【横尾忠則】の「連画」の河に身を任せ、アートの大海へ…… #112

創作の源泉は尽きることなく、もはや前人未踏の域に到達している横尾忠則。2021年、東京都現代美術館での「GENKYO 横尾忠則」展では600点以上の作品を展示、2023年、東京国立博物館 表慶館にて開催された「横尾忠則 寒山百得」展では102点が公開。そして2025年、世田谷美術館で始まった「横尾忠則 連画の河」展では新作油彩画約64点を披露。同時にグッチ銀座 ギャラリーでも個展をしているという、88歳とは思えない人智を超えた創作エネルギーに驚かされます。

創作の源泉は尽きることなく、もはや前人未踏の域に到達している横尾忠則。2021年、東京都現代美術館での「GENKYO 横尾忠則」展では600点以上の作品を展示、2023年、東京国立博物館 表慶館にて開催された「横尾忠則 寒山百得」展では102点が公開。そして2025年、世田谷美術館で始まった「横尾忠則 連画の河」展では新作油彩画約64点を披露。同時にグッチ銀座 ギャラリーでも個展をしているという、88歳とは思えない人智を超えた創作エネルギーに驚かされます。

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最初の一枚が、こちらの「記憶の鎮魂歌」。1970年に篠山紀信が撮影した記念写真がモチーフとなっています。

2023年春に始まった「連歌」ならぬ「連画」の制作。河の流れに浮かぶうたかたの泡のように、現れては消えていくイメージをつかみ、脳内の記憶とコラージュし、大きなキャンバスに描いています。テーマを決めずにその日、何かのきっかけで湧き出てきたモチーフが出現。横尾忠則の脳内を垣間みられる展示です。

展示は、河=横尾忠則の創造の流れを自然にたどれるように、制作年月順に作品を配置。内覧会では、身近で制作を見てきた担当学芸員塚田氏による解説も伺えました。「頭でコンセプトを考えるというより、その日の新聞や雑誌、気になったイメージからテーマを広げられています」とのこと。

発端となった最初の絵は、郷里の西脇の同級生徒の記念写真がモチーフになっています。「連画」の原点「記憶の鎮魂歌」では横尾忠則が亀の姿で登場。少年の日の思い出にちなんでいるそうです。

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「連画の河4」郷里の旧友たちの背後からそっと顔をのぞかせる横尾忠則。笑顔の友人たちはどこへ連れていかれるのでしょう……
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「連画の河を渡る2」では、変わり果てた姿になった人々がいかだに乗せられています。人生を象徴する川下りです。
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「連画の河を渡る5」 川下りのいかだがだんだん楽しい雰囲気になって、泳ぐ人まで登場してきました。
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「メキシカーナ」 来客との雑談がきっかけで、突如現れたメキシカーナ。ここから赤、緑、黄色の原色が増えてきます。

本人がどうやって描くか時折迷いが見えるのも「連画」のおもしろさ。いつの間にかイカダに乗って川下りしたり、急にメキシコ人が登場したり、メキシコ人が農夫になったり……。それも、きっかけは来客とメキシコの話題が出たことがきっかけで、横尾さんなりのメキシコのイメージを絵に描いていったそうです。常にネタ探ししているのは芸術家の性。メキシカンテイストは明るい原色で、異世界にワープした感が。河は三途の川とも重なり、明るい世界があの世の風景にも見えてきます。途中からゴーギャンのタヒチのイメージも出てきて、記憶のコラージュが展開されていきます。

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「太陽系をコントロールするメキシカン」 ロープを振り回し、万能感あふれるメキシコ人。要素が多いけれどまとまりがあるのがさすがです。
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「コンヒューズとした絵画」は、煮詰まって袋小路にはまったようなときに描かれた作品だそうですが、何か生まれでそうなエネルギーに満ちています。

「どうしたらいいかわからなくなって、袋小路にはまったときの絵も、あえて出しています。展覧会で並べると違和感がありません」と、塚田氏。「コンヒューズした絵画」には、タイトルにも煮詰まって迷っている思いがにじみ出ています。プルーを背景にキュビスムのタッチの人物がリズミカルに描かれていて、十分作品として成立しているのにレジェンドの手腕が感じられます。大芸術家も迷っているのだから、自分も時には迷っても良いと励まされます。迷って手が止まるのではなく、描き続けることが重要なのでしょう。

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「The End of Life Is Moral」 人生の最期にはモラル意識が問われるのでしょうか。対照的な人々の表情と色合いが、積んできたカルマを象徴しているようです。

そして後半に突如登場するのが、巨大な壺。同級生の記念写真の横や、裸体の女性の横などにも出現、交通標識の横に浮かんでいるなど、シュールな存在感です。ついには体のパーツが壺になった壺人間まで! 「DANCE」は壺人間たちがバレエのポーズで華麗に踊っていました。と思えば、「The End of Life Is Moral」は、壺湯に浸かっているような人物が描かれていました。壺大喜利の発想力に驚かされます。

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「EXTRA」(左) 「ボッスの壺」(右) 壺の旅はここへきて元の川原に戻ってきたようです。壺にはこれまでの人生経験が詰まっているのでしょうか。

塚田氏いわく「横尾さんは、なんで壺なのか本当にわからないんですよね、と言っていました。でも、河や水のイメージがあって、川が流れているという作品の意識があるので、水を満たす壺も根源的な象徴なのだと思います」とのこと。言われてみると、たしかに壺は象徴的なモチーフです。水をためる道具で、生命力の象徴でもあり、横尾忠則の尽きせぬ創造の源泉を表しているようでもあります。絵の中の壺が、ご利益があるアイテムに見えてきます。

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「DANCE」は、踊る壺人間が楽しい作品。創造力が炸裂しています。リズミカルな背景の色にも注目です。
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内覧会の日には、横尾忠則本人のトークもありました。最近コロナに感染し、まだ体調も十分ではなく、耳もあまり聞こえなくて首も痛い、絵を描くときに手も痛い、という満身創痍状態だそうですが、その佇まいからは芸術家の気迫が感じられました。

「今回の展覧会もそうですけど、まず最初の1点を描かないと2点目が思いつかないんですよね。とにかく1点描いたら2点目 、3点目が描けるっていう」と、横尾さん。最初は苦労しても、手を動かすうちに次々とイメージが浮かんでくるそうで、「連画」の河の流れに身を任せているようです。

「老齢とともに絵が下手になるいっぽうです」と謙遜されましたが、不思議な多幸感がある作品は、新たな桃源郷に到達したようにも見えます。

絵を描くのはつくづく飽きていますね。展覧会をするたび、いつも大きな病に見舞われるんです」と語っていましたが、そのくらい命を削って創作しているのでしょう。

体調が悪いとか、「飽きる」とか、一見ネガティブな状態ですが、逆手に取って災いを転じることができるのが才能です。「飽きるっていうのは変化でもある。自由への探求でもあるかもしれない」と、グッチ銀座 ギャラリーの展示のインタビュー動画でも語っていました。

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「略奪された女と自転車1」(右)「略奪された女と自転車2」(左) いつの間にか裸体の女性が男たちに運ばれる事態に。さきほど泳いでいた女性なのでしょうか? スニーカーがおしゃれです。

作家本人は発想のスピードが速すぎるので、すぐ飽きてしまうのでしょうか。思考のスピードが川の流れに呼応し、鑑賞者は激しい川の流れに翻弄されながら、目の前のイメージが次々と変化していくという、アトラクションのようなスリリングな体験ができました。そのままアートの大海原に連れていかれそうな……。創作欲が尽きない横尾忠則は、きっとまた次の旅の引率をしてくれることでしょう。

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「連画の河、タヒチに」には、ゴーガンのタヒチのイメージが描かれています。ポジティブな生命力を感じます。

横尾忠則 連画の河展 
期間:~2025年6月22日(日)
時間:10:00~18:00(入館は30分前まで)
休:月曜
会場:世田谷美術館 1階展示室
東京都 世田谷区砧公園1-2
https://www.setagayaartmuseum.or.jp/exhibition/special/detail.php?id=sp00223

辛酸なめ子プロフィール画像
辛酸なめ子

漫画家、コラムニスト。埼玉県出身、武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。アイドル観察からスピリチュアルまで幅広く取材し、執筆。新刊は『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』(祥伝社文庫)『タピオカミルクティーで死にかけた土曜日の午後 40代女子叫んでもいいですか 』(PHP研究所)『大人のコミュニケーション術 渡る世間は罠だらけ』(光文社新書)『妙齢美容修業』(講談社文庫)『辛酸なめ子の現代社会学』(幻冬舎文庫)。Twitterは@godblessnamekoです。

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