【ブレイディみかこのSISTER "FOOT" EMPATHY】街の書店から女性の歴史と未来を変える

"他者の靴を履く足"※を鍛えることこそ、自分の人生を自由に歩む原動力となる! 真面目な日本女性に贈る、新感覚シスター「フット」談

※ ブレイディさんの息子が、他者の感情や経験などを理解する能力である"エンパシー"のことを、英国の定型表現から「自分で誰かの靴を履いてみること」と表現。著作内のこのエピソードが多くの反響を呼び、社会現象となった。

ブレイディみかこのSISTER

「街の書店さんがどんどん減っています」。そんなことを日本の知人から昨今よく聞かされる。ネット書店や大手書店に押されて、街の書店が消えていくのは日本だけの現象ではない。英国でも、全盛期の90年代から減少の一途をたどっていた。しかし、近年は減少に歯止めがかかり、2017年からはわずかながら独立系の書店が増え、2022年には過去10年間で最多を記録している。

特筆すべきは、こうした独立系書店をオープンする人々だ。昨年、女性たちが友人どうしで書店を経営するケースが増えているということが全国紙に報じられた。なるほどな……と頷いた。私自身、こういう書店をいくつか知っているし、実際、ママ友の中にも、書店のオープンを考えている人がいるからだ。子どもは秋から大学に行く年齢になった。下に子どもがいない場合、子育て終了である。さあ、これから何をしようと考えるにあたり、思い切って仕事もやめ、何かまったく新しいことを始めたい、これからは自分のやりたいことだけをしたいと考える女性たちがいて、書店経営が「やりたいこと」の一つに選ばれているのだ。

前述の全国紙の記事でも、仕事をやめて女友達と一緒に書店を開いた3組のペアの話が出てくる。近所に住んでいた女性たちが、仕事に忙殺される生活に疑問を覚えて、パブで理想的な生活について語り合っているうちに二人で書店経営に踏み出すことに決めたというケースもあれば、庭でワインを飲みながら今後の人生について友人と話し合っているうちに、互いに書店を持ちたいという密かな夢を持っていたことを発見し、現実に移すことに決めたというペアもいる。また、書店経営の講座に通っていたときに出会って、共同経営することにしたという女性たちも登場している。

これらの女性たちの話を読んでいると、共通するキーワードがあることに気づく。「コミュニティ」だ。それはSNSでつながるようなコミュニティではない。どっしりと地元に根を張った現実社会でのコミュニティを強く意識しているのだ。たとえば、仕事に忙殺されていた女性たちは「仕事場に徒歩で行くことや、自分の街にきちんと根を下ろすこと」のシンプルな喜びを求めていたという。「人々を結びつける書店」をつくりたかったという女性たちもいれば、「人々がやって来て、自分自身を知るだけでなく、見たことがない新しい何かに触れ、手に取る店にしたい」という女性たちもいる。

イングランド中部のシェフィールドでフェミニズムとクィア関連の本を多く扱う書店を経営する女性たちは、自分たちの書店ができたのを見て、つい感情的になる客の姿を見るという。ヤングアダルトのコーナーに置かれた本を見て、自分たちがティーンの頃にこんな場所があったらどうだったろうと泣く人々がいるというのだ。独立系書店は、著者イベントや読書会を行なったりして、地元コミュニティのハブにもなっている。ただ本を売るだけの場所ではなく、地域の女性たちや、取り上げられることの少ないマイノリティのための書店をつくるという理念があって経営されている書店もある。

これを一歩推し進めたような記事を最近、『ガーディアン』紙で見た。スペインのマドリードにあるフェミニズム書店のバックヤードに女性たちが集まり、ウィキペディアにおけるジェンダーバイアスをなくすための活動を行なっているというのだ。誰でも編集できるオンライン百科事典、ウィキペディアにジェンダーの偏りがあることは以前から話題になっていた。男性に比べて女性に関する記事や記述が少なく、ボランティア編集者の8割から9割が男性だというのだ。伝記を含むウィキペディアのコンテンツのうち、女性に関するものは約5分の1しかないらしい。そこで、マドリードの書店「La Fabulosa」のバックヤードに集まった女性たちは、芸術に携わった女性に関する情報をウィキペディアに書き込んだり、スペイン語に翻訳したりしているのだ。

「私たちは、今日、ここで歴史を書いているのです」と参加者が話している。歴史はこれまで、おもに男性によって書かれてきた。だからこそ、女性に関するものが少ないのだ。ウィキペディアでも同じ状況が続いているとすれば、誰かがそれを変える運動を始めなければ、いつまでたっても女性たちは歴史から消されたままだ。

ウィキメディア財団も前からこの問題を認識しており、「ウィキペディアにおけるジェンダーバイアス」というページも作られている。そこには、女性の編集者が少ない原因が9つ挙げられているが、その中に「自信がないこと」がある。

「もう何年も、私は自分が書いた文章が、いろんなところで使われているのを目にしました。何度も、何度も、繰り返し記事の中に使われている」「ものすごい影響力です」とスペインの書店のバックヤードでウィキペディアの編集をしている女性たちの一人は言う。たった一人の部屋でPCに向かっていたらおじけづいてできないことも、ほかの女性たちと一緒ならできる。そして、勇気を出して自分が書いた言葉がどこかで引用されているのを目にすると、「私って、けっこうすごい」と思えるようになる。この活動は、過去の女性たちの存在を世に知らしめるだけでなく、現在生きている女性たちのエンパワメントにもなっているようだ。

調べてみると、日本でも地域の発展のために貢献してきた歴史上の女性や、現在活躍中の女性に関するウィキペディアのページを編集する活動は行われている。昨年も、愛知県豊橋の大豊商店街の「みずのうえ文化センター」でウィキペディア編集講座が行われていた。自分たちが居住するコミュニティに軸足を置き、足もとの同じ場所で暮らした女性たちの歴史を掘り起こしながら、女性たちの未来を変える。これぞ半径5メートルの地べたから社会を変えるシスター「フット」運動と言っていい。スペインのウィキペディア編集運動の関係者が新聞に語った言葉を最後に引用しておこう。

「世界を変えるために自分が何をできるかを問い始めたら、それはちょっと困難で大変です。でもこれは、手の届く身近なところで、できることなのです」

ブレイディみかこプロフィール画像
ライター・コラムニストブレイディみかこ

ライター・コラムニスト。英国在住。『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)など著書多数。英国生活を描いた新エッセイ『転がる珠玉のように』(中央公論新社)が発売。

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