デイヴィッド・ホックニーというと、なんとなくプールの絵を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか? 明るいブルーの水面を描いたプールがモチーフの作品の数々はホックニーの代表作といってもよいくらいで、オークションでは「芸術家の肖像画-プールと2人の人物-」が約9031万ドルで落札されたほどですが、彼の傑作はプールだけではありません。東京都現代美術館で、約27年ぶりに開催されているホックニーの大規模個展「デイヴィッド・ホックニー展」では、約60年分の素晴らしい作品が並び、80代でも尽きない創作のパワーに圧倒されました。
波紋が独特なタッチで描かれている「リトグラフの水」シリーズ(1978-80)。東京都現代美術館 2023年 (C)David Hockney
プールの作品が描かれたのは主にアメリカ西海岸ですが、ホックニー自身はイギリスの工業都市、ブラッドフォード出身。今はイギリスのロンドン、アメリカのロサンゼルス、フランスのノルマンディーにスタジオを構え、グローバルに活動しています。ロンドンの王立美術学校で学んだあと、1964年にロサンゼルスに移住。曇りや雨の日が多いロンドンと比べて、明るく晴れたロサンゼルスは別世界に感じられたのかもしれません。プールの水面でゆらぐ光やスプリンクラーの水しぶきなど、水や光を画面に描きます。
「クラーク夫妻とパーシー」(1970-71)。東京都現代美術館 2023年 (C)David Hockney 70年代ファッションが目を引きます。
水や光、自然の風景の他にホックニーが好んだモチーフは、親しい人々の姿。1960年代から、2人の人物の関係性を描いた 「ダブルポート レート」を制作しはじめます。「クラーク夫妻とパーシー」は友人夫妻と愛猫の素敵ライフを描いています。長年の女友だちと、ファッションデザイナーのカップル。ユリは「純潔」「母性」を、猫は「気まぐれ」「奔放さ」を象徴しているそうです。もしかしたら、友人に向けて、暗に夫の浮気に気をつけろというメッセージを込めているのでしょうか。「両親」という作品は本を読み耽る父と、真っ直ぐ座って息子に向き合う母の対比が印象的。鏡に映り込んだ緑のタオルは何を象徴しているのでしょうか。使い古されているようなタオルは、実家のぬくもりを感じさせます。
新しい作品には自画像が。描かれたevianはホックニーが好きな水なのでしょうか?「2022年6月25日、(額に入った)花を見る」(2022)。東京都現代美術館 2023年 (C)David Hockney
「デイヴィッド・ホックニー展」展示風景より、ブルーノ・マーズなど有名人を描いた作品も。タッチが素敵です。
1980年代、ホックニーは「見る」ということに対してさまざまな実験を試みました。1973年のピカソの没後まもなく、ピカソの版画を手がけた刷師と出会った縁で、キュビスム的な作品を制作します。世紀の天才ピカソは、芸術家なら間接的にでも縁を結びたくなる存在なのでしょうか。一点透視図法を超越しようとしたホックニーは、複数の視点から見えた写真を貼り合わせたフォト・コラージュなどの手法を編み出します。「スタジオにて、2017年12月」は角度を変えながら撮影した写真を合体させ、不思議と奥行きを感じさせる作品。スタジオに招かれたかのような疑似感が。
「デイヴィッド・ホックニー展」展示風景より、モニター上で刻一刻と変化するiPadの作品はずっと観ていたくなります。
実験的な手法だけでなく、新しい技術も積極的に取り入れているホックニー。2010年にiPadが発売されるとすぐに手に入れて、「Brushes for Procreate」などのアプリを活用して絵画を制作。誰もが使える無料アプリですが、やはりホックニーの作品はデジタルで描かれても一筆一筆に才能がほとばしっています。何よりiPadだと混じりけのない輝度が高い色が出せます。他の色と混ざって濁ってしまう可能性がある絵の具もよいですが、デジタル制作は、色がPOPで明るいホックニーの画風には向いているように思います。
デジタルデバイスも使いこなしながら、アナログな手法と両立しているホックニー。50枚のキャンバスを並べた巨大な絵画にも挑戦しています。「ウォーター近郊の大きな木々またはポスト写真時代の戸外制作」は、キャンバスを戸外に持ち出して描いて、それを並べながらまた調整する、という手間ひまかけた大作です。パソコンに取り込み、はめ込んで全体像を見つつ、また戸外で描き進め、スタジオで並べてチェックする、といった繰り返しです。描かれた木が成長していくように、枝が増えていっていました。ホックニーの自然への愛を感じます。
写真の中のホックニーの絵画にも引き込まれます。「デイヴィッド・ホックニー展」展示風景より、「スタジオにて、2017年12月」(2017)。東京都現代美術館 2023年 (C)David Hockney
寒い屋外での制作風景に、プロ意識を感じました。「ウォーター近郊の大きな木々またはポスト写真時代の戸外制作」(2007)。東京都現代美術館 2023年 (C)David Hockney
自然に囲まれる展示室。「春の到来、イースト・ヨークシャー、ウォルドゲート 2011年」(2011)。東京都現代美術館 2023年 (C)David Hockney
「春の到来、イースト・ヨークシャー、ウォルドゲート 2011年」は、ピンクの道や紫の幹、明るい色の葉っぱが不思議な高揚感をもたらします。見ていると元気になりそうなパワー絵画です。そして圧巻だったのが、最後のゾーンに展示されていた全長90メートルの作品「ノルマンディーの12か月」。コロナ禍の20年から21年に描かれた作品は、人がいないノルマンディーの自然の風景に、ソーシャルディスタンス感と、大自然へのリスペクトが込められているようです。当時、公園など自然に癒しを求めた人も多かったと思います。四季は巡り、いつか春になるという希望も感じられる作品。サービス精神旺盛なホックニーは、iPadでどのような手順で描いているのか、制作過程の動画も公開してくださっています。地面、水面、植物、影……と描き進む動画を見ると、80代になっても楽しんで描いているのが伝わってきます。
歩きながらじっくり鑑賞できて、何周もしたくなる「ノルマンディーの12か月」(2020-21)。東京都現代美術館 2023年 (C)David Hockney
今回の展示のためのホックニーのインタビュー動画を観ていたら、彼の人生のポリシーが伝わってくる言葉がありました。「楽しむために世界を見ないと」という意識でいるからこそ、明るい色調の絵が描けるのでしょう。また、40年ほど前、紙に関する会議の会場で、誰かに紙切れを握らされたホックニー。紙を開くとそこには「人生を愛しなさい」と書かれていて、感動したそうです。「人生を愛する」、まさにホックニーの絵画にはそんなポジティブな思いが息づいています。「人生を愛している」からこそ、楽しく絵が描けて、素晴らしい現実や富や成功を引き寄せられる、というシンプルな法則に気付かされました。
「デイヴィッド・ホックニー展」
期間:~2023年11月5日(日) 時間:10:00~18:00 (入室は閉室30分前まで)7月21日〜8月35日の金曜日は21:00 (入室は20:30まで) 休:月曜日(9/18、10/9は開館)、9/19、10/10
会場:東京都現代美術館 企画展示室 1F/3F 東京都江東区三好4丁目1−1https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/hockney/index.html
※開催日時などにつきましては、状況により変更の可能性もあるので、公式HPなどでチェックしてください。