2019.08.17

対極の要素が共存する「ディオール」キム・ジョーンズの世界

マスキュリンかフェミニンか、ストリートかクチュールか。ディオールのメンズ アーティスティック ディレクター、キム・ジョーンズは、相反する要素のあいだに漂うものを表現する


 ディオールのメンズ アーティスティック ディレクター、キム・ジョーンズ。もうすぐ40歳になるイギリス人の彼は、フランスびいきとは言えず、あくまでもロンドンが生活拠点だと考えている。ノッティングヒルにそびえ立つ、無機質なブルータリズム(註:50年代に現れた打ち放しのコンクリートなどが特徴の建築様式)の建物が彼の住まいだ。

だがここ5年間は、パリに来るたび、17世紀の面影を美しく残す邸宅に滞在している。邸宅の前には品格漂うヴィクトワール広場が広がり、少し歩けばルーヴル美術館や、丁寧に刈り込まれた庭園が見事なパレ・ロワイヤルにたどり着く。一見この建物と「イージー デザート ラット(註:カニエ・ウエストとアディダスのコラボレーションスニーカー)」を履いた彼には何のつながりもないように思える。だが高い壁に隠れてひっそりと佇むこの建造物には、いつの時代も重要な人物が暮らしてきた。とりわけ2番目の所有者は17世紀の有名な歴史家で、太陽王ルイ14世に仕えた系図学者だったことから、この邸宅にはその人物の名前が付いている。

ディオールのアトリエの庭で、愛犬クッキーを抱えるキム・ジョーンズ。スウェットシャツのDIORのロゴは、アーティストのレイモンド・ペティボンによるもの。ペティボンとジョーンズは、「ウィンター2019-’20 コレクション」でコラボレーションをしている

 小雨がちらつく1月の午後、ジョーンズにとって3シーズン目となるショーの1週間前に彼と会うことができた。僕らは彼の家のやたらと広いライブラリーにある、アンティークの閲覧机の角に座った。卓球台4つ分はありそうな大きな机だった。そこには「Fallatrice(卑猥でふざけた造語だろう)」といった意味不明なタイトルの何冊もの本や、スティーヴ・ルーベルが立ち上げた伝説のディスコ「スタジオ54」の唯一現存するマガジンが一冊、そして「カード・アゲインスト・ヒューマニティ」というカードゲームの箱がきれいに並んでいる。頭上にきらめくのは本物のロウソクを立てたクリスタルのシャンデリアだ。穏やかな話し方をする少年のようなジョーンズは、しわっぽい黒のスウェットシャツに、履き込んだナイキのダンクを合わせている。手もとにはゴールドのロレックス デイトナ、首もとには同色のチョーカーが光る。

チョーカーは最近東京でショーをした際、ファンから匿名で贈られたもの。彼のフルネームを刻んだヘッド部分にダイヤモンドやエメラルドがちりばめられている。「贈り主がわからないんだけど」とつぶやく彼は、このファンを探してお礼が言いたいそうだが、思いがけない幸運が舞い込んだこと自体にはさほど驚いていない様子だった。

 昨年ディオールに移籍するまで、ジョーンズは7年間ルイ・ヴィトンのメンズ アーティスティック ディレクターを務めていた。彼の着任前、ルイ・ヴィトンのメンズはスーツケースやベルト、モノグラムの財布のほか多少何かしらが売れれば本望という感じだったが、ジョーンズがこれを刷新した。彼はこの一流ブランドの伝統に“ラグジュアリーなストリートスタイル”への深い造詣と長年の愛情を注ぎ込み、スポーツテック(スポーツ×テクノロジー)素材の服やボリュームスニーカー、オーバーサイズのグラフィックT、シックなトラックスーツ、さらにクロコダイルのリュックやカシミヤのベースボールトップスなどを生み出した。

一方、ディオールのメンズは、2000年代初期にエディ・スリマンの「ブラック・スキニー スーツ」で旋風を起こして以来、メンズモード界を牽引してきたが、そのスタイルはマンネリ化しつつあった。そんな状況下でジョーンズが引き抜かれたのは、当然“現状打破”のためだった。彼がLVMHの会長ベルナール・アルノーと、「クリスチャン ディオール クチュール」の会長兼CEOピエトロ・ベッカリと話したとき、アルノーは“色と楽しさ”の大切さを特に強調したという。

 そして昨年6月、ジョーンズはデビューショーとなる「サマー 2019 コレクション」を披露した。創業者ムッシュ ディオールのアバターとして会場中央に設けたのは、高さ10メートルの花のオブジェ。その周囲を闊歩するモデルたちは、ボタニカル柄のアイテムや、ゆったりしたパンツを合わせたパウダーピンクのスーツをまとっていた。張りのあるテーラードジャケットに用いたプリントは、ムッシュ ディオールが1955年に構えたブティックの壁紙と同じトワル・ドゥ・ジュイ(註:主に二色使いのフランス伝統の柄)だという。このショーを見れば、アルノーが伝えたキーワードをジョーンズがきちんと念頭に置いていたのがわかるだろう。

 英『システム・マガジン』に掲載された最近のインタビューでも彼は言っている。「結局のところ僕は、誰かのために仕事をしている人間だからね」と。ジョーンズはつまり、「ずば抜けた才能と、刻々と変わる企業の要求にも応える気概」を兼ね備えた新世代のデザイナーなのだ。伝統と革新、ニッチとポップ、東と西、アングロサクソンとヨーロッパ、個人と組織――“相反する要素”を巧みに織り交ぜる稀代のヒットメーカーと呼べる彼だが、今こうしてメンズモード界の頂点にいるのは、約15年の間さまざまなブランドで献身的に“職務”に取り組んできたからなのだ。同じ立場にいる周囲のデザイナーとは違って、彼は自身のブランドを苦労してまで展開したいとは思っていない。(続きを読む) 

レイモンド・ペティボンとのコラボレーションピースを着たモデル。「ウィンター 2019-'20 コレクション」を目前に、プレスやバイヤー向けの写真を撮影 

SOURCE:「High and Low, and Both and Neither」By T JAPAN New York Times Style Magazine:JAPAN BY THOMAS CHATTERTON WILLIAMS, PHOTOGRAPHS BY NIGEL SHAFRAN, TRANSLATED BY JUNKO HIGASHINO JUNE 18, 2019

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