戦後の日本のファッションの流れをたどることができる充実の展示「ファッション イン ジャパン 1945-2020 ─流行と社会」が国立新美術館ではじまりました。内覧会の会場にはカリスマデザイナーの方が結構いらっしゃっていて、80年代の部屋で、コシノジュンコさん、ドン小西さん、津森千里さんが集って雑談していた時のレジェンドオーラはすごかったです。それぞれ誰にも真似できないファッションで、存在感が濃いです。ネットもSNSもまだない時代を切り開いた方々の個性は何年経ってもゆらぎません。
その後、「1980年代 DCブランドの隆盛とバブルの時代」の展示室でドン小西さんとコシノジュンコさんのコメント取材がありました。ご自身の作品の前で語ったドンさん。
「当時は迷うことなく自分を出し切っていました。自分の生い立ち、環境、思想が全部盛り込まれるから恥ずかしかった」。
またコシノさんも「人のことは一切見ていなかったです」とおっしゃっていて、当時のデザイナーの方々は周りに影響されず独自路線を貫いていたようです。80年代の部屋の個性が強すぎて、一瞬入るのを躊躇しかけました。この空気に負けずに展示室に入ることで、ファッションの通過儀礼をくぐり抜けた感があります。
「マイペースでやってきたので、ほかのデザイナーはわからない。デパートに行ってもじろじろ見るわけにはいかないし。今回、他の作品をじっくり見れました」と、コシノさん。顔がわれているのでたしかに他のお店で視察しづらそうです。
「私たちの先輩がいて、私たちの世代がある。日本のデザイナーの遍歴はこれを見れば全てわかると思います」と、コシノさん。1966年にオープンした「ブティック・コレット」の衣服や、大阪万博のユニフォーム、宇宙的な黒いドレスなど、時代時代にコシノさんのデザインした服が登場していました。
最初のプロローグの展示ルームに戻ると「1920年代-1945年 和装から洋装へ」というテーマで展示されていました。1920年代はモダンガールが登場し、ワンピース姿の女性が街を闊歩して華やかで平和な空気。しかし戦時中はおしゃれどころではなくなって、国民服と婦人標準服、もんぺの時代に。戦後、その時抑圧されていたセンスが花開き、「1945年-1950年代 戦後、洋裁ブームの到来」につながります。田中千代、杉野芳子、伊東茂平などの先駆者的デザイナーが登場しました。この時のファッションも余裕で現代でも着られそうな、普遍的なセンスです。大量生産ではない高級感も漂います。
「1960年代 『作る』から『買う』時代へ」のコーナーでは、VANや森英恵のファッション、1964年の東京オリンピックのユニフォームなどがフィーチャーされていました。当時は東京オリンピックを契機に街が整備され、経済的成長が顕著でしたが、今度はどうなるのでしょう……。当時の赤と白のユニフォームからパワーをわけてもらいたいです。「1970年代 カジュアルウエアのひろがりと価値観の多様化、個性豊かな日本人デザイナーの躍進」は山本寛斎、ビギ、マドモアゼルノンノン、ニコル、菊池武夫といった、その後のDCブランドの萌芽を感じさせるラインナップでした。
「1980年代 DCブランドの隆盛とバブルの時代」の展示ルームは個性がうずまいていて圧がすごいです。なかでも注目なのは、1982年、パリに衝撃を与えたコム デ ギャルソンの、穴の開いたニットや洗いざらしの布をつぎはぎしたようなデザイン。当時はボディラインにフィットするデザインが美しいとされていたので、物議を醸し、新しい価値観を提示することになりました。会場にいたおしゃれ業界人風の女性が「コム デ ギャルソンは30年前の服でも着られる」と話しているのが聞こえてきました。流行に流されず、クオリティーが高くて長く着られるので結局コスパが高そうです。
「1990年代 渋谷・原宿から発信された新たなファッション」は、コギャルブームや裏原ブームから生まれたファッションが展示。ストリートで文化が生まれていたなつかしい時代です。時代が現代に近くなると、まだ流行が回りきっていないからか、若干当時の自分とリンクしてダサく感じるファッションも……。でも勢いは感じられます。「2000年代 世界に飛躍した『Kawaii』」は、津森千里、メゾン ミハラヤスヒロ、ミナ ペルホネン、シアタープロダクツなどの作品が展示。今でもおなじみのブランドです。
「2010年代『いいね』の時代へ」には、サカイやマメ クロゴウチなど、注目され続けているブランドが登場。「未来へ向けられたファッション」になってくると、個人的に知らないブランドも多くなってきて、焦りを感じつつこの展示で知識をアップデート。「家を衣服として着る」(アンリアレイジ)、「人間が存在しない世界に生き残ったファッションが意思や感情を持ち、防護服としての衣服に憑依する」(パグメント)、「重力と身体感覚の関係性について探求」(ミキオサカベ)など、最近のブランドはコンセプトが知的で、新世代のハイブリッドな才能を感じさせます。
戦後から現代までファッションを一気に見てきて、日本人のセンスは素晴らしいと誇りが芽生えてきます。ただ賞賛の気持ちだけで平穏に見終えることができたのは、それぞれの服に値札がなかったからかもしれません……。経済観念と距離を置くことで純粋に作品として観賞できます。