100年ほど前にヨーロッパを中心に巻き起こったアール・デコ旋風。ちょうど大阪・関西万博の100年前の1925年、パリで開催された「現代装飾美術・産業美術国際博覧会」(通称:アール・デコ博覧会)も、ブームのきっかけだったようです。
特徴は、左右対称や幾何学的な表現、流線形などを取り入れた機能美と装飾性を兼ね備えたデザイン。そのアール・デコ博覧会をご視察されたのが朝香宮夫妻でした。アール・デコの装飾様式に感銘を受け、旧朝香宮邸(現・東京都庭園美術館)を建てたのは有名な話です。
東京都庭園美術館で今回、「永遠なる瞬間 ヴァン クリーフ&アーペル — ハイジュエリーが語るアール・デコ」展が行なわれることは、時を越えたコラボレーションのようで、アール・デコの引き寄せ力を感じます。もしかしたらパリのアール・デコ博覧会で、ヴァン クリーフ&アーペルのジュエリーもご覧になっていたかもしれない朝香宮夫妻。きっと100年ぶりに朝香宮夫妻の魂がこの館に降臨し、なつかしく展示を楽しまれたことでしょう。
アール・デコの館である東京都庭園美術館の扉をくぐると、旧朝香宮邸の象徴で、アール・デコの真髄ともいえる「香水塔」(アンリ・ラパンがデザイン)が視界に入ります。今回のヴァン クリーフ&アーペルのハイジュエリーも、この高貴でエレガントな「香水塔」との世界観と完全にマッチしていて、自然な流れでアール・デコの世界に。会場デザインを手がけたのは西澤徹夫建築事務所の西澤徹夫氏。展示ケースの台座も、館やジュエリーと美しく調和しています。

ダイヤモンドたちが集合体となって図柄を表現。《絡み合う花々、赤と白のローズ プレスレット》はアール・デコ博覧会に出品されました。絡み合う花々 、赤と白のローズ ブレスレット 1924年 ヴァン クリーフ&アーペル コレクション
約310点の美しいジュエリーや資料などが集まった展示は、4つの章で構成されています。第1章は「アール・デコの萌芽」。ヴァン クリーフ&アーペルが最初に取り入れたアール・デコのスタイルはダイヤモンドと貴石を組み合わせた2色のコントラストが特徴です。展覧会のキービジュアルにもなっている《絡み合う花々、赤と白のローズ プレスレット》も、自然のモチーフを幾何学的に様式化していて、アール・デコの精神が息づいています。ちなみにキービジュアルの背景のグリーンのマチエールは、この館の1階から2階の壁面の素材が元になっているとのこと。こちらも完全に調和しています。
第1章はダイヤモンドまみれ

ロングネックレス プラチナ、エメラルド、ルビー、サファイア、オニキス、エナメル、ダイヤモンド 1924年 ヴァン クリーフ&アーペル コレクション
とにかく第1章はダイヤモンドまみれで、文字盤が裏面に隠された《ラぺル ウォッチ》や、リボンモチーフの《ボウ ブローチ》、白バラをかたどった《ローズ ブローチ》など、どれも優雅でダイヤモンドが奥ゆかしい輝きを放っています。一般人からするとひと粒でもなかなか手の届かない超主役級のダイヤモンドが、デザインの素材として贅沢に敷き詰められていることに驚かされます。

《イヴニングバッグ》(1926年)と《ヴァニティケース》(左:1926年、右:1928年) ヴァン クリーフ&アーペル コレクション

ブレスレット プラチナ、サファイア、ダイヤモンド 1921年. ヴァン クリーフ&アーペル コレクション

ブレスレット プラチナ、サファイア、ダイヤモンド 1924年. ヴァン クリーフ&アーペル コレクション
第2章は「独自のスタイルへの発展」

質の高い色鮮やかなコロンビア産のエメラルドが使用されているコレクションは存在感に圧倒されます。一番左が《コルレット》(1929年)。 ヴァン クリーフ&アーペル コレクション
第2章のテーマは「独自のスタイルへの発展」。宝石がふんだんに使われたジュエリーのフォルムは、より立体的に存在感を増していきます。1920年代の終わりから1930年代後半には、大胆な形とコントラストがはっきりした色調を特徴とする作品が人気だったそうです。ダイヤモンドの連なる先端に大きな雫型のエメラルドが輝く《コルレット》ネックレスなどが代表的なものだったとか。中でも斬新だったのは、プラチナを台座にダイヤモンドが敷き詰められ、ネクタイの形にデザインされたネックレス。女性の服装に男性的な要素を取り入れはじめた時代の最新のデザインでした。ヴァン クリーフ&アーペルが当時も最先端のセンスだったことが窺い知れます。

左 コルレット プラチナ、エメラルド、ダイヤモンド 1929年 右 ブローチ プラチナ、エメラルド、ダイヤモンド 1928年 ヴァン クリーフ&アーペル コレクション

ネックレス プラチナ、ダイヤモンド 1929年 ヴァン クリーフ&アーペル コレクション

フルーツ ベース ブローチ プラチナ、イエローゴールド、エメラルド、ルビー、サファイア、オニキス、エナメル、ダイヤモンド 1925年 ヴァン クリーフ&アーペル コレクション

フラワーバスケット ラぺル ウォッチ プラチナ、エメラルド、ルビー、サファイア、オニキス、ダイヤモンド 1926年 ヴァン クリーフ&アーペル コレクション

展示のしつらえと内装があまりにもマッチしていて、アール・デコスピリットが響き合っています。 展示風景 東京都庭園美術館 本館 妃殿下寝室
第3章は「モダニズムと機能性」

印象的な「オブジェダール」は、ローズクォーツなどが使われた《喫煙者のためのセット》(1930年頃/左手前)と《常夜灯》(1930年/左奥)。1930年の天然石がまだ色鮮やかです。ヴァン クリーフ&アーペル コレクション
第3章のテーマは「モダニズムと機能性」。1910年代から1930年代にかけては、幾何学性と対称性というアール・デコ様式美を保ちつつ、新たな技術を発展させていったヴァン クリーフ&アーペル。「オブジェダール」と呼ばれる、ジュエリーと同等の素材や半貴石で作られた置物や、美しさと実用性を兼ね備えた「ミノディエール」などが生まれ、独特のセンスが開花。第1章、第2章はダイヤモンド、ルビー、サファイア、エメラルドなど高級な宝石だらけで緊張しましたが、第3章は半貴石を使った楽しいオブジェも登場。紫色のアメジストで作られた猿がかわいい《モンキー テーブルクロック》、アゲート、ジェイド、イエローゴールド、コーラルなどで作られた《アッシュトレイ》(灰皿)、そしてローズクォーツやイエローゴールド、オニキスなどでできた「常夜灯」など、個性的な「オブジェダール」の数々が目を引きます。遊び心もこのメゾンの魅力です。
「ミノディエール」も多数登場しました。1933年に特許を取得したアイテムで、美しいケースの中にはリップスティックやパウダーケース、ライター、ノートなどをコンパクトに収めることができます。機能性とエレガントな造形美を両立させ、持ち運べるようになっていて、当時の女性の社会進出を体現しているようです。

1920年代は、「ミノディエール」など美しさと実用性を兼ね備えた革新的なアイテムが作られました。この「カメリア ミノディエール」の中にも隠し時計が……。
ちなみに《ラぺル ウォッチ》や《シークレットウォッチ》など、一見装飾品で身に着けた人だけ時間を見ることができるアイテムがたびたび出てきますが、当時社交界では女性は人前で時間を見ないことがマナーだったそうです。現代人はスマホの時計をチェックして「早く帰りたい」アピールをしがちなのが無粋に感じられます。1920年代は生き方もエレガントです。

邸宅の装飾や素材もじっくり鑑賞できます。床の寄木細工も公開。さまざまな内装費や材料費が高騰した現代では贅沢な装飾です。会場風景 東京都庭園美術館 本館 殿下寝室
第4章は「サヴォアフェールが紡ぐ庭」

「ミステリーセット」は宝石に切り込みを入れ、作品に組み込まれた専用のレールに滑り込ませることで爪を見せない特許技術です。
第4章のテーマは「サヴォアフェールが紡ぐ庭」。サヴォアフェールとは「匠の技」のことです。自然からインスピレーションを受けた作品や、形態を変化させるジッパーを使ったジュエリー、宝石で覆って台座を隠す「ミステリーセット」やエナメル加工の技法などが紹介されました。四つ葉のクローバーに着想を得た幸運のシンボル、アルハンブラもここで登場します。ヴァン クリーフ&アーペルといえば、いつか手に入れたいアルハンブラ……というのが多くの日本人の印象かもしれませんが、ヴァン クリーフ&アーペルの壮麗な世界観の中ではほんの一部だということがわかりました。花そのものを身に着けているかのような「ミステリーセット ルビー」のクリップや、鳥やてんとう虫、亀などの自然の中の幸運モチーフの数々に、ポジティブなエネルギーを感じます。今回の展示では、まずダイヤモンドで浄化され、100年後も変わらない輝きを放つ最高級の宝石や、癒し系の自然モチーフでエネルギーをチャージ。所有なんて経済的にも人間の器的にもとてもできませんが、こうしてハイジュエリーを間近で見たことだけでも、「永遠なる瞬間」の輝きが心に刻まれました。

パス パルトゥー ジュエリー イエローゴールド、ルビー、イエローサファイア、サファイア、ダイヤモンド 1939年 ヴァン クリーフ&アーペル コレクション

クリサンセマム クリップ プラチナ、イエローゴールド、ミステリーセット ルビー、ダイヤモンド 1937年 ヴァン クリーフ&アーペル コレクション

左 タートル クリップ イエローゴールド、ホワイトゴールド、エメラルド、ダイヤモンド 1977年 右上 てんとう虫のクリップ イエローゴールド、オニキス、コーラル 1973年 右下 サン ルイ クリップ イエローゴールド、ホワイトゴールド、グリーンアゲート、コーラル、ダイヤモンド 1974年 すべてヴァン クリーフ&アーペル コレクション

左上 ヴァイオレット イヤリング 右下 ヴァイオレット ブーケ クリップ
どちらもイエローゴールド、アメシスト、ダイヤモンド 1938年 ヴァン クリーフ&アーペル コレクション

自然のモチーフのデザインも多いです。四つ葉のクローバーに着想を得たアルハンブラは開運パワーがありそうです。アルハンブラ ロングネックレス 1973年 ヴァン クリーフ&アーペル コレクション
永遠なる瞬間 ヴァン クリーフ&アーペル — ハイジュエリーが語るアール・デコ
期間:~2026年1月18日(日)
時間:10:00~18:00
※11月21日(金)、22日(土)、28日(金)、29日(土)、12月5日(金)、6日(土)は20:00まで(入館はいずれも30分前まで)
休:月曜 年末年始(12月28日〜2026年1月4日)
※10月13日(月・祝)、11月3日(月・祝)、24日(月・祝)、1月12日(月・祝)は開館 10月14日(火)、11月4日(火)、11月25日(火)、1月13日(火)は休館
※日時指定予約制
会場:東京都庭園美術館
東京都港区白金台5-21-9
https://art.nikkei.com/timeless-art-deco/