思われます。ドイツの国立ベルリン・エジプト博物館が所蔵する作品が来日した「古代エジプト展 天地創造の神話」展。

会場は両国の江戸東京博物館でちょっと意外性がありますが、下町と古代エジプトの共通点は……というと、川沿いに栄えている、というところでしょうか。両国はナイル川ではなく隅田川のほとりですが……。ちなみに作品を出品したベルリン国立博物館は、ベルリンに流れるシュプレー川に浮かぶ「博物館島」にあるそうで、奇遇にも川つながりの展示です。

古代エジプトの超越クリエイティビティ #の画像_1
よく見たらボディラインが女性的なセクメト女神。石からもパワーをー感じます。

コロナを超えてよく来日してくださったという感謝の思いでいっぱいですが、今回の展示品約130点のうち100点が日本初公開。例えば何が初公開かというと、「シュウ神とテフヌウト女神の頭部を装飾したメニトのおもり」に始まり、「背面にジェド柱を持つオシリス神の小像」「ホルス神に授乳するイシス女神の小像」「ナイルの神の像」「セクメト女神立像」「パピルスの茂みの中にいるヘフ神の装飾を施した聖油を塗るための匙」「バステト女神座像」など……。ざっと見ても神様の像がたくさん来ていることがわかってありがたいです。

古代エジプトの超越クリエイティビティ #の画像_2
古代エジプトの超越クリエイティビティ #の画像_3
前足を揃えた姿が神々しくかわいい「バステト女神座像」。

猫のバステト女神は有名ですが、エジプトのマニアックな神々も揃っています。この会場にいるだけで、エジプトの神々のご利益をいただけそうです。

古代エジプトの超越クリエイティビティ #の画像_4
シュールすぎる神プタハの解説は、「人間の姿から昆虫の姿に変わり、朝に上空へ丸い太陽を持ち上げる太陽神の表現」だそうです……

展示は「天地創造と神々の世界」「ファラオと宇宙の秩序」「死後の審判」の3章から構成されていて、アヌビス神が要所要所で動画でナビゲートしてくれます。
1章「天地創造と神々の世界」の解説によると、「この世界は、光もない暗闇が支配する混沌とした『原初の海』ヌンから、神々の意思により『秩序ある世界』が創造された」そうです。古代エジプト人はこの秩序を「マアト」と呼んで大事にしています。日本と共通しているのは、八百万の神が存在しているということでしょうか。

古代エジプトの超越クリエイティビティ #の画像_5
「ラー・ホルアクティ神に供物を捧げるトトメス3世を描いたステラ」ハヤブサ頭の太陽神ラー・ホルアクティに、清めの水を注いだ容器を捧げています。

大気の神シュア、湿気の女神テフヌウト、大地の神ゲブ、冥界の支配者オシリス、月の神コンス、など。古代エジプトの人々が自然現象にリスペクトを抱いていたのが伝わってきます。嵐や反乱、病と結びついている砂漠の神セト、「大虐殺の主」とされるライオン頭の神マヘスなど、怖い神様もいます。怖さと癒しを併せ持っているのが、ライオンの頭のセクメト女神(マヘスの母親)。好戦的な性格ですが、強力な戦争の神としてエジプトの地を敵から守る、というご利益が。そして癒しの女神でもあられます。アメンヘテプ3世が老後の病気を癒すために、セクメト女神の像を600体も製作させたとか。破壊力で病気も退治してくれると信じられていたセクメト女神が会場に3体くらいいらっしゃるので、ぜひ感染症からの守護をお祈りしたいです。癒しの女神として大人気なのはやっぱり猫の神様です。「バステト女神座像」のキャプションを見ると、この像は紀元前610~595年頃「ネコ2世」というファラオの治世の時のものだそうです。猫の神様が、ネコ2世の時代の作品という偶然の一致に高揚します。

古代エジプトの超越クリエイティビティ #の画像_6
「ヒヒを肩に乗せ、ひざまずく男性の像」。古代エジプトの知恵を司る神「トト神」はヒヒの姿に象徴されています。

2章「ファラオと宇宙の秩序」では、社会の中で「マアト」という秩序を遵守し、遂行する最高責任者のファラオについて掘り下げます。姿勢の良さに威厳が漂う「アメンエムハト3世と思われる礼拝する王の立像」や、気品ある表情の「ネフェルトイティ王妃あるいは王女メリトアテンの頭部」、結構育っている少年が立って乳房を吸っている「王に授乳する女神の立像」など、独特で存在感のある作品の数々が。頭部が宇宙人のような王族もいらっしゃいました。

古代エジプトの超越クリエイティビティ #の画像_7
手前は「アクエンアテン王とネフェルトイティ王妃の娘である王女の頭部」。古代エジプト人宇宙人説がよぎる頭部です。

3章は「死後の審判」というテーマで「死者の書」などが展示されていました。金色に輝く「パレメチュシグのミイラ・マスク」や、「ミイラと共に出土した護符とビーズネット」などの副葬された工芸品を見ていると、古代エジプトで終活や死にかけるお金はかなり莫大だったのでは……と思わされます。ミイラに加工され、マスクや人型棺を美しく装飾し、工芸品を棺に入れるとしたら、現代に貨幣価値に換算するとどのくらいかかるのか想像できません(現代は棺桶や仏具のセットで3万円前後の価格帯もありますが、古代エジプトだととてもそれではまかなえなさそうです)。より良い来世のためには投資が必要です。ここに展示されている棺やマスクの持ち主は間違いなくセレブです。時空を超えて格差を痛感します。

古代エジプトの超越クリエイティビティ #の画像_8
「タレメチュエンバステトの『死者の書』」より。こんなに細かいヒエログリフがあるとは……。
古代エジプトの超越クリエイティビティ #の画像_9
「デモティックの銘文のあるパレメチュシグのミイラ・マスク」は側面にも絵がびっしり描かれていてご加護を感じさせます。

展示のエピローグでは、「秩序ある世界も終わりから逃れられない」「世界は無になる」と、今後の滅亡予言が……。今の人類の状態から、滅亡は遠くないような気がします。でもまた混沌とした海の中で、オシリス神とアトゥム神が新たな世界を創造してくれるそうです。展示を一巡しただけでも、悠久の時が経ったような感覚で、タイムトリップできました。エジプトの神々と縁ができたので来世はきっと安心です。

古代エジプト展 ー天地創造の神話 ー

期間:~2021年4月4日(日)ま
時間:9:30~17:30  ※入場は閉館30分前まで
休:毎週月曜日(ただし2021年1月4日、11日、18日は開館)、12月21日(月)~1月1日(金・祝)、1月12日(火)
※開催日時などにつきましては、新型コロナウイルス感染症の問題で変更の可能性もあるので、念のため下記HPなどでご確認ください。
会場:江戸東京博物館
住所:東京都墨田区横網1-4-1
https://egypt-ten2021.jp/

辛酸なめ子プロフィール画像
辛酸なめ子

漫画家、コラムニスト。埼玉県出身、武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。アイドル観察からスピリチュアルまで幅広く取材し、執筆。新刊は『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』(祥伝社文庫)『タピオカミルクティーで死にかけた土曜日の午後 40代女子叫んでもいいですか 』(PHP研究所)『大人のコミュニケーション術 渡る世間は罠だらけ』(光文社新書)『妙齢美容修業』(講談社文庫)『辛酸なめ子の現代社会学』(幻冬舎文庫)。Twitterは@godblessnamekoです。

記事一覧を見る

FEATURE