いつのまにか私たちは、戦争を「目を背けたい恐ろしい過去」「自分たちとは関係のないこと」「やむを得ないこと」という安易な認識で捉えてしまってはいないだろうか? 戦争体験者だからこそ、あるいは戦後生まれであっても、その本質に真摯に対峙して作品を創り出している作家、アーティストの姿勢とその作品から、かけがえのない平和を守るために思考し、行動する力をもらおう。
※この記事はSPUR本誌2015年9月号にて掲載された同名特集を転載しています。
©深堀瑞穂
PROFILE
たにかわ しゅんたろう
●1931年東京都生まれ。’52年、詩集『二十億光年の孤独』でデビュー。以降、翻訳、絵本、作詞、脚本など、幅広いジャンルで活躍。近著に詩集『あたしとあなた』(ナナロク社)、絵本『せんそうしない』(江頭路子絵/講談社)など。
戦争はなくならない――まずはその現実認識から出発する必要があると思う
詩人 谷川俊太郎さん
「僕にとっての戦争体験といえば、1945年5月25日の東京大空襲ですね」
終戦の年の3月から5月にかけて行われた米軍による大規模空襲。大量の焼夷弾が下町を中心に落とされ、東京は焦土と化した。死者は10万人以上。当時14歳だった谷川少年も空襲警報のサイレンとともに庭に掘られた防空壕に避難した。
「阿佐谷のわが家の周辺には焼夷弾は落ちずに助かりましたけれど、このときは環状7号線付近まで焼けたんです。翌日、友達と自転車で高円寺あたりまで様子を見に行ったら焼死体がごろごろ転がっている。焦げてカツオブシみたいになっているのもありました。その光景はずっと記憶に残っています」
とはいえ、「当時はまだ子どもで、怖いという感覚はなかった」と言う。
「焼夷弾のカケラを拾って信管をぶつけてバーンって爆発させたりしてね。おもしろくて仕方ない。事態の深刻さはあまり感じていませんでした」
父親は哲学者・谷川徹三氏。戦争には反対の立場で、「戦時中は特高(反政府的な人間を取り締まる政治警察)の暗殺リストに入っていた」というから驚きだ。
「家にはよく偉い人たちが来て相談していました。あるとき新聞に首相の東条英機の写真が出ていて、人気とりのために子どもたちの頭をなでていた。それを見て父が『こんなことをやるようになったらおしまいだ』と苦々しく言っていたのを覚えています。だから父が戦争反対なのは薄々感じていたけれど、子どもの僕は学校に行けば軍事教練があるし、戦闘機を見ればカッコいいなと思った。少年航空兵になるのが当時の夢でした」
唯一、つらかった思い出があるとすれば、「食べ物がなくておなかがすいたこと」だった。
「母が着物を持って遠くのお百姓さんのところまで行って、お芋と交換してきたりして。そういう苦労は見てましたが、僕の場合、誰も身近な人が亡くなっていないんですね。これは本当に運がよかった。戦後もむしろアメリカのものがたくさん入ってきてうれしかったですね。ジープなんか本当に素敵でね。父親が闇市で買ってきたハーシーズのチョコレートもおいしかった。腹ぺこだから、おいしいものがあるって言われたら、そっちに行っちゃう。みんなそうでしたよ」
戦争の衝動は人間の意識下に根ざしたところにあるんだと思う
遠いところから眺めていた戦争。その痛ましさを肌で感じるようになったのは、20歳の頃。朝鮮戦争がきっかけだった。
「自分と同世代の兵士が亡くなっていくわけです。それを報道で見たりして、戦時中だったら自分も徴兵されて戦地に行っていたかもしれないと考えるようになりました。反戦の詩を書くようになったのもベトナム戦争の頃からでした」
戦争、平和、そして命の尊さ――決して声高に叫ぶわけではないけれど、透徹したまなざしで世界を見据える谷川さんの作品の数々。そして詩の深い奥行きとは裏腹に、その種がいつも私たちの日常から発芽していることを教えてくれる。たとえば『戦争と平和』では、夫婦の会話の中に忍び寄る暗い影を映し出す。
「僕は戦争の原因は個人の中にあると思っているんですね。それが組織の中でいろんな人の欲望と結びつき、戦争へとつながっていくんじゃないかと。その衝動は人間の理性や知性ではコントロールできない意識下に根ざしているものだと思う。だから僕はあるときから戦争はなくならないんだなと思うようになりました」
それは平和を諦めるということではない。「戦争はなくならない」とは谷川さん流の不戦の決意でもあるのだ。
「まずは『戦争はなくならない』という現実認識から出発しなくてはならないということです。そのうえで何ができるか。たとえば今の時代、ただ『戦争反対!』と安易な言葉で叫んでも言葉に力がないと思うんですね。切実さがない。だから平和や戦争についてもう少し深めて自分なりのレトリックを考えていきたい。僕は『言葉は無力だ』という現実認識がまずあって、そのうえで詩を書いていますが、それと同じです」
(上・左下)谷川さんと編者の共同編集による反戦詩集。 石垣りん、茨木のり子など全41編を収録。谷川さんの作品は書き下ろしの『戦争と平和』『願い』など、16作品が収められている
(右下)代表詩を厳選したアンソロジー。 『死んだ男の残したものは』は、ベトナム戦争の最中に作られた反戦歌。故・武満徹が曲をつけ、多くの歌手に歌い継がれている。詩選集2・3も発売。
SOURCE:SPUR 2015年9月号「6人が向き合った、『戦争』」
interview & text:Hiromi Sato