「世界探検の旅」展のハイセンスなコレクション #115

時空を超えて、人類の約6000年の歴史を体感できる「世界探検の旅」展。天理参考館や奈良国立博物館が所蔵する膨大なコレクションから選ばれた世界各国の展示品が並んでいます。単なる遺物ではなく、古の人々が生み出した芸術的な造形の数々に驚かされるラインナップ。約220件もの出品数で、会場は「文明の交差する世界」「神々と摩訶不思議な世界」「追憶の20世紀」の3つの章で構成されています。

時空を超えて、人類の約6000年の歴史を体感できる「世界探検の旅」展。天理参考館や奈良国立博物館が所蔵する膨大なコレクションから選ばれた世界各国の展示品が並んでいます。単なる遺物ではなく、古の人々が生み出した芸術的な造形の数々に驚かされるラインナップ。約220件もの出品数で、会場は「文明の交差する世界」「神々と摩訶不思議な世界」「追憶の20世紀」の3つの章で構成されています。

世界探検の旅展 グデア頭像

シュメル王、「グデア頭像」。決して壊されないように閃緑岩というとても硬い石で造られたそうです。

最初の展示室には、東西交易の代名詞、シルクロードを中心に世界の文化交流を感じさせる名品が並んでいます。会場に足を踏み入れるとシュメル王の「グデア頭像」が出迎えてくれました。紀元前2100年、アッカド王朝の頃の像だそうで、メソポタミア文明の悠久の歴史に圧倒されます。

世界探検の旅展 土壺

古代の展示品も豊富で、紀元前2700〜前2300年頃の中国の「彩陶双耳壺」は茶色くて把手がついた壺で、縄文土器にも似ていますが、日本の土器がレリーフなのと対照的に、黒で模様が描き込まれていました。紀元前2500〜2000年頃には、すでに薄さ2ミリの陶杯を作る技術があったようで、中国3000年どころではない歴史のすごみを感じます。

世界探検の旅展 シリアの「地母神像」

シリアの「地母神像」は、紀元前2000年頃のもの。縄文土偶とどこか似ています。

世界探検の旅展 中国、紀元前13〜前11世紀 「甲骨文字」

中国、紀元前13〜前11世紀の「甲骨文字」。亀の甲羅や牛の肩甲骨に刻まれた最古級の漢字です。

歴史という意味で感動したのは、紀元前13〜前11世紀の「甲骨文字」の展示。一見、骨の破片ですが、よく見たら文字が刻まれています。占いに使っていた動物の骨や亀の甲羅の断片で、祭祀や天候、収穫や狩猟、出産などについて吉凶を読み取っていました。骨や甲羅に熱を加えて亀裂を生じさせ、そこから推測した鑑定結果が刻まれています。「牛」「父」といった文字が見えます。今ならネット占いで一瞬で検索できますが、骨の亀裂のほうがご神託感があり、環境にも優しいです。情報量は少なくても厳かな言霊が宿っていました。

世界探検の旅展 中国 唐時代(7〜8世紀)「加彩胡人」

中国 唐時代(7〜8世紀)「加彩胡人」はシルクロードを旅していた商人たちを表しています。

紀元前1800年頃のイラクの「楔形文字粘土文書」も展示されていました。なんと紀元前2500年頃には楔形文字が誕生していたそうで、交易の取引の必要性から文字が使われはじめたとのこと。4000年くらい前のメディアが今も解読可能な形で残っているとは……。CD-Rに保存したデータが20年ほどで消えてしまった経験があるので、やはり最強のデータ保存は粘土や石に物理的に刻むことだと感じました。線が刻まれた粘土版を眺めていると、数千年後、もしかしたら半導体も未来の博物館に展示されているのかもしれない、と想像させられました。

世界探検の旅展 8世紀中国の「加彩鎮墓獣」

墓を守るというのも古今東西の重要なテーマです。8世紀中国の「加彩鎮墓獣」は頭部がドリルのようになっていて、一目見たら忘れられないインパクトです。角や緑を頭上や背中に生やした恐ろしい姿で、邪なものの墓への侵入を防ぎます。むしろかわいいと思わせて、邪なエネルギーをそらす効果がありそうです。死後の世界を守るという意味では、古代エジプトの供養碑やカノポス壺も展示されていました。現代のお墓はシンプルすぎて大丈夫なのか心配になってきます。

世界探検の旅展 ガンダーラ 弥勒菩薩像

ガンダーラ地方(3〜4世紀)の菩薩立像はかなりイケメン。仏像誕生の地から出てきました。

仏像が癒し系のオーラを放っている一角もありました。2〜3世紀、ガンダーラ地方の弥勒菩薩像はウェーブしたロングヘアでアルカイックスマイルを浮かべ、中性的な美しさ。3〜4世紀、同じくガンダーラ地方の菩薩立像は、ヒゲを生やしていて濃いめの顔立ちでした。ボリウッド映画にも出てきそうです。対照的に日本や中国の仏像は、目鼻立ちが地味目で、信仰の対象として穏やかさを感じさせつつ、やはりその国の人種に似るものなのかもしれません。

世界探検の旅展 ニューギニアの精霊「コヴァヴェ」

真ん中は、ニューギニアの精霊「コヴァヴェ」の仮面。男子が成人となったとき、秘密結社への入社式で着用されるそうです。

いっぽう、パンチが効いた造形だったのはニューギニアの仮面。自然や精霊、粗霊を崇め、独自の文化を育んできたニューギニアでは、アニミズム信仰を感じさせる仮面が次々と作られていました。豚の霊魂を食べて生きる山に棲む精霊「コヴァヴェ」の仮面は、成人の秘密結社への入社式で着用されました。豚肉だけでなく豚の霊魂も食用になる世界観があるとは。さまざまな儀式に登場するという「アワン」は、男性と女性の精霊の仮面がペアになっていました。参列者が少なくても、その場が盛り上がりそうです。

世界探検の旅展 「アワン」の仮面

誕生祝い、婚礼、ほかさまざまな儀式に登場する「アワン」の仮面はどこか優しげです。

世界探検の旅展 ニューギニアの「戦闘用盾」

一見サーフボードのようなニューギニアの「戦闘用楯」、霊力を込めて描かれた模様が敵を威嚇しました。

壁ぎわに、民族的な模様のおしゃれなサーフボードがたくさん並んでいると思ったら、ニューギニアで民族間の争いに用いられた盾でした。祖霊や守護霊を象徴するモチーフが描かれ、敵を威圧していました。現代でもサーフィンの大会などで霊力を発揮しそうな力強い模様でした。

世界探検の旅展 ニューギニアの「死者像 ビスポール

ニューギニアの「死者像 ビスポール」は有力者が亡くなると魂を弔うために儀礼小屋の前に立てられました。

裸体の人間が連なって登っているようなシュールな木のオブジェ「死者像 ビスポール」は、インドネシア南パプア州のアスマット地方で、村の有力者が亡くなったときの弔いの儀式に使われたそうです。かつては首狩りの成功を誓うのにも使われたモチーフです。首狩りが成功すると、ビスポールの根元に首が捧げられたそうです。一見素朴な木彫りの像が、実は血を欲していたとは……。

世界探検の旅展 台湾の原住民族の「首狩りの刀」

台湾の原住民族の「首狩りの刀」。敵の首を村に持ち帰ると村を守ってくれると信じられていました。

「首狩り」「生け贄」など血なまぐさい風習があった国も散見されました。台湾では、日本統治時代まで原住民族による首狩りの風習がありました。ブヌン族の「首狩りの刀」は、いかにも狩りやすそうな機能美的なデザイン。首狩り勇者の上衣「ルクス・カハ」もストライプ柄に伝統と格式を感じさせました。背面には無数の貝殻ビーズが縫い込まれていてゴージャスです。刀にも上衣にも静かな威圧感が漂っています。

世界探検の旅展 ナヴァホ続の「イェイ文様敷物」

ナヴァホ族の「イェイ文様敷物」は色使いも絶妙です。先人たちへのリスペクトが込められているようです。

また、南米には「人身供犠」の風習がありました。モチェ文化では川の水量をコントロールするため、捕虜の戦士が捧げられたそうです。モチェ文化の戦士をかたどった壺は、何を考えているかわからない表情が空恐ろしいです。日本はそこまで首狩りや生け贄の文化が盛んでなくてよかった、と平和な国民性に感謝したくなりました。

世界探検の旅展 鞍掛飲料水袋

鞍掛け飲料水袋は、20世紀中頃にカイロで使われていました。こんなバッグがあったら買いたくなります。

また、展示物を見て感じたのは、長い歴史の中、文化や風習の中でブラッシュアップされたデザインの美しさです。ニューギニアの精霊の仮面や、台湾のシャーマンの装束、アメリカの先住民族のかごや織物、エジプトの飲料水袋など、挙げたらきりがないほどですが、どれもおしゃれで所有欲を刺激します。セレクトショップなどでいいお値段で売られていてもおかしくないアイテムの数々。デザインセンスという意味でも普遍性を持ち、古びることがありません。祈りや願いが込められた伝統的な作品は、ビジュアル的にも強いです。日本にいながら世界中のおしゃれセンスを吸収できる展示でした。

世界探検の旅展 北京の看板「幌子」

今は失われつつある北京の看板「幌子」のカルチャー。何のお店か一目見てわかる、売り物を模したものが多いです。

世界探検の旅—美と驚異の遺産—
期間:~2025年9月23日(火・祝)
時間:9:30~17:00(閉館の30分前まで)
休:8月18日(月)、8月25日(月)、9月1日(月)、9月8日(月)、9月16日(火)
会場:奈良国立博物館 東・西新館
奈良市登大路町50番地
https://art.nikkei.com/tanken/

8月〜9月おすすめアート情報

辛酸なめ子プロフィール画像
辛酸なめ子

漫画家、コラムニスト。埼玉県出身、武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデ ザイン専攻卒業。アートやアイドル観察からスピリチュアルまで幅広く取材し、執筆。主な著作は『江戸時代のオタクファイル』(淡交社)『女子校礼讃 』(中央公論新社)『スピリチュアル系のトリセツ』(平凡社)など多数。Twitterは@godblessnamekoです。

記事一覧を見る