スケートファンを歓喜させた髙橋大輔の現役復帰。2018-'19シーズンが本格的にスタートする前に、彼が「究極の決意」に至るまでに思いを馳せたい。2014年に一度競技を離れることで得たものとは? 2017年3月号のインタビューで振り返ってみよう。
※この記事はSPUR2017年3月号に掲載したものです。
ファッションも好きだという髙橋。取材時には青いニット姿で登場。2017年1月号の別冊を手に取り、「星占い大好きなんです」という意外な一面も垣間見せた
現役引退後に語る無限大の可能性
フィギュアスケーター・髙橋大輔は昨年30歳を迎え、幅広いジャンルで脚光を浴びている。国内外で開かれるアイスショーには欠かせない存在。ニュース番組でキャスターに就任し、リオ五輪では現地でアスリートを取材する機会を得た。さらに、氷上ではない舞台でのダンスショー『LOVE ON THE FLOOR』への挑戦も記憶に新しい。髙橋はそれを緊張と学びの日々と話す。
「2014年に現役を引退して、翌年はニューヨークへ語学留学しました。帰国してからは、初めて社会に出た新入社員のような気分。自分はスケート以外に何ができるのかもわからず、何でもやってみたいという気持ちもあります。やってみて向いているか否かは、今は自分だけじゃなくて、人が判断してくれることもあるとわかったし」
そして2016年に発表されたのが、歌舞伎とフィギュアスケートを融合したエンターテインメント『氷艶 hyoen2017―破沙羅―』の主演を髙橋が務めるというニュース。歌舞伎俳優の市川染五郎が演出・出演し、氷上で善と悪、歌舞伎俳優とフィギュアスケーターが相まみえるという唯一無二の舞台だ。
「歌舞伎は日本の伝統芸能で静的に演じる側面が多く、フィギュアスケートは西洋をルーツとしていて、動的な動きが主。根本的には違うんですが、実はフィギュアスケートって決まった型がないぶん、ほかの表現から写し取ることもできて、何でもありだと思っているんです。歌舞伎の動きや間を理解すれば、ふたつの融合はクリアできる気がしています」
『氷艶』に参加することは、これまでと異なった表現のなかに身を置くことになると髙橋は想像する。
「従来のアイスショーでは、ひとりひとりのスケーターが各自の演目を滑りますが、今回は勧善懲悪の物語があり、それぞれがキャラクターを演じる点が大きく違います。台詞こそありませんが、動きや表情、スケーティングで演技をするのって初めてですね。これまで、曲の雰囲気を自分なりにつかむことはできていましたが、役になりきるということは、僕がいちばん苦手としている部分かもしれない。ここはやってみないとわからないし、勉強になりそうだと感じています」
今回演じるのは、善を象徴する存在である源義経。情熱的なスケーティングで知られる髙橋は、どんなヒーロー像を思い描いているのだろう。
「自分はアカレンジャーじゃなくて、キレンジャーがいいというタイプ。僕自身はネガティブなので(笑)、脇役のほうがしっくりくるんですよね。でも、ヒーローというからにはポジティブに演じ切りたいと思っています」
自身の未来を穏やかに語る一方、フィギュアスケート競技の現在について尋ねると、その表情は一転する。
「国際的な競技大会を見ていると、かなりレベルが高く、すごい時代が来たなと感じています。ここで生き残っていくのは、並大抵のことではない。20歳そこそこの選手たちがすぐに追われる立場になり、ベテランになる。特に女子がポジションを維持していくのは非常に厳しい時代ですね」
選手生活を終え、セカンドキャリアの道筋について、自身も模索中である髙橋。今ではその背中を、たくさんの選手たちが憧れ、追ってきている。日本の男子フィギュアスケーターのパイオニアとして、挑戦の日々はまだ続く。
「いつか、著名な劇団や宝塚のように、誰かが出演するからではなくて、この演目を鑑賞したいと思わせるアイスショーがあったらいいなと考えることがあるんです。そういう場ができることで、選手はもちろんのこと、競技には出られないけれどエンターテイナーとして表現を見せられる人に、いろいろな選択肢を用意できる。そんなに簡単な話ではないけれど、結果としてそんな場を作ることに、関われたらと思ってます」
PROFILE たかはし だいすけ●フィギュアスケーター。2010年バンクーバー五輪で日本男子初の銅メダルを獲得し、スケート界を牽引した第一人者。 2014年10月に一度現役引退を発表。国内外のアイスショーで活動、2016年の「ラブ・オン・ザ・フロア」にはダンサーとして出演するなど活動の幅を広げていたが、「“やり切った”と思える演技をしたい」という決意のもと、2018年7月1日に現役復帰を発表。
SOURCE:SPUR 2017年3月号「SPUR Finds…」
interview & text:Michino Ogura photography:Sunao Noto