ブレイディみかこさんによるSPURの連載をまとめた新刊『SISTER “FOOT” EMPATHY』発売に際し、同じく本誌で連載を執筆する武田砂鉄さんがインタビュー。今目指すべき「連帯」とは。
ブレイディみかこさんによるSPURの連載をまとめた新刊『SISTER “FOOT” EMPATHY』発売に際し、同じく本誌で連載を執筆する武田砂鉄さんがインタビュー。今目指すべき「連帯」とは。

SNSではなく、足もとで生きたコミュニティを目指す
武田砂鉄(以下、武田) 書籍のタイトル『SISTER “FOOT” EMPATHY』は連載と同じですが、この言葉は編集者からの提案だそうですね。
ブレイディみかこ(以下、ブレイディ) 自分がこれまで書いてきたことの「全部のせ」という感じで笑ってしまいましたが、「足もと」という意識を改めて考えました。
武田 先日、日本の新聞で、イギリスで日本文学が流行っているとの記事を読みました。しかも、それらが「comfort novels(快適な小説)」と呼ばれ、いわゆる「ほっこり」系の小説だと。イギリス人と「ほっこり」は似合わない気がしたんです。
ブレイディ 近年はSNSで分断や対立が進み、逆に政治的でないもの、その匂いがしないものへの需要がある気がします。とりわけメンタルヘルスの問題を抱えている若者が多く、猫と自転車とカフェなど、自分の身の回りだけを大切に描く世界観が入り込みやすくなっていますね。
武田 今回の本では「シスターフッド」という言葉の届き方について悩みつつ考察されています。その言葉が政治的に使われすぎると分断と対立が生まれるし、かといって、非・政治的に使われると「明日からもみんなで一緒に頑張ろうよ」というメッセージだけになってしまうと。
ブレイディ シスターフッドという言葉が飛び交うようになったのは素晴らしいことです。でも、なかなかつながれずに、やがて、先鋭化していく。ここをどう捉えればいいのか。
今回の本の冒頭で1975年にアイスランドで起きた「ウィメンズ・ストライキ」の話を書きました。なんと90%の女性が、ある日、勤労を止め、家事や育児を放棄し、ストライキを敢行した。その日から女性たちのつながりが強まり、あちこちで話し合う光景が広がった。スローガンがクリティカルになりすぎていがみ合ってしまう現在から、いったい、そのときの結託はどういうものだったのか、考えてみたかったのです。
武田 連帯が小さく分かれてとがっていく問題についても書かれています。とがった部分での主張はそれぞれ真っ当であっても、とがっているもの同士が肩を組めない。これは日本でもよく見る光景になっています。「とがり」を確認して、「これはどうやら言及するのはやめておいたほうがよさそうだ」と感じてしまう。どうしたらいいのでしょう。
ブレイディ 日本に関して言えば、女性の基本的な権利獲得が遅れたままです。その当たり前を獲得するところから始めないといけません。私の息子は大学生になりましたが、同級生には女性が多いですし、彼女たちのほうが成績がいい。女性の可能性が以前より明らかに広がっている。日本にはまだその広がりが見えません。感情的ではなく、戦略的に手をつなごうとよく聞くけれど、人間には感情があります。生理のときに生理用品がなかったら困るよねと、そういうところから、手をつなぎ直していけるのでないかと。
武田 公共トイレに生理用品を常備してほしい、と提言した女性議員がSNSで叩かれる日本では、「フェミニズムの考えなんて絶対に頭に入れないぞ」と心に誓うようなマッチョな人たちが、先鋭化していく後ろ姿を見て、「お前たち、揉めているらしいじゃん」と挑発する。そんな嫌な状況があります。うれしそうにハンマーを振りかざしてくる。
ブレイディ SNSではなく、生きたコミュニティをどうすれば足もとでつくれるのか。先のアイスランドの事例のように、草の根コミュニティをいかにつくれるか。それは政治的なコミュニティだけではなく、趣味の集まりでもいいし、近所の公民館でコーヒーを飲むだけでもいい。アイスランドでは、そういった小さなつながりの結果としての「9割参加」だったようなのです。
武田 ブレイディさんがインタビューを受けると、「日本は『助けて』が言えない社会」だとよく言われるそうですね。でも、「助けて」じゃなくて、その前の「苦しい」が言えない社会ではないかと書いています。どうして「苦しい」が言い出せないのでしょう。
ブレイディ サードプレイスの不足もあるのでしょうか。イギリスにはパブがあって、家庭でも職場でもない場所で、知り合いでもない人と語り合います。日本の若い女性たちと話していると、彼女たちはとにかく強いプレッシャーを感じています。「あれやこれをこの時期までにちゃんとやっておかないと将来大変なことになるよ」と押しつけられている。私の役割って、「いやいや、そんなことないよ!」って言うことなんです。
武田 モヤモヤするものの、それがいくらたまっても、怒りに変えずに背負ってしまう。どうして変えられないのでしょうか。
ブレイディ 私は大人のせいだと思っています。個人で問題を処理することばかり強調し、足もとで相互扶助の土壌を作ってこなかった。声を上げるためには、相互扶助と個人の意志の両方が必要でしょう。

英国在住のライター・コラムニスト。著書に『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』『アナキズム・イン・ザ・UK』『労働者階級の反乱』『女たちのポリティクス』『地べたから考える——世界はそこだけじゃないから』など。
『SISTER “FOOT” EMPATHY』

ブレイディみかこ著 集英社/1,760円
2022年から連載中のコラムをまとめ加筆。「シスターフッド」の本来の意味である「女性同士のつながり」と、近年強調されるポリティカルな意味合い、二つをつなぐことを念頭に置き、その時々の社会情勢を盛り込みながら書かれた珠玉のエッセイ集。6月26日発売。