ファッション&カルチャーの最前線で活動するプロたちは、コロナ禍の現状を、そして未来をどう捉えている? それぞれの分野の注目すべき動向を、座談会形式で徹底的に討論。誌上で紹介しきれなかった内容は、SPURのYouTubeチャンネルで公開!
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次世代アーティストの「私たちがカルチャーを変えていく」
PANELISTS
鈴木健太●1996年東京都生まれ。多摩美術大学を中退し、クリエイティブディレクター・映像作家に。ミュージックビデオの監督、広告やCMの企画演出を手がけ、フルリモートの演劇・劇団ノーミーツ(9)にも携わる。
エルムホイ●1992年山梨県生まれ。アイルランドと日本にルーツを持つミュージシャン。ソロ名義で音楽制作を行うほか、ユニットBlack Boboiや、King Gnuの常田大希によるプロジェクトmillennium paradeでも活躍。
サファイア・スロウズ●広島県生まれ。東京を拠点にボーダーレスに活動するDJ・プロデューサー。国内外でDJ活動を行う傍ら、ヨーロッパ各地のレーベルから作品を発表。最新作は、EP『Emotion Still Remains』。
石原 海●1993年東京都生まれ。東京藝術大学在学中から映像作品を発表し始める。ルイ・ヴィトンなどのキャンペーン映像を手がける傍ら、2019年には長編映画デビュー作『ガーデンアパート』が劇場公開に。ロンドンと東京が拠点。
TALK ROOM 2 次世代アーティストの私たちがカルチャーを変えていく
――コロナ禍はカルチャーにもさまざまな形で影響を及ぼしていますが、今人々が求めているコンテンツとフォーマットはどういうものだと思いますか?
エルムホイ 音楽の場合はやはり生で体験することが大事なので、それを映像や遠隔でも体験できるものが求められていると思います。たとえば「AVYSS magazine」の仮想世界配信プログラム(1)。バーチャルな世界の中でDJや演者がプレイするという内容で、ほかにもゲームと音楽の融合みたいなところでいろいろ進んでいますよね。
サファイア 「マインクラフト」や「フォートナイト」といったゲームで、クラブやコンサート空間をつくる試みがあります。Zoomなどの配信を見るだけでは受動的だけど、アバターを操作して友達とも待ち合わせしたりしてライブを楽しむっていうのはインタラクティブな感じになりますよね。
鈴木 「フォートナイト」はゲームの境界線を越えていて、すごいですよね。見ている人数も半端ないし、4月にラッパーのトラヴィス・スコットが「フォートナイト」内でライブ(2)を行いましたが、ひとりで部屋にいることが多くなった今、他人と同じ時間と空間を共有して楽しめるエンタメはすごく可能性がある。
エルムホイ 逆に思いきり生に振り切れた試みもあって、GEZANのドラマーである石原ロスカルさんの“30時間ドラムマラソン”(3)には感動してしまいました。投げ銭形式の配信で、私も数時間おきにYouTubeでチェックしていたんですが、あれこそ遠隔で、生配信であることの意味を感じる企画だし、人間味があってよかった。
1 ラッパーの玉名ラーメンが出演した「AVYSS magazine」主催の「AVYSS GAZE vol.3」より
3 全感覚菜の企画として配信された「石原ロスカル 30時間ドラムマラソン」
――逆に、今後廃れるだろうというコンテンツとフォーマットは?
サファイア コロナ禍で、カルチャーをインプットすることとか、新しいフォーマットに慣れることに労力が必要なので、「そんなのわかってるよ」みたいなものはあまり必要とされなくなる気がします。私たちも、投資してもらうにはすごく濃いものを作らなくては。
海 映像関係だと、レンタルDVDは廃れていくのかな。ストリーミングがありますし。
エルムホイ CDについてはコロナ前から廃れることが見えていましたが、オンライン上で得るコンテンツに飽きて、家の中での生活を豊かにするためにフィジカルなものを欲する人が出てくるかも……と、少し期待しています。
――そんなみなさんが最近興味を持っている作品は?
海 前から気になっていた作品ですが、先日ロンドンの美術館テート・モダンが、アーサー・ジャファのビデオ作品『Love is the Message,The Message is Death』(4)をストリーミングしていたんです。彼は去年のヴェネツィア・ビエンナーレで金獅子賞に輝いたアーティストで、ロックダウン中に見た作品ではいちばん印象に残りました。
サファイア 私は、劉慈欣の『三体』(5)という中国SF小説です。それが入り口になって自粛期間中にたくさん本を読んで、中国SFにすごくハマりました。今どんどん翻訳されていて、日本で盛り上がっているんです。歴史がありテクノロジーがあり、宇宙的で、物理学なども反映されていて、世の中が変化しているときに、新しい世界の捉え方の助けになるというか。
エルムホイ 『Intangible Asset No. 82』(6)という映画が印象的でした。オーストラリア人のジャズ・ドラマーが韓国のシャーマンの音楽に心惹かれ、彼らに会いに行って学ぼうとするドキュメンタリーです。人とのつながりが持てない今だからこそ、全然違う世界の文化が重なり合っていく様子に、ウルッとくるようなことも。あと、最近はデジタル・エキシビションも増えていて、アーティストたちがGIF画像を展示している「Well Now WTF?」(7)が面白かった。
鈴木 僕もいろいろ見ていたんですけど、ここでは敢えて、星野源の「うちで踊ろう」を。あの映像がめちゃくちゃ刺さったんです。ああいうメジャーなアーティストが音源を無料で公開することにインパクトがありましたし、縦位置の動画を使ったことにすごく意味がある。周りに余白があるから、みんな参加できるんですよ。横位置ならできなかったしどこまで計算していたのかなと思いつつ。
――このところ社会問題への関心が高まり、アーティストがさまざまな問題について声を上げることも増えました。みなさんはどんなことに関心がありますか?
サファイア クラブミュージックにはカウンターカルチャー的な側面があるから、フェミニズム、格差問題、環境問題、私は全部関心があります。何かをきっかけにひとつの社会問題に興味を持つと、メンタリティの部分でほかもつながっていたりしますし。たとえばブラックライブズマターに関心を持ったなら、もう一歩踏み込んで、在日朝鮮人差別やアイヌ差別とか、自分の国が抱える問題にも目を向けられるといいですよね。
エルムホイ 差別問題については、人種だけじゃなくて職業差別とか、いろんな差別があまりにもたくさんあることに、日々落ち込みます。日本で暮らす外国人は家の契約が難しかったり、制度的な差別を実感しますし、人間ってこんなに独りよがりで、他人の感情に想像力を持てないんだなって思ってしまって。
海 いつも気になっているのは格差問題。なかでも特に、生まれながらにして一般的な社会のレールから少しはずれた場所で生きてこなければならなかった人についてよく考えています。もしかしたらそういう状況の子どもたちに向けて、自分にできることがあるのではないかと。それから、私は自分のことをフェミニストと呼んでいますが、作家のロクサーヌ・ゲイの著書『バッド・フェミニスト』(8)の言葉がいつも頭にあります。「ピンク色が好き、女性蔑視的なラップ・ミュージックも好き、男も好き。それでも私は自分がフェミニストだと言う。なぜなら女性が傷付かない社会になって欲しいと思っているから」というのが彼女の思想。まずはちゃんとフェミニストだと口に出す、その姿勢が大切だと思う。
鈴木 インターネットを見ていて最近考えるのは、そういう格差問題との距離感です。日本人には結構遠い問題のように捉える人も多い気がして、自分ごととして考えてもらうには、そこにまだ障壁があると思う。「正しさ」についても考えさせられます。ひとりひとりが自分の「正しさ」を持っていて、それがどんどん大きな見えない力になって、炎上したりする。みんな正しくありたいと思って自分の信念を発信するんだけど、違う考え方を持つ人をどう肯定するのかという点も、大切だと。
海 日本だと格差があるのかわからないという人も結構いる。でも、生きていてバックアップがない人って意外と多いと思う。いつ自分が路頭に迷うかわからないし、何が起きるか予想なんてできないじゃないですか。そういう可能性に少しでも危機感を持って、自分が社会的弱者になることを想像できれば、今その立場にいる人の状況を改善していくためにどうすればいいのか――といったことを考えられるんじゃないかな。
エルムホイ そういう意味では、映像作品が大きな役割を果たすと思う。自分のこととして置き換えて理解するには、その人の人生がリアルに見える状態を体験しないと、想像力につながらないし。
海 私が自分の映像作品を通じてやりたいのは、わかりにくいところをすくいとること。格差問題や差別問題に声を上げることも大事だけど、同時にそういったところからこぼれ落ちてしまう、パッと外から見たら何が起きているかわからないし話題にも上がらずに苦しんで生きている人たちもいる。そういう複雑なレイヤーを、物語を通して長い時間をかけて描きたい。それが、映画の物語が持つ魅力のひとつだと思います。
サファイア ミュージシャンが歌詞などで直接訴えるのは難しいときもありますが、行動や生き方で伝えることもできます。たとえばどれだけラインナップが多様か、どれだけエコかによって、出演するイベントを選ぶ。メジャーなアーティストもいろいろ発言できる風潮になってきたから、今後消費者側も変わっていくと思う。特に国際的には「政治性」がアーティストを判断する材料のひとつになっています。関心を持たないという選択肢はないと思うんですよね。
海 そもそもアーティストは、長い歴史を見ていくと、ずっと政治性を求められてきた。ものを作ることは社会への反応でもあるので。じゃあ、日本人はなぜ政治について話さなくなったか? それはバブル以降の傾向だと思っています。常に問いかけるのがアーティストの仕事だったのに、「楽しかったらいいや」という楽観的なバブルの風潮が、今も続いているんじゃないかと思う。
8 2014年原著出版のエッセイ集。ロクサーヌ・ゲイ著・野中モモ訳(亜紀書房)
――では、自分たちの世代で変えていきたい、制作の現場における課題は何でしょう?
エルムホイ 女性が増えるといいなということですね。これまではソロでライブの現場に行くと男性社会だなと思うことがたくさんありました。音楽の現場では自分らしくあることが大切だと感じるので、性別の差を意識せずにありのままを保てる場になればいいなと願っています。Black Boboiを始めて現場での女性の比率が高くなって、かなり自然な自分でいられるような気がしています。
サファイア テクノのDJ界隈は特に女性が少ないんです。クラブイベントのラインナップに女性DJが含まれていないのは、ヨーロッパならもう恥ずかしいことだと思うけど、東京にはいっぱいある。かといって女性をひとりだけ入れて、「女の子枠」というのが透けて見えるのもイヤで。私は自分がブッキングされるときに、「こういうアーティストもいるので、ほかにも女性を入れてください」とリストを渡したりしています。
鈴木 僕も男性か女性か気にならないのがいちばんいいと思います。世の中には昔からの積み重ねで今も男性に偏った業界が多くて、広告や映像の世界もそのひとつ。悪しき慣例で、パワハラみたいなこともあります。長時間労働も問題で、自分の現場では気をつけています。でも、たとえば僕が何か意見すると「新人類」みたいなことを大人に言われてしまって、そうなると会話にならない。変えなきゃいけないのに変わってないことがたくさんあるのに、見向きもしない人たちがどの業界にもいるんです。だから、そういう人たちがいなくなるのを待つしかないのかなと思っちゃったりしていて(笑)。でも、コロナ禍の今はむしろチャンスでもあります。もう変わらなくちゃいけないと大人も思い始めていて、自分のターンが回ってきたなと感じました。
エルムホイ 確かに、家にこもっていた間にいろいろ考え直すことができたし、今はみんながリセット感を共有している気がします。
9 鈴木さんがクリエイティブディレクションを手がけた劇団ノーミーツのフルリモート生配信公演『むこうのくに』。オーディションから稽古、制作まですべてオンラインで行った。最終的に10公演で7000人が観覧。リアルタイムでチャットにて感想を共有しながら楽しめる。
SOURCE:SPUR 2020年10月号「新世界IN&OUT討論会」
photography: MELON〈TRON〉 text: Hiroko Shintani movie:Ko Tatsushi<zona inc.>