人生で重要なあらゆることを吸収できる「かこさとし展 子どもたちに伝えたかったこと」 #79

先日、ニュース番組で子どもたちがドリルなどの宿題の答えをAIに教えてもらっている、というシーンを目にして、日本の未来に危機感を覚えました。かこさとしは『未来のだるまちゃんへ』で「子どもたちは、ちゃんと自分の目で見て、自分の頭で考え、自分の力で判断し行動する賢さを持つようになってほしい。その手伝いをするのなら、死にはぐれた意味もあるかも知れない。」と語っています。

子どもだけでなく大人もスマホ頼みで自分で考えることを放棄しつつある今、「かこさとし展 子どもたちに伝えたかったこと」は必見の展示かもしれません。内覧会と一般公開の2回伺ったのですが、会場のBunkamura ザ・ミュージアムに入るとあらゆる年代で賑わっていました。

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青年期の作品。左は「七人の男」、右は「ゴリさん」。1950年代は労働者の絵を描いていました。

最初の展示室には、かこさとし青年期のダークな色調の作品が展示。かこさとしは東京帝国大学工学部出身と経歴にあり、高校も理系だそうですが……絵も美大レベルで、そのポテンシャルに驚かされます。

1951年、学生中心で行っている市民ボランティア的な「セツルメント」に参加。戦後の人間ドラマを紙芝居にして制作。牧歌的で優しいタッチに、かこさとしの人柄が表れています。セツルメントの写真では昭和初期の子どもたちは皆坊主頭で、従順にお兄さんたちの話を聞いてくれそうです。

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「だるまちゃんとてんぐちゃん」1967年の作品。じゃんけんの下絵に躍動感が。

そしてついに出てくる「だるまちゃん」シリーズ。1967年の「だるまちゃんとてんぐちゃん」に始まり、1968年「だるまちゃんとかみなりちゃん」、1984年「だるまちゃんととらのこちゃん」、1991年「だるまちゃんとだいこくちゃん」、そして時代が進んでわりと最近、2018年には「だるまちゃんとキジムナちゃん」が出版。来場者も年齢によって「あ、これ知ってる」と反応する絵本が違います。

実は若い世代ほど、多くの「だるまちゃん」シリーズを読んでいるという説が。2018年「だるまちゃんとはやたちゃん」のはやたちゃんは、「いのはやたのすけ」(源頼政に仕えた猪早太)にちなんでいるようで、マニアックな人選にセンスを感じます。そして、時代は変わっても絵のタッチは一貫していて、その時の流行に寄せていかない姿勢にも感銘を受けました。「からすのパンやさん」の、光沢感あるパンがおいしそうで、1973年の作品なので、アンパンやクリームパンなど素朴なラインナップにほっとします。クイニーアマンとかマリトッツォとか難しい横文字のパンは出てきません。

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この絵、記憶に残っている人も多いのではないでしょうか。「だるまちゃんとうさぎちゃん」

科学者でもあり、研究者気質のかこさとしは、様々な分野の絵本を描いています。建設がテーマの「だむのおじさんたち」、大仏建立についての「ならの大仏さま」、そして人間の道具がテーマの「どうぐ」など。人生で重要なことは全てかこさとしが教えくれる勢いです。「どうぐ」には、自動車を構成する全てのパーツが並べられて表現。人間ひとりひとりも、社会にとっては必要不可欠、というメッセージを感じます。

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読むと運気が上がりそうな「だるまちゃんとだいこくちゃん」。
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「クラゲのふしぎ びっくりばなし」は、画面中にたくさんのクラゲやイソギンチャクが描かれていて見入ってしまいます。

科学絵本の作家としても有名なかこさとし。「かわ」「たいふう」「ヒガンバナのひみつ」「なつのほし」「太陽と光しょくばいのものがたり」「たべもののたび」「わたしののうとあなたのこころ」と、あらゆるジャンルについての知識を怒濤の絵本化。

さらに、日本人にとって大切な風習を描いた絵本の数々も。「こどもの行事 しぜんと生活」シリーズは1月から12月まで展開。凧揚げ、七夕、海水浴、ホタル観賞など、エモいシーンの連続で、童心に戻る人も多いことでしょう。気候変動で四季がなくなりつつある今、これらの風習はどれだけ残っていくのか……後世の人に伝える貴重な資料にもなります。「富士山大ばくはつ」という絵本もありますが、予言にならないことを祈ります。

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「こどもの行事 しぜんと生活」シリーズにはエモい昭和の風景が描かれ、涙腺を刺激。
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「宇宙進化地球生命変遷放散総合図譜」は厚手のトレーシングペーパー5枚にペンで書かれていて、サイズ感にも圧倒。

そして最後に展示されているのは、手描きで詳細に記された作品、「宇宙進化地球生命変遷放散総合図譜」(生命図譜)。神のような俯瞰した視点で生命の進化を網羅。やはりかこさとしは人間を超えた存在だったのかもしれない……と思わされます。そうでないと驚異的な分量とクオリティーで生涯に600冊以上もの絵本を出せません。絵本で一発当てたい……なんて俗な妄想をしていた自分を反省。600冊以上の傑作の前にはひれ伏すしかないです。大量の著作の一部はショップでも販売。

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「地下鉄のできるまで」は横浜市営地下鉄の延伸工事を現場取材した絵本。
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「からすのパンやさん」のフォトスポットで、パン欲が刷り込まれます。

まじめな科学絵本のあとは「からすのパンやさん」に出てくるパンを再現した写真撮影コーナーが。自動車や鍋、包丁や鏡餅などシュールなパンもありましたが、焦げ目がおいしそうで食欲が刺激。生命の基本は食、ということなのかもしれません。
かこさとしの作品に囲まれて、童心に戻れるこの展示を観た人は、少し人相が良くなっているように見えました。

かこさとし展 子どもたちに伝えたかったこと
期間:~2022年9月4日(日)
時間:10:00~18:00 金・土曜日は21:00(入館は閉館30分前まで)
   ※金・土の夜間開館につきましては、状況により変更になる場合もあります。

会場:Bunkamura ザ・ミュージアム 東京都渋谷区道玄坂2丁目24−1
https://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/22_kako/

会期中すべての土日祝および8月29日(月)~9月4日(日)は一部【オンラインによる入場日時予約】。※小学生は入館料無料ですが、入場日時予約対象日は予約が必要。金・土曜日の夜間開館の18:00以降は予約なしでOK


※開催日時などにつきましては、新型コロナウイルス感染症の状況により変更の可能性もあるので、公式HPなどでチェックしてください。

辛酸なめ子プロフィール画像
辛酸なめ子

漫画家、コラムニスト。埼玉県出身、武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。アイドル観察からスピリチュアルまで幅広く取材し、執筆。新刊は『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』(祥伝社文庫)『タピオカミルクティーで死にかけた土曜日の午後 40代女子叫んでもいいですか 』(PHP研究所)『大人のコミュニケーション術 渡る世間は罠だらけ』(光文社新書)『妙齢美容修業』(講談社文庫)『辛酸なめ子の現代社会学』(幻冬舎文庫)。Twitterは@godblessnamekoです。

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