【ブレイディみかこ】「息ができない」ポルノの増殖

ブレイディみかこのSISTER "FOOT" EMPATHY

"他者の靴を履く足"※を鍛えることこそ、自分の人生を自由に歩む原動力となる! 真面目な日本女性に贈る、新感覚シスター「フット」談

※ ブレイディさんの息子が、他者の感情や経験などを理解する能力である"エンパシー"のことを、英国の定型表現から「自分で誰かの靴を履いてみること」と表現。著作内のこのエピソードが多くの反響を呼び、社会現象となった。

ブレイディみかこのSISTER

ある時代まで、ポルノには「いやらしい」という言葉がつきものだった。映画やドラマで家族の部屋にポルノ雑誌やビデオを見つけた女性のキャラは、必ずそう言ったものである。が、いつからだろう。それが「怖い」に変わってしまった。ようやくそのことに政治が気づき、ポルノ規制の方向に動き出している。今年6月、英国政府は首を絞める行為を含むポルノの禁止を発表した。

ハードコアなポルノ映像は昔から存在した。が、それは専門的にそうしたビデオを扱う店に置かれていたりして、入手するのにそれなりのハードルがあった。しかし今は違う。クリックするだけで、オンラインで気軽に視聴することができる。そのため、「その多くは単なる虐待」と表現されるようなポルノ映像をティーンや20代の若者たちが見ているというのだ。

最新の調査によると、英国の若者が初めてオンラインでポルノに触れる平均年齢は13歳であり、18歳から21歳までの若者の79%が、18歳になる前に性的暴力を描いたオンライン・ポルノを見たことがあると答えている。こうした傾向は、当然ながら英国だけの話ではない。2021年に、ビリー・アイリッシュが、11歳のときに虐待的なポルノを見たと明かし、脳を破壊された気分になり、その後のセックス・ライフに影響を受けたと語って話題になったことがあった。英国の調査でも、16歳から21歳までの男性の58%、そして女性の42%が自分からオンライン・ポルノを見たと回答している。

現代は、自分がこれからしようとしている体験のすべて(旅行、行く店、観る映画、購入したい商品)をあらかじめネットで調べ、YouTubeやTikTokの動画でまず見てから追体験する時代だ。同じように、未体験の若者たちはセックスも下調べしたくなるだろう。そして、それが虐待的で暴力的な行為の映像だった場合、「これがセックスのやり方なんだ」と思い込み、追体験しようとする人々がいたとしても不思議ではない。

IFAS(Institute For Addressing Strangulation)の調査では、16%の人々が性行為中に首を絞められたことがあると答え、その大半は16歳から34歳までの層だったという。そしてこの年齢層では、同意ある性行為において首を絞められたことのある人の割合は35%になる。つまり、3人に1人だ。そもそも首を絞めるという行為はたいへん危険だし、取り返しのつかない結果になる可能性だってある。

今後10年で女性や少女に対する暴力を半減させるという方針を打ち出している英国政府は、今回の首を絞める行為を含むポルノの禁止もその一環として発表している。femicidecensus.orgが発表した報告書「2000 WOMEN」によれば、2009年以降、男性によって殺害された女性たち2000人のうち、550人(27・5%)が絞殺されており、そのうち372人が親密な関係の男性に殺害されているという。

暴力的で虐待的なポルノがビジネスとしてどんどん配信されると、そうした行為はみんなやっていることであるかのように認識されるようになる。実体験のない少女たちがそうした映像を見ると、屈辱的行為や体の痛みに耐えるのが愛情だと勘違いしてしまうかもしれない。それに、バイオレンスが苦手なタイプの若者たちは、そもそもセックスそのものに嫌悪感を持ち、絶対にしたくないもの、する必要のないものと考えるようになってしまうのではないか。最近の若者は性に関心がない、なんてことを言う大人たちも多いが、ティーンがこっそり自室で学習している教材があまりに暴力的というオンライン事情もあるのかもしれない。

「I can’t breathe(息ができない)」は、ブラック・ライヴズ・マター運動のスローガンとして有名になった。今回の首を絞めるポルノ禁止を考えるとき、他者を窒息させるという行為が象徴している事柄について思いを巡らさずにはいられない。誰が首を絞め、誰が絞められているのかという構図ほど、支配関係を連想させるものはないからだ。ひどい言葉を吐かれたり、痛い思いをさせられたりして我慢することが性的快感に結びつくタイプの人たちは存在する。しかし、まったくそうではないのに、フィジカルに苦しく、怖い思いをしながら「I can’t breathe」と心の中で叫ぶのがセックスの一部だと信じ込んでいる若い女性たちが増えているとしたら……。フェミニズムが「性の解放」という言葉を掲げた時代があったが、これでは「性の解放」どころか「性の拷問」である。

なんでもかんでも政府が規制するのは、個人的には好きではない。が、今の時代はネットで物事があっという間に拡散し、昨日までダサかったことが今日はクールに、少数派の趣味だったことがいきなりメインストリームになる、ある意味、かつてないほど同調圧力が強い時代でもある。それを利用して儲けられる金額も昔とはケタ違いだから、ポルノ商人たちはなりふり構わずアルゴリズムでコンテンツを広げ、あまり実体験がないのでネットで世の中を学習しようとする人々を食い物にする。そしてそれは、言うまでもなく若者たちや、もっと年少の子どもたちだ。

規制を実施したところで、本当に見たい人はあらゆる手を使って見るだろう。だが配信する側は、これまでのように何も考えずネットに流すことはできなくなるし、見る側にもハードルを設ける、というワンクッションがあれば暴力的ポルノはノーマル化しない。

足もとからのシスターフッド的に「性の拷問」化と闘うにはどうすればいいのかというと、これはけっこうトリッキーな問題だ。なぜなら、セックスの問題はプライベートであり、半径5メートル以内で積極的に語り合おうとしたりすれば、ハラスメントにもなりかねない。しかし、「息ができない」セックスには、ミソジニーや女性への暴力の問題が関わっていること、セックスは支配関係を示す行為ではなく互いにやさしくする行為だということを、問われたら大人は言うべきだ。「今さらそんなこと言わなくてもわかるでしょ」じゃなくて、今だからこそ、だ。情報に毒された女性たちを救うのは、地べたの言葉だったりするから。

ブレイディみかこプロフィール画像
ライター・コラムニストブレイディみかこ

ライター・コラムニスト。英国在住。『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)など著書多数。本連載をまとめた『SISTER"FOOT"EMPATHY』(集英社)が好評発売中。

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