野球の夏と、南三陸の思い出

 甲子園球場の熱戦に日々涙しつつ、夏を過ごすのが毎年の恒例になっています。しかし、今年ばかりはその景色もちょっと違って見えました。それは、先日、NPO法人「ハンズオン東京」が主催している「~希望の光~ TOHOKU Ray of Hope project」を取材したため。

 このプロジェクトは、宮城県・気仙沼市と南三陸町に住む中学生の野球チームを東京に招き、34日でさまざまな体験をしてもらおう、というもの。実は、東日本大震災から5年以上の月日が経ってもなお、災害公営住宅への入居や高台移転はほとんど実現しておらず、宮城県・気仙沼市と南三陸町にある中学校、全14校のうち、11校の校庭には今も仮設住宅が建っています。未来の甲子園球児たちが、思うように練習できない日々を過ごしていることから、東京で思いっきり練習できるようにと、今回のプロジェクトはスタートしました。

 プロジェクトの初日は、アメリカ大使館宿舎を訪問。キャロライン・ケネディ駐日米国大使からの激励の言葉の後、米海兵隊によるエクササイズレッスンとヤクルトスワローズ元投手の川崎憲次郎氏による野球の指導。2日目には、大リーグでも活躍した高橋尚成元投手のレッスンの後、気仙沼市&南三陸町の野球チームと東京都・港区の野球チームの交流試合。3日目には、ボランティア活動や東京ドームでのプロ野球観戦、震災体験を港区のチームと一緒に語り合う会も設けられました。そして最終日には、2回目の交流試合と本当に盛りだくさんだった34日。

 この34日を取材して私が心に残ったのは、人と人とのつながりが何よりも大事だと改めて気づかされたこと。それは、川崎選手や高橋選手が教える際に、「キャッチボールは必ず相手がいるものだから、相手のことを考えて投げよう」と口を揃えていたことや、ハンズオン東京の川口基子事務局長が「今回のビッグプロジェクトが実現したのも、個人と個人の縁をひとつずつ繋いでいくことで大きく育てられたから」と語っていたため。私自身もこのプロジェクトの取材をする機会を得たのは、人との縁があったおかげです。

 その縁とは、昨年、TAE ASHIDAのデザイナー、芦田多恵さんとともに南三陸に行ったこと。芦田さんが手がける東日本大震災の復興支援プロジェクト「ミナ・タン チャーム」の取材だったのですが、この時に芦田さんと一緒に「ミナ・タン チャーム」プロジェクトを行っている「MSR smile project」の野崎佳世さんに出会い、野崎さんが今回のプロジェクトにも参加されていることから取材をすることが叶いました。

 野球少年たちの真摯な思いに触れ、人とのつながりがすべての基本だという初心に立ち返れた、ひと夏の思い出です。

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エディターMORITA

物心がついた時からパンツ派。今、一番興味があるのは、どうやったら居心地のよい部屋で暮らせるのか。美容、アート担当です。

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