ガブリエル・シャネルのクリエイションに触れ、エンパワーメントされる展示 #77

時代が変わっても常に憧れの存在であり続けるメゾンブランド、シャネル。シャネルの創業者であるガブリエル・シャネルの仕事にフォーカスした、「ガブリエル・シャネル展 Manifeste de mode 」が三菱一号館美術館で開催されています。

ガリエラ宮パリ市立モード美術館で開催された巡回展なので、パリの空気も一緒に運ばれてきたかのよう……。大規模なシャネル展としては32年ぶり、ガブリエル・シャネル(1883~1971)の仕事に焦点をあてた展示としては本邦初(かもしれない)とのことで、世界的なカリスマ女性のヴァイブスを吸収できそうです。

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まず最初の部屋には初期のデザインが展示されていました。女性をコルセットから解放し、シンプルでエレガントだけれど着心地が良いデザインを提供したガブリエル・シャネル。もともとは下着に使われていたアイボリー色のシルク・ジャージーをドレスやチュニックなどに転用しました。ガブリエル・シャネルの自由な発想により、素材の可能性が広がりました。100年経っても色あせないどころか、2022年の今でもおしゃれで素敵なデザインのドレスが並んでいます。展示室に入った瞬間、時空を彷徨い当時のシャネルのブティックったのかと思ったほどです。

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デイ・ドレス 1930年春夏 パリ、ガリエラ宮 ベルタン夫人より寄贈

中でも目を引いたのは、シャネルでは珍しい花柄のドレス。黒地のシルクに赤い花がプリントされていて、その花のプリント部分には、余った端切れの中から花の部分をアップリケのように縫いつけていて、部分的に花びらが立体的になっていました。シャネルのドレスはシンプルシックだとよく言われますが、よく見ると細部も驚くほど凝っていて、さすがです。ドレスは布を直接巻きつけて仮縫いを重ねて制作していたそうですが、ボディなのかモデルさんなのか不明ですが、スタイルが良いです。自らデザインした服を一番最初に身につけてプロモーションしていたガブリエル・シャネル。彼女もモデル体型で、凛とした佇まいの写真が神々しいです。

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自らモデルとしてシャネルの服を着用していたガブリエル・シャネル。宣伝方法も時代を先取りしています。
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エレガントなリトルブラックドレスの数々。「取り除くことが必要で、決して付け足さないこと」とガブリエル・シャネル談。

続いてブラックドレスの部屋へ。「つねに取り去ること。決してつけ足さないこと。自由に動く身体より美しいものはないわ」というガブリエル・シャネルの言葉を思わせる、洗練されたスタイル。でもよく見ると、すごく細かいプリーツ加工だったり、裾飾りがレースになっていたりと、細部にまで趣向がこらされています。決して手を抜かない、諦めないプロフェッショナルな仕事。まず、自分がシャネルを着るのにふさわしい生き方をしているのか考えさせられます。

ルーマニア貴族のマルト・ビベスコ公妃も「彼女が優れているのは細部であり、その背景に関しては、慎重に抑制したその空想力や想像力を膨らませている。なぜなら、ガブリエルの趣味はあまりに古典的であり、その輪郭線の純粋さを損なうことは許されないのである」と、1927年に賛辞を寄せていました。当時は貴族や俳優などにも愛用されていたようです。

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シャネルには珍しい、ブルーのドレス。絶妙な色合いとグラデーションが美しいです。  
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三菱一号館美術館の、西洋の邸宅風のインテリアに欠かせなかった暖炉が、黒い壁に覆われています。今回はシャネルの世界観に合わせるため、館内の装飾もシンプル&モードにイメチェン。
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約100年前のシャネルのコスメ。ブランドのマークが今も色あせずしっかり刻印されています。  

服飾品や宝飾品だけではありません。シャネルには語り継がれる名品「N°5」があります。展示では、香水は「現代女性の目に見えないアクセサリー」と称されていました。80種類以上の香料でできている伝説の香水。マリリン・モンローが寝る時に何も身につけず、神秘的な「N°5」の香りだけまとっていた、という話が有名です。シンプルなデザインのボトルも当時は斬新でした。また、香水以外にも、約100年前のビューティクリームやスキンクリーム、マッサージオイル、ルースパウダーなどのパッケージが展示。「ビューティクリーム週末旅行サイズ」というのもあり、バカンスに行く時に愛用されていたそうです。100年前もこんなにコスメが充実していたとは。勝手ながら当時は植物由来の化粧水くらいしか存在していないと思っていました。そしてこの頃からすでに施されていた、片方のCが反転したダブルCのシャネルロゴのデザインにテンションが上がります。

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続いてシャネルのドレスが優雅に並ぶ展示室へ。軽く動きをつけたマネキンが服を立体的に際立たせています。エレガントさが十分あって、着心地が良さそう、そして適度な肌見せ感で品が良いという、ありがたいデザイン。それでいて女性として格上げしてくれる素晴らしいドレスです。高身長のフランス人に合わせているのか、こちらの空間に入るとドレスの存在感に圧倒されます。

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俳優が愛用していたドレスの数々。ジュリエット・グレコ、ジャンヌ・モロー、ロミー・シュナイダーなどが顧客でした。
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スーツのジャケットのふち飾りが特徴的なシャネルのスーツ。華奢な手首が見える長さがフェミニンな魅力を引き立たせます。

次の部屋には、しばらく休養したあと復帰したガブリエル・シャネルが手がけたスーツも展示。個人的にはコンサバティブな印象でしたが、革命的なデザインでした。ツイード生地とボタンなども格調高いですが、紳士服のポケットを取り入れていて機能面も充実。袖も腕を上げやすいように工夫されています。まさに社会に進出した有能な女性のための服です。バリバリ働かないと手に入らないですが……。

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ピンクもガブリエル・シャネルにとって重要な色だそうです。ピンクでもアオイ、フクシア、シクラメン、フジ、エリカなどの色調を使い分けていたとか。  
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バイカラー・シューズの原型は、黒とベージュの二色使い。ベージュ部分が脚を長く見せてくれます。(パリ・パトリモアンヌ・シャネル蔵)

シャネルの靴、バッグのコーナーもありました。それぞれ高級感が漂いながらも美しく実用性があるのがポイントです。バッグは中のものを見つけやすいように内側が赤い生地だったり、バイカラー・シューズはつま先部分の汚れが目立たないように黒くなっていたり……。

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ゴージャスで華やかな宝飾品。シャネルのジュエリーは職人とのコラボで制作されました。

宝飾品の部屋は艶やかで非日常感がありました。シンプルなドレスなどと組み合わせることで、ドレスの印象が変わって何度でも着回せそうです。ちなみにガブリエル・シャネルは、「宝石は嫉妬心をかきたてるものでなく、せいぜい驚かせるためのもの。ただの飾りや楽しむためのものであるべきよ」と語っています。デコラティブな宝飾品がCOOLに見えるか否かは、つける人の品格次第です。

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フォトスポットで鏡張りの螺旋階段気分で撮影。写真を受け取ることもできます。

この展示には、誰もが撮影できるスポットもありました。パリ・カンボン通り31番地のブティックの伝説的な鏡張りの螺旋階段を再現した空間です。こちらでは螺旋階段でのモデルのショーのような写真が撮れるのですが、写ったのはなんでもないラフな普段着の自分。コルセット以前にいろいろ解放しすぎているという……。着古したシャツにひもで締めるワイドパンツ姿で、記念という喜びを手に入れましたが……。

自戒の念を高めつつ、シャネルの服はシンプル、モダン、エレガント、そしてストンとしたシルエットだからこそ、その人の姿勢が反映されやすいのでは? と気付かされました。それこそ人生観や今の精神状態まで如実に表れるので、ブレない自分軸がないとかっこよく着こなせません。シャネルの服は、もしかしたらガブリエル・シャネルからの、後世の女性たちへの挑戦状なのではないかと思いました。もちろん世界で一番素敵に着こなしていたのは、ご本人であることは間違いなさそうです。

ガブリエル・シャネル展 Manifeste de mode 
期間:~2022年9月25日(日)
時間:10:00~18:00(入館は閉館30分前まで。祝⽇を除く⾦曜と会期最終週平⽇、第2⽔曜⽇は21:00まで)
休:月曜日(但し、祝日の場合、7月25日*・8月15日・8月29日は開館)

※開催日時などにつきましては、新型コロナウイルス感染症の状況により変更の可能性もあるので、公式HPなどでチェックしてください。

会場:三菱一号館美術館
 東京都千代田区丸の内2-6-2
https://mimt.jp/gc2022/

CHANEL.COM 展覧会特設ページ


辛酸なめ子プロフィール画像
辛酸なめ子

漫画家、コラムニスト。埼玉県出身、武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。アイドル観察からスピリチュアルまで幅広く取材し、執筆。新刊は『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』(祥伝社文庫)『タピオカミルクティーで死にかけた土曜日の午後 40代女子叫んでもいいですか 』(PHP研究所)『大人のコミュニケーション術 渡る世間は罠だらけ』(光文社新書)『妙齢美容修業』(講談社文庫)『辛酸なめ子の現代社会学』(幻冬舎文庫)。Twitterは@godblessnamekoです。

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