【注目の写真展】世界的写真家・#石内都 が撮影した「時間の塊」の物語に没入する「石内都 STEP THROUGH TIME」展 #103

群馬県、桐生市に佇む大川美術館。自然に囲まれた美術館は元社員寮を改築した建物だそうで、地下深くに進んでいくような構造が不思議で、ディープな世界にいざなわれる感覚です。こちらでは開館以来、はじめて全フロアを使って、世界的な写真家の石内都氏の「石内都 STEP THROUGH TIME」展を開催。石内都氏は桐生で生まれて横浜で暮らし、また故郷の桐生に戻ってきてから6年が経過。今回大規模な個展が開催され、地元にも愛されているのが伝わります。

群馬県、桐生市に佇む大川美術館。自然に囲まれた美術館は元社員寮を改築した建物だそうで、地下深くに進んでいくような構造が不思議で、ディープな世界にいざなわれる感覚です。こちらでは開館以来、はじめて全フロアを使って、世界的な写真家の石内都氏の「石内都 STEP THROUGH TIME」展を開催。石内都氏は桐生で生まれて横浜で暮らし、また故郷の桐生に戻ってきてから6年が経過。今回大規模な個展が開催され、地元にも愛されているのが伝わります。

石内都
石内都
桐生市の風景を撮影した「From Kiryu」シリーズ。石内都氏にとっては「写真を撮りたくなる街」だそうです。

今回の展示は桐生の街の風景から始まりました。美術館へ向かう駅からのタクシーでも見かけた、大量の蔦に覆われた家や、廃屋など。もし地球から人類がいなくなったらこのように植物に侵食されていくのだろうと思わせられます。蔦が絡まる家の写真の中に、さりげなく石内都氏が佇んでいる、というサプライズも。また、写真を見ながら「ここは◯◯駅じゃない」と、地元トークで盛り上がっている来場者もいました。

石内都
「From Kiryu」より。絶妙なバランスで配置されている写真は、石内都氏本人が位置を直感で決めているそうです。

展示期間中のトークイベントでは、ご本人が桐生への思いを語っていました。
「6歳で桐生を出て横須賀に引っ越して、桐生に戻って来たのは6年前なので、群馬の思い出は特にありません。『上毛カルタ』も知りません」

ここで、地元の人も多数参加している観客席からどよめきが……。やはり群馬県人は上毛カルタを暗記している説は本当かもしれません。
「桐生の街を歩いて感じたのは、栄枯盛衰があちこちにあって、フォトジェニックな街です。とくに廃虚には『時間の形』と『時間の塊』がきれいに残っています」

蔦が絡まった建物などは、確かに時間の流れを体現しています。

石内都
「APARTMENT」シリーズのこの作品は、川崎市市民ミュージアムに収蔵していたものが、2019年秋の台風19号で館内への浸水により水没し、この写真のように汚水まみれになってしまいました。どこか芸術的な効果に見えますが……。

石内都氏の写真は「時間の塊」がキーワードで、1979年に木村伊兵衛写真賞を受賞した作品「APARTMENT」も、歴史が刻まれた古いアパートが被写体です。

展示には、石内都氏が過去に書いた文章も添えられていました。
「古くて狭くて薄暗い安アパートは、そこを流れていった種々雑多な人々の形跡が積み重なり溶け合い、見過ごすことの出来ない存在感と強引に私を引き寄せる力がそこにあった」

若かりし頃の石内都氏は、果敢にも路地裏のアパートにどんどん入っていって住人に交渉し、撮影させてもらっていたのでしょう。年季の入った急な階段や薄汚れた外壁、狭い部屋での男の一人暮らし、といった風景もモノクロで撮るとレトロで味わい深く見えてきます。

石内都
「絶唱、横須賀ストーリー」シリーズより。日本髪の女性たちの絵がトラックの守り神のようです。

少女時代を過ごした横須賀の風景を撮ったシリーズ「絶唱、横須賀ストーリー」は、横須賀育ちの石内都氏のクールな視点を感じます。よく見るとシュールな看板や、元祖デコトラのような車の荷台に「本妻」「愛人」「妾」というキャプションの和服の女性の絵が描かれていたり、気になる箇所もありましたが、モノクロだとキッチュにならず詩的に見えます。また、70年代に展示した写真を今回そのまま並べたそうで、紙が曲がっているのにも時間の経過を感じます。

「77年に銀座ニコンサロンで展示したプリントをそのまま持ってきました。これは時間のオブジェだと思う」と、石内都氏。 

展示室を移動する途中の階段の下のスペースでは、石内都氏が暗室で写真をプリントする様子が動画で流れていました。トークでは「暗室に入るために撮影する」と話していましたが、そのくらい暗室作業が大好きだとか。「撮影は嫌いだけど暗室は好き」という言葉に驚きましたが、白い紙に粒子が現れてくる瞬間が楽しいそうです。

石内都
横須賀で育った石内都氏が、横須賀生まれのジャンパー「スカジャン」を、桐生市の繊維業者とコラボし、着物の布などをリサイクルして作った「桐ジャン」、大川美術館のショップコーナーで注文や購入ができます。
石内都
「Mother’s」は、母のプライベートな遺品を撮影したシリーズ。下着などは「お母さんごめんね」という思いで撮影したそうです。

2005年、「第51回ヴェネチア・ビエンナーレ」日本館代表作家に選出されたきっかけとなったのが「Mother’s」のシリーズ。自身の母の遺品などを撮影していて、使いかけの口紅や香水、襦袢、着物、シュミーズ、ガードル、入れ歯などの私的なアイテムの写真に、物を大切にしながらストイックに生きた女性の姿が浮かび上がります。展示会場では、自分の母親を思い出し、泣く人もいるそうです。こうして思い出の品と向き合って撮影し、物に宿る残留思念を昇華させることも遺品整理の一つの形かもしれません。

石内都
「ひろしま」シリーズの作品に収められた衣服は、デザインがどれも素敵で、着ていた方はセンスがよかったのだと拝察。

被爆者の遺品を撮影した「ひろしま」のシリーズも胸に迫るものがあります。破けて血の痕がついた服の写真がカラーで並んでいて圧倒されました。平和の大切さを実感するとともに、石内都氏の「時間の塊」というフィルターで見ると、遺品に刻まれた時間についても想像させられます。おしゃれなシャツやワンビース、ジャケットなどには、もちろん過去にはデートやハイキングなどで着た楽しい思い出も堆積されているはずで、最後の悲惨な場面だけではなく、楽しかった歴史にも思いを馳せてほしい、そんなメッセージを遺品の写真から感じました。

石内都
「1・9・4・7」は、同世代のリアルな肌を、何の余計なジャッジもせずにフラットな気持ちで撮影しているようです。

 「1・9・4・7」は、1988年頃に、石内都氏と同い年の40代女性の手や足、顔などをクローズアップで撮影したモノクロのシリーズ。しわやささくれなどに、リアルな女性の生活や生きてきた年輪が感じられます。ここでも「時間の塊」に感情移入させられます。写真とは、その瞬間を切り取るもの、というイメージがありましたが、石内都氏の写真は、それまでの時間の経過が層になっているようで、一枚一枚立ち止まって没入したくなります。観終わったあとは、自分の雑是とした部屋や、刻まれたしわも悪くない、と思えてきて、時の流れをポジティブに、愛おしく受け止められる展示です。

石内都
石内都
着物姿が素敵な石内都氏。この美術館での展示は、亡き初代館長の大川栄二氏との出会いがきっかけだったとか。

「石内都 STEP THROUGH TIME」展
期間:~2024年12月15日(日)
時間:10:00~17:00 (入館は30分前まで)
休:月曜 (月曜祝日の場合は開館し、火曜を休)※臨時休館あり
会場:大川美術館
群馬県桐生市小曾根町3−69
http://okawamuseum.jp/event.php

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辛酸なめ子

漫画家、コラムニスト。埼玉県出身、武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。アイドル観察からスピリチュアルまで幅広く取材し、執筆。新刊は『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』(祥伝社文庫)『タピオカミルクティーで死にかけた土曜日の午後 40代女子叫んでもいいですか 』(PHP研究所)『大人のコミュニケーション術 渡る世間は罠だらけ』(光文社新書)『妙齢美容修業』(講談社文庫)『辛酸なめ子の現代社会学』(幻冬舎文庫)。Twitterは@godblessnamekoです。

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