"他者の靴を履く足"※を鍛えることこそ、自分の人生を自由に歩む原動力となる!真面目な日本女性に贈る、新感覚シスター「フット」談。
※ブレイディさんの息子が、他者の感情や経験などを理解する能力である"エンパシー"のことを、英国の定型表現から「自分で誰かの靴を履いてみること」と表現。著作内のこのエピソードが多くの反響を呼び、社会現象となった。
今年に入り、ニュージーランドのジャシンダ・アーダーン前首相が突然に辞任したことが大きな話題を呼んだ。アーダーン前首相は、2017年に当時世界最年少の女性首相に就任したときからメディアの注目を集めてきた。モスク銃撃事件に鮮やかな手腕で対処し、コロナ禍への対応の速さと的確さで称賛され、現職の首相として初めて産休を取ったことも世界中で報道された。
しかし、キャリアの絶頂期にあると思われていた彼女が辞任を発表したとき、彼女は言った。「余力が底をついた」と。
何がそんなに彼女を疲れさせてしまったのだろう。アーダーン前首相の後任となったヒプキンス首相は、与党・労働党の党首に選ばれたときの演説で、アーダーン前首相が在任中に受けていた「いまわしい」誹謗中傷や脅迫について語った。彼女はここ数年、頻繁に脅しを受けていて、彼女を射殺する権利が自分にはあると主張する男がYouTubeに動画を投稿したりしていたという。データによれば、彼女に対する脅迫は過去3年間で3倍に増え、前述のYouTube動画を含めて8件が司法に委ねられているそうだ。
ヒプキンス首相は、男性にはミソジニー(女性嫌悪)を非難する責任があると語ったが、このニュースを伝えたBBCもまた、アーダーン前首相の電撃辞任を伝えたときには見出しが性差別的だったと批判された。「女性はすべてを手に入れることができるのか」という見出しをつけたからだ。これを見た一般の人々から、男性首相が辞任するときにはそんな言葉は書かないではないかと非難が殺到。BBCは見出しの不適切さを認め、変更した。
さらに、英国ではもう一人、政界の大物女性リーダーが突然の辞任を発表して人々を驚かせた。スコットランド自治政府のニコラ・スタージョン首相が、「私は政治家であると同時に一人の人間でもある」と発言して辞任を表明したのだ。彼女も、首相の仕事を続けるために力を尽くしてきたが「それを続けるには誰であろうと限界がある」と言っている。
彼女はBBCのドキュメンタリーの中で、「政界の女性を取り巻く環境は、自分のこれまでのキャリアの中で、今が最も厳しく、敵対的」「ソーシャル・メディアが最もひどい女性虐待やミソジニーやセクシズム、論争を起こす女性への暴力的な脅しの手段を与えている」と語った。
時を同じくして、2年以上の月日を費やした「マネタイジング・ミソジニー(女性嫌悪の収益化)」という調査報告書が発表されている。ハンガリー、インド、ブラジル、イタリア、チュニジアといった国の女性リーダーや知識人に取材を行い、彼女たちへの膨大な量のソーシャル・メディア上のひどい書き込みのパターンや動機を分析したという。すると、見えてきたのは、こうした女性に対するヘイト発言や脅迫、虐待は、政治的に対立する相手を黙らせるために戦略的に行われているという事実だった。ソーシャル・メディアを見ていると、近年、急激にミソジニーが悪化しているように見えるが、それらは意図的に仕掛けられているというのだ。
つまり、より深刻な問題になっているのは、ミソジニーそのものというより、それを武器に使っている陰の政治勢力や、ミソジニーで儲けているデジタル・プラットフォーム(ツイッター、フェイスブックなど)のビジネスのあり方だというのである。
たとえば、ブラジルの女性政治家マヌエラ・ダヴィラが2018年の大統領選への出馬を表明したとき、彼女の5歳の娘の写真がレイプの脅迫と共にソーシャル・メディアに出回ったという。若く、プログレッシブで、ジェンダー平等に関して声を上げてきた政治家の彼女は、攻撃のターゲットになり、いくつものデマがソーシャル・メディアに投稿された。ブラジル国民の多くが経済的に苦しんでいるときに、彼女がマイアミで派手にショッピングをしていたという情報も流れたが、それも真っ赤な嘘だったという。
インドでも、女性国会議員が10歳になる娘へのレイプの脅迫をオンラインで受け取り、警察に届け出たケースがあるという。こうしたネット上での攻撃は、ランダムに発生しているのではなく、対立する政党が女性をターゲットにして組織的に行なっていることが多いと被害に遭った女性議員は語っている。
もちろん、このような攻撃にも決して屈さない強い女性政治家もいる。だが、これが日常茶飯事になってくると、若い女性は声を上げることに躊躇するだろうし、ましてや政治の道を目指そうなんて思わなくなるだろう。
このような状況の責任の一端はソーシャル・メディア側にある。インドのジャーナリストは「ヘイトが彼らのビジネスモデル」とさえ言っている。PVを稼ぐコンテンツとしてミソジニーが使われてもアルゴリズムでさらに増幅させ、拡大させる。広告収入で利益を上げるビジネスにとって、盛り上がるコンテンツは重要なのだ。
近年は、周囲を見回してもソーシャル・メディアをやめている人が多いし、メンタルヘルスの問題を訴える人もいる。Z世代からの熱狂的支持を集め、AOCの愛称で知られる米国の女性議員アレクサンドリア・オカシオ=コルテスも、週末はツイッターやインスタグラムをしないことにしたと発言して話題になった。インスタにファッショナブルな画像を次々と投稿し、政治をクールなものにしたといわれる彼女ですら、「ソーシャル・メディアはパブリックヘルスのリスクをもたらし」「孤独、絶望感、不安、依存、現実逃避を増大させる」と語っている。ソーシャル・メディアを使いこなす新世代の政治家といわれた彼女でさえこういうことを言い出したのは、大きな変化の兆しかもしれない。
ソーシャル・メディアは見知らぬシスターたちがつながるうえで大きな役割を果たしてきた。が、それがミソジニーで儲けるビジネスになってしまったら、もう有害なツールでしかない。「取り締まりをしてください」と言っても聞かないのなら、あとは直接行動あるのみだ。女性たちがごっそりアカウントを消したら、ソーシャル・メディアのユーザー数は半減する。ストライキ、いや、ボイコットというカードだって女性たちには切れるのだ。シスター〝フット〟でミソジニー・ビジネスを蹴散らす手段はないわけではない。
ライター・コラムニスト。1965年福岡県生まれ、英国在住。『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)など著書多数。初の少女小説『両手にトカレフ』(ポプラ社)が好評発売中。