新刊『星に仄めかされて』―― この物語はどこから来てどこへ向かうのか。言葉を紡ぎ描く世界が不思議と近い未来を予見する、作家、多和田 葉子にインタビュー
ベルリンを拠点とし、ドイツ語と日本語で創作を行う多和田 葉子。2018年は『献灯使』が全米図書賞を受賞、昨年はノーベル文学賞予想に名前があがるなど、世界で注目を集めている作家の一人だ。近年は、未来の世界を先読みするようなストーリーで読者をドキリとさせている彼女に、この春上梓した『星に仄めかされて』や、世界を襲ったコロナ禍について話を聞いた。
『星に仄めかされて』は、2年前に出版された『地球にちりばめられて』の第二部にあたる長編小説だ。第一部の『地球にちりばめられて』は、北欧留学中に母国の島国が消滅したと伝えられたHirukoが、久しぶりに母語を話したいと欧州にいる日本人を探す旅に、言語学を学ぶ大学院生クヌートが加わるところから始まる。
「これまで旅をする人や閉じ込められている人を書いてきて、それとは正反対の、たとえばゴンチャロフの小説の主人公オブローモフやハムレットのような、とても怠慢な人を書きたいと思ったのが、この物語を立ち上げるきっかけの一つでした。デンマーク王子ハムレットはすべきことがあるのに何もできないでグダグダしている。そのイメージがクヌートに重なりました」
ところが冒頭でソファに寝そべっていた彼は、Hirukoの話す“パンスカ”という自作の言語に触発され、ともに旅を始めるのだ。その途中でアカッシュやナヌークと出会い、フランスのアルルに日本人と思われるSusanooがいることを突きとめ会いに行く。しかし彼は言葉を発せられなくなっていた、というのが第一部だ。
コペンハーゲンに住むデンマーク人のクヌート、今はオーデンセにいるHiruko、ドイツのトリアー在住のインド人アカッシュやドイツ人のノラ、欧州内をあちこち移住するエスキモーのナヌーク。国や人種や民族、言語もジェンダーも超えて生きる彼らの物語は、多様化した社会で価値観をすり合わせながら共生する近未来の世界を予感させた。出版のタイミングが、移民の問題やイギリスのEU離脱でヨーロッパが揺れていた時期と重なり、彼らがこれからどうなっていくのかが気になっていた。そして偶然にもこのコロナ禍の時期に、第二部が発売となった。
『星に仄めかされて』では冒頭、Susanooがコペンハーゲンの病院に勤めるスウェーデン人医師ベルマーの元へ、失語症の治療にやってくる。Hirukoやクヌート、ナヌークたちもみんな異なる旅路を経てSusanooの見舞いに訪れ、その病院で働くムンンが冒頭と最後で語り手を務めるのだ。
「第一部は同じ年頃の登場人物たちによる横の関係が主でしたが、『星に仄めかされて』では一つの社会構造、つまり上下関係や階級のあるところに彼らを送り込みました。それが病院です。一番上には医師のベルマー、下には地下で皿洗いの仕事をしているムンンたちがいる。しかし障碍者であるムンンにはちゃんと政府の相談人がついて彼をサポートしている。そういういかにもデンマーク的シチュエーションで、病院をデンマーク社会に例えています。社会組織から自由なはずのナヌークたちも一瞬病院という枠組みに入ってきます」
ベルマーはSusanooの症状に興味を持ち、研究のために彼をしばらく病院に滞在させることにする。独善的なベルマーや、何かに抑圧されて話すことができなくなったSusanooは、クヌートたちのゆるくつながる横の世界を縦に置き換える異質な存在だ。初めはHirukoの懸命な日本語での語りかけには応じなかったSusanoo。だが、一人ひとりの記憶の鍵を開けて心の闇を引き出し、人を操る権力者のように振る舞い始める――
「Susanooは日本における一つの典型的な人物で、母親へのネガティブな思い、社会への憎しみや鬱憤が積もり、欧州に来ても抑圧されたままです。それはいつか爆発して独裁者としてのパワーを獲得する危険性を孕むもの。このことは日本神話に出てくる素戔嗚尊(すさのおのみこと)に通じるものがあります。というのも、彼はお姉さんの天照大神(あまてらすおおみかみ)とは対照的に、とても暴力的なダメ男。特に女性に対する暴力が酷いんです。でもなぜか突然、八岐大蛇(やまたのおろち)を退治して日本の国を救った英雄のように扱われている。彼の本性には憎しみが潜んでいるのに、それが爆発して表に出てきたら、どんな統治者になるんだろう。そんな疑問を感じています」(続きを読む)
SOURCE:「Interview with Yoko Tawada」By T JAPAN New York Times Style Magazine:JAPAN BY AKANE WATANUKI, PHOTOGRAPHS BY ELENA GIANNOULIS JUNE 08, 2020
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