植物と魂の交歓でコラボした花の作品に癒される、華道家・道念邦子のインスタレーション(東京都庭園美術館) #116

旧朝香宮邸だった東京都庭園美術館は、その名の通り美しい庭園が見どころです。東京都庭園美術館を構成する一要素ともいえる「花」に注目し、華道家・道念邦子のインスタレーションを展示する企画「ランドスケープをつくる お庭を逍遥する」展が開催されました。

旧朝香宮邸だった東京都庭園美術館は、その名の通り美しい庭園が見どころです。東京都庭園美術館を構成する一要素ともいえる「花」に注目し、華道家・道念邦子のインスタレーションを展示する企画「ランドスケープをつくる お庭を逍遥する」展が開催されました。

東京都庭園美術館 道念邦子 「花」のドローイング

正門横スペースでの展示。お庭を散歩するという設定で絵が並んでいます。

会期中の一日限定で、生花体験や道念氏のトークイベントが開催されたので伺いました。展示室には、道念氏による「花」のドローイングが展示。一枚一枚がどこか宇宙を内包しているような、神秘的な作品です。曼荼羅や神聖幾何学のようで、花の中に全ての真理がつまっているのを感じさせます。作者の自然へのリスペクトが感じられました。「展示によせて」のメッセージには「道念が植物よりインスピレーションを受け、体感してきた『高次のもの』とのつながりは、自由でよどみのない心さえあればすべての人が感受できるもの」と書かれていて、花とテレパシー的にコラボして制作したスピリチュアルな作品のようです。少し前に観た、ヒルマ・アフ・クリントの高次元アートとどこか通じるものがあります。

東京都庭園美術館 道念邦子 「花」のドローイング

花のドローイング作品。花から出ている線は、アンテナのようなものだそうです。

東京都庭園美術館 道念邦子 「花」のドローイング

「『高次のもの』とのつながりは、自由でよどみのない心さえあればすべての人が感受できるもの」という展示のメッセージが改めて心に響きます。

東京都庭園美術館 道念邦子 「花」のドローイング ラフスケッチ

イベントで限定公開された、下絵が描かれたスケッチブック。丁寧に花を描写しています。

イベントでは、原画と下絵のラフスケッチが展示。花の絵が掲載されたリーフレットには「おばあちゃん今日の散歩はここまでだよ」「次は夜に来てみようね おばあちゃん」と花のメッセージを受信して書いたような「創作ノート」の言葉が添えられていました。でも実際の道念氏は、おばあちゃんというより、花の精霊のような雰囲気の可憐な女性。スッとした植物のような美しい佇まいでいらっしゃいます。

1944年に石川県に生まれ、1957年に古流柏葉会山脇紅華古流いけばな教室に入門。古流の家元での稽古からスタートし、1970年代より伝統にとらわれない自由な花をいけることを目指しています。以来、現代美術のギャラリーで作品を発表され、今も新しい「いけばな」の境地を切り開いています。古典と前衛を両立したハイブリッド的なスタンスなのでしょう。

東京都庭園美術館 道念邦子 「花」のドローイング

限定イベントで公開された、和紙に描かれた花の原画。色合いが独特です。

東京都庭園美術館 道念邦子 「花」のドローイング インスタレーション

いけばなはハードルが高いけれど、自由に花をいけると思えば大胆に配置できそうです。

今回のイベントでは、参加者が花の作品に参加できる企画がありました。銀の大皿を用いて、参加者全員でひとつの作品を制作するのですが、水が張ってあって、大皿には花を差す小さな花留めが並んでいます。たくさんの季節の花が並ぶ中、好きな花を取って、一人ずつ挿したりいけたりする、というワークショップです。

「手でちぎって花だけ浮かべてもいいですし、したいことを全部なさってください」と道念氏。「ちぎる」という動詞がワイルドです。素人なのでバランスが悪い向きで入れてしまった、と思っても、他の人がどんどん参加して不思議なまとまりが生まれてきました。道念氏は、大胆な手つきで花の部分を取って次々水に浮かべていました。

東京都庭園美術館 道念邦子 「花」のドローイング インスタレーション
東京都庭園美術館 道念邦子 「花」のドローイング インスタレーション

花体験ワークショップで作った皆の作品に、ゴッドハンドで彩りを添える道念氏。

「花を浮かべて水面を埋めてください」。参加者も先生に習って花を浮かべると、華やかさがアップグレード。秋を感じさせるオレンジ色の花々と、水面に浮かぶキク科の花々がゴージャスに調和しています。仕上げに、道念氏は「秘蔵の花です」と、金箔をまぶされていました。花の波動が一段と高まって、会場の次元が引き上げられたようです。周囲のガラスから見える緑の森とのコントラストも美しく、旧宮邸の品格にもふさわしい作品だと感じ入りました。

東京都庭園美術館 道念邦子 「花」のドローイング インスタレーション

数十名の参加者でいけた花は、不思議と統一感がありました。金箔が華やかです。

東京都庭園美術館 道念邦子 「花」のドローイング インスタレーション

トークイベントでの道念邦子氏。背景の緑も素晴らしいです。

展示名の「お庭を逍遥する」の「逍遥する」には「散歩」という意味もあります。トークでは、道念氏の住む金沢市のお散歩コースについてや、尊敬する華道家の作品などが紹介されました。

「華道家の中川幸夫さんは、花を限界まで追い詰める作風です」と道念氏が言うように、花びらが開ききって落ちる寸前のような写真など、ふだん目にすることのない迫力がみなぎっていました。美しいだけではない、刹那的でどこか哀しい写真です。

「先生は、花は常に不思議で謎を秘めている、とおっしゃっていました。いつも自分を花が襲ってくる、と言っていましたが、私は、先生が花を襲ってらっしゃるんじゃないかなんて思っていました」
そのくらい真剣に花と対峙していたのでしょう。緊迫感漂う写真のあと、道念氏の近所の風景がモニターに投影。

「今、私の生活圏は半径1.5キロから2キロまでで十分生活できることがわかりました。狭い範囲で今まで以上に豊かな出会いがあるようになりました。その周りの風景と、作品集の写真も紹介させていただきます」と、道念氏。
「花には出会いの不思議があります。求めても見られない。たまたま発見する、という意味の『逍遥』という言葉が大好きなんです」

東京都庭園美術館 道念邦子 「花」のドローイング インスタレーション

華道家の中川幸夫による作品のタイトルは「おう『感』」。花を見たときの心の声でしょうか。

東京都庭園美術館 道念邦子 「花」のドローイング インスタレーション

実際紹介された写真にも、偶然の出会いが感じられました。

「たまたまお友達が届けてくれた白いニラの花」「路地裏の隠れ家みたいな焼き芋屋さん」「神社の大きいケヤキと、よく座っている石」など、自然豊かで心温まる風景が投影。焼き芋屋さんの建物に入ると畳敷きの小さな図書室があり、そこの花瓶には近所のゆうくんという小六の男の子が切ってきた花がいけられているそうです。道念氏にひそかに認められているそのセンス。彼も将来いけばなの道に進む予感です。

田んぼの脇の農道もよく散歩しているそうですが、何度か足を田んぼに引っ張られたことがあり、あとで戦国時代、この一帯は死体を投げ捨ててあった場だと知って恐くなったとか。そう聞くと写真の陰が暗く見えてきます。「逍遥」しているとそんな不思議体験もあるとのことですが、だいたいはポジティブなできごとが多いようです。

「バラがきれいな家があって、あまりにもきれいなのでおうちの方に声をかけたことがありました。家の中まで案内してくれて、バラをたくさん切ってくださったんです。雑誌の仕事でタイミングよく使えて良かったです」
もしかしたらバラに呼ばれたのかもしれません。近所のおじいちゃんが育てている大ゆずを眺めていたらもらったこともあったそうで、都会ではなかなか考えられないほど人情味があります。そして丹念に花を育てたり素敵な家に住んでいる人が多かったり、さすが加賀百万石の豊かな風土を感じました。
「外に出ると、きっかけは必ず見つかるものなんです」と、道念氏は話していました。室内でパソコンやスマホに向かって検索やAIに質問ばかりしている場合ではないと思えます。

東京都庭園美術館 道念邦子 「花」のドローイング インスタレーション

世界地図に花を置いた道念邦子による作品。行った場所、行きたい場所が不思議と横に並んでいます。

続いての道念氏の作品写真では、地図上の行ったところや行ってみたいところに花を置いた作品、世界遺産の村の神社の一角に、ある作家の個展の案内状をコピーして一本の道のようにつなげた作品、石川県の日本海側岩場に水仙の束を置いた作品など、どれもコンセプチュアルでビジュアルの力も強いです。海岸に大きな蓮の葉を並べた写真も印象的でした。蓮の葉はくぼんでいるので、天からの恵みを受け取ろうとする手に見える、と道念氏。伝統的ないけばなの既成概念にとらわれない発想力に驚かされます。

「いけばなと、花をいけることは全然違うと思うんです。いけばなは約束事に従って展覧会などで発表する。花をいける、というのは自分流でいい。いけばなを習っていなくても関係ないです。いけたい器を選んでいけたい花を選べばいい」という言葉に勇気をもらいました。自由に直感で「花をいける」方が、花の、こうやっていけてほしい、という思いに沿うことかできます。花を喜ばせることで、道念氏のように自然と花に呼ばれ、花が集まってくるという、豊かな人生に導かれそうです。

正門横スペースにおける特別展示「ランドスケープをつくる お庭を逍遥する」展
期間:~10月13日(月・祝)
時間:10:00~18:00
休:月曜 ※10月13日(月・祝)は開館
会場:東京都庭園美術館 正門横スペース
東京都港区白金台5丁目21−9
https://www.teien-art-museum.ne.jp/event/wandering_around_the_garden/

辛酸なめ子プロフィール画像
辛酸なめ子

漫画家、コラムニスト。埼玉県出身、武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデ ザイン専攻卒業。アートやアイドル観察からスピリチュアルまで幅広く取材し、執筆。主な著作は『江戸時代のオタクファイル』(淡交社)『女子校礼讃 』(中央公論新社)『スピリチュアル系のトリセツ』(平凡社)など多数。Twitterは@godblessnamekoです。

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