6人が向き合った、「戦争」ーー戦後75年の今、あの時代を知らない私たちが考えるべきこと vol.3

いつのまにか私たちは、戦争を「目を背けたい恐ろしい過去」「自分たちとは関係のないこと」「やむを得ないこと」という安易な認識で捉えてしまってはいないだろうか? 戦争体験者だからこそ、あるいは戦後生まれであっても、その本質に真摯に対峙して作品を創り出している作家、アーティストの姿勢とその作品から、かけがえのない平和を守るために思考し、行動する力をもらおう。

※この記事はSPUR本誌2015年9月号にて掲載された同名特集を転載しています。

PROFILE
くろだ せいたろう
●1939年大阪府生まれ。’69年、アートディレクターの長友啓典と共同で、デザイン会社・K2を設立。2005年、芸術を通して命の大切さを表現する「ピカドンプロジェクト」を始動。『戦争童話集』の絵本化、映像化も手がけた。

 

8月15日に終わった戦争。でも本当にしんどいことはそこから始まった

イラストレーター/グラフィックデザイナー 黒田征太郎さん

 野坂昭如さん原作の『戦争童話集』を絵本にしたり、「ピカドンプロジェクト」を立ち上げライブペインティングなどのイベントを開催したりと、平和に関わる活動を精力的に展開している黒田さん。
「僕の名前・征太郎の“征”は出征兵士の征。すでに名前に戦争の烙印が押されているんです。子どもに『将来何になりたい?』と聞けば、みんなが『兵隊さん!』と答えるような時代に育ちました」
 第二次大戦中に住んでいたのは、兵庫県西宮。1945年3月の神戸大空襲の余波で黒田さんの家にも爆弾が直撃した。
「庭先の小さい防空壕に隠れていたときでした。幸い不発弾だったので助かりましたが、壕を出ると下半身だけの死体があったり、亡くなった同級生もいました。ただ当時はまだ6歳だったので死への恐怖はそれほど感じていなくて。むしろ戦争が終わってからのほうがつらかった」
 父親の工場が敗戦のあおりを受けて傾き、その心労から1年後に他界してしまったのだ。まだ終戦直後の混乱の中、母は出稼ぎに出ていき、子どもたちは祖母に預けられて育つことになった。
「家族もばらばらだし、貧しく悲惨な毎日でした。とにかく食えない。これは本当にひもじかった。だから8月15日に戦争は終わるわけですが、戦争というのは、終わったところから本当にしんどいことが始まるんだと思いました」
 また昨日まで「鬼畜米英」と言っていた大人の態度が一変したのも驚きだった。
「今度は『アメリカは神だ』と叫んでいるわけです。実際アメリカのGIはカッコいいんですよ。身体はデカいし、着てるものもおしゃれだし。すべてが輝いて見えました。だから僕らの世代の人はアメリカという包帯でぐるぐる巻きにされたようなもので。その中で僕も日の丸よりスターズ・アンド・ストライプス(星条旗)に憧れるようになっていきました」

 

もう戦争は忘れようとする日本の風潮に違和感があった

 アメリカへの憧憬と日本への懐疑。その両方を抱えて生きていた20代の黒田さん。イラストレーターとなった彼が出会ったのが、当時気鋭の作家として注目されていた野坂昭如氏だった。
「野坂さんの雑誌連載の挿絵を描くことになったのがきっかけです。お互いはみだし者だから気が合ったのかな。よく一緒に飲みに連れていってもらいました。
『火垂るの墓』は野坂さんの体験がモチーフになっていますが、戦時中にふたりの妹さんを亡くし、僕よりもはるかに苦労なさっている。だから命の問題にはとても敏感で、すごく影響を受けました」
 ふたりの絆はやがてある作品へとつながっていく。それが『戦争童話集』だった。「アメリカへのコンプレックスを抱えていた僕は、50代になって試しにニューヨークで暮らしてみることにしたんです。そのとき書店で手にしたのがこの本でした。そして改めて気づいたんです。自分のアイデンティティを考えるには、まず過去の戦争に向き合わなければと」
 時代は戦後50年の節目を迎えた頃で、「過去と線引きしようとする日本の風潮にも違和感があった」と言う。
「ドイツなんかではしつこく過去の歴史を教えています。街中のいたるところに戦跡が残されている。それなのに日本はもう忘れようとしている。これは危険だと感じて、すぐに知り合いの編集者に電話して絵本にしたいとお願いしました」
 食べものもなく防空壕の中で息絶える少年とオウム、小さな女の子を守ろうとして殺されてしまう老いたオオカミ――絵本に描かれているのは無残にも奪われていく無垢な命。普段はぬくもりを感じさせてくれる黒田さんの色使いも、ここでは哀しみや怒りが赤や青に色を変える。
「戦争になれば弱い者から犠牲になっていくということです。子どもや女性、病人やお年寄り。もちろん動物や植物も。戦争反対を声高に叫ぶつもりはありません。ただ戦争のつまらなさをみなさんに伝えられたらと思っています。野坂さんは、戦争は人間の宿病だと言いました。やらずにはいられないんだと。確かに人間の歴史って戦争の歴史ですよね。
 戦争なんて自分とは関係ないと思っている人がいるかもしれないけど、それは違う。今も世界中で戦争が起きています。10時間もあれば戦場の中心に行けます。そこには傷ついて死んでいく人たちがたくさんいるんです。だからこれは決して忘れてはイケナイ物語なんです」

『小さい潜水艦に恋をしたでかすぎるクジラの話 戦争童話集~忘れてはイケナイ物語り~』
野坂昭如原作 黒田征太郎画(世界文化社/1,600円)
過去の大戦の悲しい記憶を8月15日に集約して描く全編12話の鎮魂の物語。これまでにアニメ化や映像化を繰り返し、2015年7月には新たに絵を描き下ろした新装版が出版された。

SOURCE:SPUR 2015年9月号「6人が向き合った、『戦争』」
photographs:Jun Kozai interview & text:Jun Kozai

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