古いものと新しいもの、世界各国の趣向と英国らしさを情熱的に組み合わせ、部屋にありったけの色と模様を詰め込む――。英国を代表するインテリア・デザイナーたちは今、この国ならではの奇抜さを前人未踏のレベルまで極めようとしている
ミニマリストたちが抱える衝動というのは、じつは人間の頭脳の知的で複雑な働きと密接に結びついている。建築家は整然とした住空間のパラダイスをつくり出すために寸分違わぬ片持ち梁(註:梁の一端だけを固定して空間を大きくとる構造)の建物をいくつも設計し、室内装飾家は一脚のモダニズムの椅子の存在感が薄れるのを恐れて、リビングルームにサイドテーブルを置かない決断を下す。

「サー・ジョン・ソーン博物館」(19世紀の建築家ソーンの自宅だった建物)に、ロンドンを拠点とし、マキシマリストの美意識を体現するデザイナーたちが集まった
(左から)フラン・ヒックマン、マーティン・ブルドゥニズキ、ベアタ・ホイマン、リタ・コーニグ、ルーク・エドワード・ホール、そしてリファット・オズベック PORTRAIT SHOT ON LOCATION AT SIR JOHN SOANE’S MUSEUM. PHOTO ASSISTANTS: JOSHUA PAYNE AND JUAN PATINO
徹底して無駄を排除するそうした厳密さは、メイフェアにあるロンドン会員制クラブ「ファイブ・ハートフォード・ストリート」ではお目にかかることはない。ここでは、工業用のペンダント型の照明や、外を眺められるようカーテンをつけない巨大な窓の下、メープル材のディナーテーブルでアルコール抜きのきまじめな晩餐会が催されたりはしない。
代わりに、ピエール・フレイのファブリックで彩られた壁や天井に囲まれた屋根裏部屋に潜り込んで、羽毛がいっぱい詰まったソファの上に置かれた青緑色や深紅のクッションに身を沈めよう。周囲の情景は、鮮やかな赤色をしたアンティークのムラーノ・ガラスのランプから漏れる光でかすかに照らされている。そうしてジンフィズをひとくち飲み、刺繡が施されたシューマッハ社製のリネンのカバーがかけられた、ベッドほどもある大きなオットマンの上にグラスを置くのだ。
リファット・オズベック

リファット・オズベックが手がけた、メイフェアにある会員制クラブ「ファイブ・ハートフォード・ストリート」の屋根裏部屋。ピエール・フレイのファブリックで飾られた壁と天井、刺繡が施されたシューマッハ社製のリネンで覆われたオットマン。ロビン・バーリーのプライベート・コレクションの羽毛のカーペットを模した敷物 RICARDO LABOUGLE, COURTESY OF RIFAT OZBEK.
かつてファッションデザイナーだったリファット・オズベックが、過剰なまでに歓喜に満ちたバロック式の寺院をイメージしてつくりあげたこの「ファイブ・ハートフォード・ストリート」は、ロンドンを拠点とする新進気鋭のデザイナーたちの美意識を体現している。デザイナーたちの多くは英国生まれではない(65歳のオズベックはトルコ出身だ。とはいえ、彼は1969年からずっとロンドンに住んでいるのだが)。規律正しく、時には厳格で冷たい感じさえするミニマリズム思想の影響は、現代のインテリアのあちこちに見てとれる。そうしたミニマリズムに抗って、彼らは英国のマキシマリストの伝統─華麗さや移り気、自信に満ちたエキセントリックさを自分たちなりに表現している。
そんな彼らのデザインは、頭脳で思考するという段階をはるかに飛び越えてしまっているように見える。中世の英国の栄華の香りが残るコッツウォルズの平野と、プラティーハーラ王朝が栄え贅を極めたラージプート時代のインドと、20世紀の奇抜なデザイナーでありアーティストのトニー・デュケットが所有していた、ユーカリの木が生い茂るビバリーヒルズの敷地と――。これら時代も空間も飛び越えたさまざまな場所を、心の赴くままゆったりと列車に乗って走り抜けるような、そんな感覚なのだ。
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6人のデザイナーの着想源となったインテリアから。
19世紀に建てられたルートヴィッヒ2世のリンダーホフ城のステンドグラス NICHOLAS BRUANT / THE INTERIOR ARCHIVE
彼らは時に東方趣味のファンタジーや植民地主義に正面から向き合い、時にはそれを回避しながら果敢に模様や色を混ぜ合わせ、幾重にも重ね、過去の記憶に浸って快感を味わい尽くそうとする。それゆえに、この秘密めいたデザイナーの一派が手がけるいかにも英国らしい作品には、一風変わった楽観主義が宿っている。一方、彼らが次々に手がける邸宅やホテル、ロンドンに続々と増えつつある会員制クラブは、その意図に反して、むしろモダンに見える。たとえば、ベアタ・ホイマンがケーキショップをイメージしてデザインした天井の装飾は、今やロンドンじゅうの住宅で使われている。
あるいは、メイフェアにある会員制チェスクラブのゲームルームのシルク張りの壁板に、フラン・ヒックマンが特注で描いた熱帯の夜の風景や、ジャン・コクトーの絵皿のおちゃめなオマージュを思わせるルーク・エドワード・ホールの食器。最近マーティン・ブルドゥニズキがロココ風に改装した、かつて60年代を象徴するディスコ兼サパークラブだったメイフェアの「アナベルズ」も必見だ。その奇抜で幸福感を強調したインテリアは、退屈な時代への強烈な批判となっている。
フラン・ヒックマン
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フラン・ヒックマンがデザインしたチェスクラブの会員制バー。ソファには英国の高級服地ブランド「ホーランド&シェリー」のベルベットの布地が貼られている。日本の伝統的な屛風からヒントを得て、手描きの絵をシルクの上にデジタルプリントしたパネルを壁にあしらった PHOTO BY ANNABEL ELSTON, COURTESY OF FRAN HICKMAN
彼らの手がける部屋の中には、帝国時代の面影がいまだに根強く残っている。そのように歴史のすべてを包括した桃源郷を表現しようとするあまり、植民地主義の弊害は吟味されないままだ。ウェスト・ロンドンにあるアパートで、インド更紗を現代風にアレンジした装飾のワークショップを開いている45歳のリタ・コーニグは言う。「私たち英国人って、人からちょっとおかしいと思われようとまったく気にしないんですよ」(その他の作品もチェック)
SOURCE:「The Bonkers Aesthetic」By T JAPAN New York Times Style Magazine BY NANCY HASS, PORTRAIT BY DANIEL STIER, TRANSLATED BY MIHO NAGANO APRIL 02, 2019
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