20世紀を代表する巨匠、デ・キリコの画家人生を網羅した展覧会「デ・キリコ展」が開催。デ・キリコはギリシャ生まれのイタリア人で、「形而上絵画」を確立し、夢の領域や世界の記憶と謎について探求。謎めいていてシュールな作風が印象的で、作者も夢見がちな雰囲気だと思ったら……。
デ・キリコの自画像
会場に入ると、いきなり圧が強い自画像が何枚も目に入ってきました。普通の自画像だけでなく「闘牛士の衣装をまとった自画像」「鎧をまとった自画像」「17世紀の衣装をまとった公園での自画像」と、「盛る」行為を先取りしたような絵も。また、「自画像のある静物」は、テーブルに果物が置かれ、壁にデ・キリコの自画像がかかっている構図で、右上の自画像がまるでワイプ画面のよう。未来のテレビを予言しています。デ・キリコは生涯において何百枚もの自画像を描いていたそうです。自意識が強いタイプだったのかもしれません。「弟の肖像」の背景には、弟を教える立場だったデ・キリコが、賢者であるケンタウルスの姿で表現され、シュールの片鱗が見えています。
デ・キリコの「形而上絵画」
「形而上絵画」が生まれたきっかけは、1910年の広場での不思議な体験でした。22歳のデ・キリコはフィレンツェのサンタ・クローチェ広場で、「あらゆるものを初めて見ているかのような不思議な感覚」におちいります。その時、絵画の構図が浮かび上がったそうです。スピリチュアル用語で、「一瞥体験」というものがあり、一瞬宇宙の真理を垣間みて、目に映るものが新鮮に美しく感じられる現象のことですが、デ・キリコもそのような感覚を得たのかもしれません。
デ・キリコは、この神秘体験以来、イタリア広場をモチーフに制作。広場の作品を続けて描いたあとは、室内の事象をモチーフにします。「形而上的室内」は、室内に窓や三角定規、彫像などが配置。当時、デ・キリコにインスピレーションを与えたのは「形而上的で並外れた形のビスケットやお菓子」などだったそうです。ビスケットはモチーフとして度々出てきてお気に入りのようでした。「サラミのある静物」という作品は、きっとサラミの断面がデ・キリコには形而上的に見えたのだと思われます。形而上的ブランドが確立されていきます。「形而上的」は「感覚を超越したもの」といった意味合いです。デ・キリコの「形而上絵画」は後のシュルレアリスムにも影響を与えました。
重要なモチーフであるマヌカン(マネキン)
また、デ・キリコの絵に登場する重要なモチーフといえば、マヌカン(マネキン)です。デ・キリコにとってマヌカンは、「理性的な意識を奪われた人間」を表しています。第一次世界大戦が始まり、デ・キリコは人間の愚かさに危機感を抱いたのでしょう。当初は、不穏さや虚無感を漂わせていたマヌカンの絵ですが、次第にエモーショナルになっていきます。一見無表情な能面のようですが、「ヘクトルとアンドロマケ」などの登場人物を演じるマヌカンからは喜怒哀楽の感情が伝わってきます。「南の歌」はルノワール風タッチで描かれ、マットな塗り方よりも叙情的です。
マヌカンは彫刻作品シリーズにも発展。「ヘクトルとアンドロマケ(ヘクトルとアンドロマケの抱擁)」のブロンズ像は、戦に向かうヘクトルにアンドロマケがすがりつく姿が表現されています。ヘクトルは、ガッツポーズをしていて生きて帰るとアピール。意外と感情表現が豊かです。どんな作風や背景にもなじむマヌカンの可能性を感じます。
イタリアの広場での悟りにも似た「一瞥体験」を経て、デ・キリコは全ての人間はマヌカンのように何かを演じている、という境地に至ったのかもしれません。
マヌカンは彫刻作品シリーズにも発展。「ヘクトルとアンドロマケ(ヘクトルとアンドロマケの抱擁)」のブロンズ像は、戦に向かうヘクトルにアンドロマケがすがりつく姿が表現されています。ヘクトルは、ガッツポーズをしていて生きて帰るとアピール。意外と感情表現が豊かです。どんな作風や背景にもなじむマヌカンの可能性を感じます。 イタリアの広場での悟りにも似た「一瞥体験」を経て、デ・キリコは全ての人間はマヌカンのように何かを演じている、という境地に至ったのかもしれません。
家具をテーマにシュールに
マヌカンに続いてデ・キリコが着目したのは、家具でした。それも、こんな所に家具が? と違和感を感じさせるシュールな作品を制作。家の中に岩山が侵入し家具を圧迫している「室内の家具」や、荒涼とした谷間に唐突にソファが出現した「谷間の家具」など。屋外に置かれた家具たちは、魂が宿っているように見えて親しみを感じさせます。
古典的な技法と形而上的な要素を総合した「新形而上絵画」へ
形而上的センスを炸裂させていたデ・キリコですが、1930年代には伝統的な絵画に回帰。静物画や裸婦などをモチーフに作品を制作します。シュルレアリストたちから批判されましたが、過去の偉大な絵画技法を研究した時期はデ・キリコにとっては無駄な時間ではありませんでした。一見古典的だけれどよく見るとコンセプチュアルな「ネオ・バロック」様式を生み出します。
晩年、1960年代後半には、古典的な技法と形而上的な要素を総合した「新形而上絵画」と呼ばれる作品を制作。まだ形而上的ブランドは健在で、待っていたファンも多かったことでしょう。
「オデュッセウスの帰還」は、室内に海が現れ、オデュッセウスが舟に乗って旅から帰ってきた姿が描かれています。画家として様々なスタイルを創り、長い旅をしてきたデ・キリコが、神話の存在となって形而上的空間に戻ってきた、という象徴的な作品。壁には過去のイタリア広場の形而上絵画がかかっています。自分好きのデ・キリコは描きながら感動していそうです。初期の形而上絵画は、不安をかき立てる作風でしたが、この作品は形而上的実家のような安心感があります。
超自然的な視点でデ・キリコの人生の旅を疑似体験できる展示。晩年は、過去の作風を統合して、全ての伏線を回収したようなカタルシスがありました。
「デ・キリコ」展
期間:~2024年8月29日(木)
時間:09:30~17:30 金曜は20:00まで (入館は閉室30分前まで)
休:月曜、5月7日(火)、7月9日(火)~16日(火)(ただし4月29日(月・祝)、5月6日(月・休)、7月8日(月)、8月12日(月・休)は開室)
会場:東京都美術館
東京都台東区上野公園8-36
https://dechirico.exhibit.jp/