女たちのスクウォッティング【ブレイディみかこのSISTER "FOOT" EMPATHY】

"他者の靴を履く足"を鍛えることこそ、自分の人生を自由に歩む原動力となる!真面目な日本女性に贈る、新感覚シスター「フット」談。

ブレイディみかこライター・コラムニスト。1965年福岡県生まれ、英国ブライトン在住。『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)、『女たちのテロル』(岩波書店)など、多数著書あり。

昨年は東京オリンピックの年だったが、10年前にはロンドンでオリンピックがあった。そのおもな舞台となったオリンピック・パークの建設地は、貧しく荒廃した地域として知られていた。そんなところが急に再開発されてしまったら、当然のように起きるのがジェントリフィケーション(都市において、比較的低所得者層の居住地域が再開発や文化的活動などによって活性化し、その結果、地価が高騰すること)だ。オリンピックをきっかけにロンドン東部の住宅価格や家賃は激しく上昇し、結果として住民の入れ替わりが起きた。

都市のジェントリフィケーションに反対する運動は世界中で展開されている。しかし、ロンドンでは意外な人々がこの運動の顔になった。全員25歳以下のシングルマザーたちである。彼女たちは、オリンピックで再開発された地域の若年層ホームレス対象のホステルに住んでいた。

が、ある日突然に退去を迫られ、2カ月のうちに出て行けと言われた。ホステルには約200の部屋があり、そこに住む29人の子どもを持つ若い母親たちがいた。彼女たちは役所の福祉課に相談に行く。ところが、ロンドンには公営住宅の空きはなく、福祉の補助金では民間のフラットの家賃はとてもカバーできないので、家賃の安い地域に引っ越したらどうかとすすめられた。そこで彼女たちはブチ切れる。そもそも、若いシングルマザーとして子どもを抱えて貧困しているだけでも大変なのに、生まれ育った街を捨て、友人も親類縁者もいない地域に引っ越せなんて、あんまりではないか。それに「あなたたちに提供する家はない」と役所の人は言うが、富裕層が投資目的で買って貯金箱代わりにしている高級マンションの多くは無人のまま放置されている。政府や地方自治体の予算削減のために閉鎖された警察署などの公共の建物も空き家のままだった。家が必要な人がいる一方で、地元には空き家がいっぱい転がっていたのである。彼女たちはその理不尽に憤った。そして自分たちで運動を立ち上げ、デモをしたり、署名を集めて区長や議員に会いに行ったりするが、らちが明かない。

だが彼女たちは泣き寝入りしなかった。それどころか、誰も私たちに住む場所を与えてくれないなら自分たちでゲットしますよ、とばかりに、ついに直接行動に出たのである。 オリンピック・パークのそばに空き家だらけの公営住宅地があった。区はその公営住宅地全体を売却しようと前から住民を引っ越しさせたりしていたが、なかなか売る交渉がまとまらず、約600戸が空き家のまま放置されていた。彼女たちはそこに忍び込み、スクウォッティング(公有地や空き家などに無断で居住すること)したのである。

実はこのスクウォッティングという行為、2012年に法が制定されるまで英国では犯罪にならなかった。だからたとえば、わたしが英国と日本を行ったり来たりしていた1980年代にも、社会運動家だけでなく、ミュージシャンや芸術家など、空き家をスクウォッティングしてグループで住んでいた人たちがけっこういた。そんな古くて新しい運動の形への懐かしさもあったのか、若い母親たちが始めた小さな占拠運動は、近所に住む人々や地元の商店街などでも支持を集め、コメディアンのラッセル・ブランドのような著名な支援者も現れる。そのためメディアが取り上げるようになり、全国規模へと支持を広げたのだった。

プラカードを振って政府や自治体に「何とかしてください」とお願いするのではなく、「自分たちでやってやる」とばかりに無人の公営住宅を占拠し、勝手に修繕・改装して住み始めた女性たちのたくましい姿に英国の人々は心を打たれた。運動の中にスターがいたわけではない。リーダーの元保育士の女性をはじめ、メンバーたちはどこにでもいそうな若者たちだった。

運動のやり方などまったく知らなかった彼女たちに手を差し伸べたベテラン社会運動家の女性や、アカデミックな女性たちの姿も占拠地にはあった。人種や階層、世代の違う女性たちが、家を失った若い母親と子どもたちへのエンパシーで集まり、シスターフッドで運動を盛り上げた。さらに、この運動には都市のジェントリフィケーションや貧困問題に関心を持つ男性たちも数多く参加した。

運動の急速な拡大を受け、ついに彼女たちの訴えを無視してきた区長は彼女たちに謝罪する。フォーカスE15マザーズ(彼女たちが住んでいたホステルがある地区の郵便番号にちなんで)と呼ばれた彼女たちは、英『ガーディアン』紙から2014年の「今年のヒーロー」の称号を与えられた。

ところで、このスクウォッティングという手法、いまにわかに欧州全体で再注目されている。コロナ禍で失業したり、収入が減ったりした人々のサバイバル手段として見直され、合法化の動きさえある。コロナ禍で財政的に苦しい国の政府には維持費がないので、使われていない大規模施設が放置されていることも多く、占拠してくれて自分たちで修繕・改装してくれるならそのほうが安上がりだからである。たまにエンパシーという他者への思いやりは、ものすごく合理的な解決法を生み出す。

ここで、ふと、思い出す。

どこかに少子高齢化で空き家が増加している国があったではないかと。

自分たちでメンテしながら住んでやる、という直接行動が、空き家問題に悩む日本社会を救う可能性だってある。「人のものには手は出せない」と真面目に考えて空き家を横目に見ながら通り過ぎるのではなく、勝手に修繕してきれいにして住んでいたら持ち主に感謝されるケースだってあるかもしれない(実際、こういう実例は欧州にはいくつもある)。若者や女性の貧困の増加と、空き家の増加で地域社会が荒廃していくという問題の双方を、スクウォッティングが解決できるかもしれないのだ。まさにウィンーウィン。誰が損をするというのだろう。

直接行動は、元祖シスターフッド運動とも呼べる英国の女性参政権運動家たち、サフラジェットのモットーでもあった。オリンピック後のロンドンで力強く地べたから立ち上がった女性たちの直接行動を日本でも起こせないと誰が決めつけられるだろう。また荒唐無稽なことをと思うだろうか? Just food for thought….

※ ブレイディさんの息子が、他者の感情や経験などを理解する能力である"エンパシー"のことを、英国の定型表現から「自分で誰かの靴を履いてみること」と表現。著作内のこのエピソードが多くの反響を呼び、社会現象となった。

SOURCE:SPUR 2022年6月号「ブレイディみかこのSISTER "FOOT" EMPATHY」

illustration: Yuko Saeki

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