「ポンペイ展」に行ってから、ポンペイのことばかり考えています。古代ローマのタイムカプセルと呼ばれるポンペイは、西暦79年のヴェスヴィオ火山の大噴火によって、一夜にして火山灰に覆われて死の街になってしまいました。山から約10キロの距離だったそうです。
後世に発掘されたらあまりにも素敵な街だったということがわかり、世界的に注目されています。古代ローマのセレブが集まる避暑地のようなスポットだったとか……。そのポンペイの名品の数々を集めた「ポンペイ展」が東京国立博物館で開催されています(その後、京都、宮城、福岡に巡回予定)
約2000年前のポンペイへのタイムトリップは、ヴェスヴィオ山の噴火のCG映像から始まります。ちょうど展示開幕直後にトンガの海底火山が噴火していましたが、人間は大自然の前には無力な存在であることが畏敬の念とともに実感できるリアルな映像でした。火山のCGの部屋に展示されていた「バックス(ディオニュソス)とヴェスヴィオ山」という62~79年に描かれた絵からしておしゃれで素敵で、導入から心がつかまれました。全身ブドウのワインの神バックスと、噴火前の峰が一つだった頃の山、ヘビや鳥たちが描かれていて、楽園のような豊穣な土地だったことが想像できます。
さらに展示を見るうちに、当時弥生時代だった日本とは生活レベルや文化レベルが違いすぎることがわかってきて驚嘆。ポンペイの街は道路も整備され人口は約1万人。水道が整備され、公共施設、大劇場や円形闘技場、体育施設までありました。「スタビア浴場」というスパ的な施設やテイクアウトのデリもあったみたいで……もはやラクーアや東京ドームがある文京区のような暮らしだったのかもしれません。「水道のバルブ」も展示されていましたが、現代のものと比べても遜色ない精巧な作りでした。「フォルムの日常風景」という絵を見ると、ポンペイのフォルム(公共広場)で、布や鍋を販売したりしている日常のワンシーンが描かれていました。現代の朝市と大きく違うのは服装くらいです。
ポンペイの住人は、製造業、建設業、不動産業、小売り業、飲食業、サービス業、その他肉体労働などに従事していました。銀行家の記録もあるので金融業も存在していたのでしょう。「パン屋の店先」という絵や、「職人仕事をするクピドたち」と題された、鋳造工、土地測量官、靴職人、家具職人などに扮したかわいい天使たちの絵も展示されていました。ちなみにパン屋は、ペリカン(都内の人気のパン屋)のように同じ形のシンプルなパンばかりが並んでいました。さすがに菓子パンやおかずパンまで発展していなかったようです。
詩人や哲学者といった文化人もいた洗練都市ポンペイ。もしこの街にワープしたらどんな生業で暮らしていけそうか想像してしまいます。最初は奴隷からスタートでしょうか。ポンペイは貧富の差が大きい格差社会で、上流層は終身議員として活躍。住民の多くが自由民でしたが、1/4ほどは奴隷だったそうです。展示品には奴隷の足首を固定する拘束具もあり、過酷な境遇に思いを馳せました。でも、読み書きができたり有能で主人に気に入られたりすれば、奴隷の身分から解放されることも。
「ルキウス・カエキリウス・ユクンドゥスの肖像付ヘルマ柱」はポンペイの金融業者の家から出土したもので、解放奴隷だった親族へのリスペクトをこめて作られたと推測されています。柱の上部に頭部が乗っていて、柱の中程に男性器がついているというシュールな像。男性のシンボルとして外せないモチーフだったのでしょうか。しかしポンペイの大理石やブロンズの像を見ると「ポリュクレイトス(槍を持つ人)」「擬アルカイック様式のアポロ」「食卓のヘラクレス」「ヒョウを抱くバックス(ディオニュソス)」など男性の像は総じて性器が控えめで気になります。「竪琴を弾くアポロ」などもて。一説によると古代はその方が知的で上品とされていたそうですが……。日本の浮世絵の春画と比べても価値観の変化を感じます。
ポンペイのタイムトリップは、せっかくなら富裕層の暮らしに感情移入したいです。ブルガリとかハイブランドで売っていそうなゴールドのヘビモチーフのアクセサリー、真珠のイヤリングや石付き指輪、カメオなどどれも精巧で美しいです。
ポンペイには富裕層の豪邸もありました。通称「悲劇詩人の家」は、壁に神話が描かれていました。戸口のそばには「猛犬注意」と題されたモザイク画が。古代ローマでは、不審者を追い払うホームセキュリティの目的で、黒い犬のモザイク画が玄関前の床に飾られていたようです。現代だとセコムやアルソックのステッカーのようなもの。
玄関を入ると「踊るファウヌス」の像がある「ファウヌスの家」は約3000平米のポンペイ最大の邸宅です。部屋の数も40以上……。ワニやカバ、カモにヘビとマングースなどが描かれた「ナイル川風景」、食材がバトルする「イセエビとタコの戦い」、戦争シーンを描いた「アレクサンドロス大王のモザイク」、猫が食糧貯蔵庫に忍び込む「ネコとカモ」などの緻密なモザイク画の傑作が飾られていました。これだけ発注できる財力も半端ないです。
この邸宅で豪華絢爛で酒池肉林な暮らしを繰り広げていた上流階級のセレブも噴火で犠牲になってしまったのでしょうか。ローマ社会にはどの階層にも平等に死が訪れるというメメント・モリの思想があり、巨大なドクロとお金持ちと貧乏人のアイテムを描いたモザイクのテーブル天板「通称メメント・モリ」もポンペイで発見されています。誰もがいつか死ぬことを意識しながら、噴火のその時まで地上の楽園のような場所で暮らしていたのでしょうか。古代ローマのタイムカプセルは現代の人に様々なメッセージを伝えてくれているようです。どうせ死ぬんだから人生を楽しめ、ということと、自然の脅威を忘れるな、という教えを古代セレブの先人たちから受け取った展示でした。
「特別展 ポンペイ」
期間:〜2022年4月3日(日)
時間:9:30~17:00 (入館は閉館30分前まで)
休:月曜日、3月22日(火)※ただし、3月21日(月・祝)、3月28日(月)は開館
※開催日時などにつきましては、新型コロナウイルス感染症の状況により変更の可能性もあるので、公式HPなどでチェックしてください。
会場:東京国立博物館 平成館(上野公園)
東京都台東区上野公園13-9
https://pompeii2022.jp/