森美術館で開催されている「シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝」。「アフロ民藝」というタイトルにすでにパワーワード感が漂っています。シアスター・ゲイツは世界で注目されているアフリカ系アメリカ人のアーティストで、アメリカのシカゴを拠点に、陶芸、絵画、彫刻、パフォーマンス、都市再生や建築など多岐にわたる活動をしています。
テーマは「ブラック・イズ・ビューティフル」と日本の「民藝運動」の哲学を融合
しかも日本ともかなり縁が深いようで、今回の展示「アフロ民藝」も、アメリカ公民権運動のスローガン「ブラック・イズ・ビューティフル」と 日本の「民藝運動」の哲学を融合したオリジナルのコンセプトだそうです。シアスター・ゲイツは2004年、愛知県常滑市で陶芸を学びました。その時からの縁を大切に、常滑の陶芸家や工房と展示に向けて共同制作し、京都のお香の老舗ともコラボレーションしています。旅をしながら人と人とのつながりを広げていった日本の民藝運動のスピリットと通じるものがあります。
最初の部屋は「神聖な空間」と名付けられていて、精妙なヴァイブスが漂っているようでした。入口には和歌の神とされる「玉津嶋大明神 (たまつしまだいみょうじん) 」の木製彫刻が展示。日本でも知る人ぞ知るマニアックな神様を持ってくるところに、ただものではないセンスを感じます。日本の民藝運動の立役者、河井寛次郎が所有していた彫刻だそうです。
最初の展示室の床には全面、常滑市で作られた煉瓦が敷き詰められています。歩く時の煉瓦のタイルの感触や音が心地よく、五感でアートを体験。さらに壁一面には、黒い棒が整然と並んでいました。棒一本一本は松栄堂のお香で、ゲイツが陶芸を学んだ常滑市の香りをイメージしています。かいでみると、崇高で背筋が伸びるような香りでした。この空間にはゲイツがリスペクトする、詩人で尼僧の大田垣蓮月や黒人アーティストのリチャード・ハントなどの作品が展示されていて、ゲイツの心の中のお堂にお参りしたような感覚です。
ゴスペルは芸術活動の第一歩
神聖な残り香はまだ続いていて、次の展示室には十字架モチーフの木のオブジェや、教会のようなオルガンと椅子が配置。「ヘブンリー・コード」と名付けられた作品は7つのレスリースピーカーと1台のオルガンで構成されていて、ゲイツの黒人音楽への敬意を表現しています。音声ガイドでは、ゲイツが「この個展の会期中にも、オルガンの音色で空間を活気づけることで、館内にひとときの現代的なゴスペルの雰囲気を創り出すつもりです」と、語っていました。一つの音だけが鳴り続けるストイックな音色に心が洗われます。
「ゴスペル合唱団で歌ったことは、私の芸術活動の第一歩」とゲイツは語っていましたが、その歌声を聴けるのは「避け所と殉教者の日々は遥か昔のこと」というパフォーマンスをおさめた動画。取り壊された教会で、ソウルフルでスピリチュアルな歌声を響かせています。ニット帽やコートのコーデにさり気なく表れているファッションセンスにも注目です。
「ブラック・ライブラリー&ブラック・スペース」
ゲイツのセンスや発想力だけでなくアーカイブ力にも圧倒されました。「ブラック・ライブラリー&ブラック・スペース」では、シカゴにあって今は事業を終えたジョンソン・パブリッシング・カンパニーにあった本や雑誌を買い取り、展示しています。出版物だけでなくソファーもあって、座って本や雑誌を読み、黒人カルチャーに触れることができます。
ゲイツの都市再生プロジェクトについての記録の展示もありましたが、建物を買い取って再生させる手腕に驚かされます。ボロボロのシカゴの銀行を買い取り、改修資金を集めるために大理石のブロックを5000ドルで販売。公共のアート・センターへ生まれ変わらせました。
また、取り壊される予定のシカゴの聖ローレンス小学校と聖ローレンス教会も購入し、アート施設にリノベーション。創造活動でもあり社会貢献活動としても有意義です。日本の空き家問題も解決してもらいたいです。
伝統的な常滑焼の陶芸家「小出芳弘コレクション」
ゲイツは常滑焼のコレクションも丸ごと買い取っていました。常滑市の陶芸家・小出芳弘(1941-2022年)氏の約2万点の陶芸作品を買い取り、梱包し、展示。会期が終了したらシカゴに送られ、陶芸の研究のために活用されるとのこと。展示されている常滑焼の物量に圧倒されます。もはや「ゲイツ買い」という言葉を定着させたいくらいです。
さらに大量に買い取っているのは、最後のクラブ風の素敵な展示室の棚に並ぶ約1000本の「貧乏徳利」。貧乏徳利はリサイクル的にも時代の先を行っていたシステムで、家でお酒を飲んだあと、酒屋に戻されて再びお酒を詰められる徳利です。江戸時代に生まれたタンブラーといっても良いかもしれません。かつてこの徳利でお酒を飲んだ人々の楽しい念が徳利に詰まっているようです。
「魂の入れ物としての器」
「アフロ民藝」としてゲイツ自身が作った独創的な器も展示されていました。アフロとアジアの感性が融合した、ありそうでなかった器の数々。ゲイツは、「魂の入れ物としての器」を追求してきたそうですが、こんな器に魂が収まったら居心地が良さそう、と想像させられます。何より展示を通して言えるのは、ゲイツの器の大きさ。創作活動だけでなく、後世にとって貴重なアーカイブ化や都市再生プロジェクトを行うことで、人としての器がどんどん大きくなっていったのでしょうか。物理的な器を観賞するのも良いですが、自分の器を磨くことの大切さについても考えさせられる展示でした。
「シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝」
期間:~2024年9月1日(日)
時間:10:00~22:00 火曜は17:00まで (入館は閉室30分前まで)
※8月13日(火)は22:00
休:なし
会場:森美術館
東京都港区六本木6丁目10−1 六本木ヒルズ森タワー 53階
https://www.mori.art.museum/jp/exhibitions/theastergates/