世界で勝負できる日本ワインを岡山で。“ヴィニュロン”大岡弘武が描く夢

フランスで自然派ワインの造り手として世界に認められた日本人がいる。20年暮らしたローヌを離れ、岡山で新たにワイン造りを始めた理由とは


 岡山空港にほど近い岡山市・富吉地区の醸造所の前で、身長180cmのがっしりした身体に、人懐っこい笑顔を浮かべて大岡弘武は立っていた。名刺の肩書は「ヴィニュロン」。フランス語で「ぶどう栽培から醸造まで手がけるワイン醸造家」のことだ。

画像: 醸造所「ラ・グランド・コリーヌ・ジャポン」の前に立つ大岡弘武。1974年生まれの44歳

醸造所「ラ・グランド・コリーヌ・ジャポン」の前に立つ大岡弘武。1974年生まれの44歳

「ル・カノン」というワインをご存じだろうか。十数年前に飲んだそれは、馥郁(ふくいく)としてすがすがしい味だった。このワインの造り手が大岡である。当時、フランスで自然派ワインを造っている日本人が現地でも高い評価を受けていると評判だった。

 大岡は大学時代に初めて訪れたフランスでボルドーワインに魅せられた。卒業式を待たずに1997年にボルドーへ渡り、同年9月、ボルドー大学醸造学部に入学。醸造栽培上級技術者(BTS)の国家資格を取得すると、すぐに大手ワインメーカー・ギガル社の栽培責任者の職を得る。実務経験のない日本人としては異例の抜擢といえるだろう。2003年からはコート・デュ・ローヌの自然派ワインの旗手、ティエリー・アルマンに師事し、彼のワイナリーの栽培長を任されるまでになった。

 やがて自分の畑を持ち、醸造所を構え、大岡スタイルを確立した。妻の年百美(ともみ)さんが「やっと苦労が報われる」と思った矢先、大岡は日本帰国を決めた。「フランスでのワイン造りに、やりきった感がありました。完成してしまうとつまらない。自分は常に何かに挑戦していたいんです」。2016年11月に帰国すると、岡山でいちからワイン造りを始めた。「フランスにいたときから日本の気候と地形はネットなどで研究していました。私は東京出身で岡山に縁はなかったのですが、温暖な気候で晴天率が高く、特にこの地域は水はけのよい花崗岩土壌でぶどう栽培に適しています。しかも、食用ぶどうの歴史はありますが、ワイン造りがまだ行われていなかった。挑戦のしがいがあります(笑)」

画像: 2018年にリリースされた「ル・カノン・ミュスカ・ダレクサンドリー」。フランスの大岡のワイナリーで研修した松井一智が有機栽培している、古木のマスカット・オブ・アレキサンドリアで造ったワインだ

2018年にリリースされた「ル・カノン・ミュスカ・ダレクサンドリー」。フランスの大岡のワイナリーで研修した松井一智が有機栽培している、古木のマスカット・オブ・アレキサンドリアで造ったワインだ

画像: 津高地区の数カ所に2ヘクタールほどの自家畑を持つ

津高地区の数カ所に2ヘクタールほどの自家畑を持つ

 大岡のワイン造りは独特だ。ぶどう栽培はビオロジック。除草剤や化学肥料を使わず、雑草は育ち放題。酵母も砂糖も加えない自然発酵で、酸化防止剤をまったく使用しない。とにかく、ぶどうだけでワインを造るのだ。拠点に選んだのは、130年前にマスカット・オブ・アレキサンドリアの温室栽培が始まった津高地区だ。近年は、栽培に手間がかからず、高く売れるシャインマスカットに押されて耕作放棄地が増え、過疎化も進んでいる。

「高齢化で10年後には8割の農家さんがやめてしまうでしょう。でも、せっかくの名産なんですから、アレキサンドリアでワインを造ればいい。食用のぶどうは手をかけて粒を大きくしなければならないが、ワイン用は肥料も水もやらず、いじめることで凝縮した味になる。手間をかけずに育てればいいんです。ぶどう栽培のポテンシャルがあるこの土地を、私は新しいワイン産地にしようと考えています。10人ほどのヴィニュロンがいれば産地になる。すでに3人が手を挙げています」(初期費用はいくらかかる?)

SOURCE:「A vigneron’s AmbitionBy T JAPAN New York Times Style Magazine:JAPAN BY MIKA KITAMURA, PHOTOGRAPHS BY MASAHIRO GODA MAY 10, 2019

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