ゴッホは避けていたけど、 ずっと“気になるあいつ”だった。
―─原田さんの最新作「リボルバー」は、ゴッホの死、ゴッホとゴーギャンの関係についてのミステリーが書かれています。長い間書こうと思っていたテーマなのでしょうか。
「リボルバー」を書く前、同じくゴッホを主人公の1人にした「たゆたえども沈まず」(幻冬舎)を上梓しているんですけれど、こちらは19世紀末にパリで日本の美術を広めるのに貢献した実在の画商、林忠正について書き始めようと思ったのが最初です。そして、林忠正について調べてみたら、ゴッホが弟のテオと一緒に、同時期にパリにいたんですね。私にとってゴッホはずっと気になる存在のアーティストでしたが、はまってしまったら抜けられないような気がしたので、あえて触れずに遠ざけていたんです。ただで済まされないような情熱的なもの、激しいものを感じていて、ピカソやルソーのように親しみやすさを感じられず、ちょっと敬遠していました。でも、ずっと気になるあいつみたいな感じで、好きの裏返しというような感情がありました。
そんな中、林忠正を書き始めたときに、あまりに近いところにゴッホとテオの兄弟がいたので、これは一緒に書いたら面白い、重層的なものになると気がついて。入り口は林忠正だったけど、出口はゴッホになったんです。ゴッホとゴーギャンの関係性については、このときは深く掘り込まなかったんです。この時点でゴッホとゴーギャンの関係性は相当なものだったんだろうなとわかっていて、いつかチャンスがあったら書きたいなと思っていました。
その時の思いが「リボルバー」につながったという感じです」
―─「リボルバー」は、パリの小さなオークション会社で働く主人公・高遠冴の元に、ゴッホの自殺に使われたという1丁の拳銃が持ち込まれたことから始まるストーリーです。どこまでが史実で、どこからが創作なのだろうって、最後までハラハラして読みました。
「「楽園のカンヴァス」あたりから、史実とフィクションを織り交ぜて書く手法を積極的に取り入れてきました。私の小説はフィクションですが、10パーセントぐらいは史実なんです。史実の部分をしっかりと固めて、その上に90パーセントのフィクションをのせています。そのスタイルをなぜやっているかと言うと、史実を描くことによってリアリティが生まれて、読んでくださっている方々はどこからどこまでが史実なんだろう?って気になりますよね。それこそが私が読者に感じてほしいことなんです。興味を持ったら文献に目を通して自分で調べてもいいし、実際に美術館へ足を運んでみるのもいい。そうやって出かけてみてほしいという気持ちなんです。読者自身でリサーチをしていただきたいので、あえてフィクションと史実の境界を曖昧にしています。私の作品が美術史を学んだりアートに親しんだりするきっかけになれば嬉しいです」
ライブで作っていく面白さ。 舞台は展覧会作りに似ている。
左から 大鶴佐助 金子岳憲 池内博之 photo:Maiko Miyagawa
―─舞台「リボルバー」の戯曲に挑戦されることになったいきさつを教えてください。
「4年ほど前、PARCO劇場さんから「アートを題材にした戯曲に挑戦してみませんか」とご依頼をいただいて、ゴッホとゴーギャンをもっと掘り下げてみたいという思いがあったため、「ゴッホとゴーギャンの間に何が起こったかを描く舞台でいかがでしょうか」と提案してみました。そうしたら「すごく面白そう!」と言っていただいて、企画が動き出しました。私自身、演劇や映画に興味を持ってずっと見てきて、いつか関わってみたいなという思いはあったので、お声掛けいただいてすごく嬉しかったです。でも、天下のPARCO劇場さんで失敗はできないなと思いまして(笑)。まずは原作をしっかり書かせてもらって、そこから戯曲を立ち上げるやり方でお願いしたいと話したんです。そうしたら、ぜひその形でやりましょう、ということになって。物語の開発が始まって、足掛け4年くらいですね」
―─実際にどのように進めていかれたんですか。
「まずプロットを書きました。小説と脚本、それぞれのプロットを同時に立ち上げて、それぞれ調整しながら進めていきました。そして割と早い段階、一昨年だったと思うんですけど、
演出に映画監督の行定勲さんが決まって、私は行定さんの大ファンだったのでものすごく嬉しくて、ますますドライブがかかり、俄然やる気になりました(笑)。プロットは、出版の編集の方と行定さんにご意見いただきながら、みんなで開発してきました。基本的にストーリーを作るのは私に一任されていて、2年くらい前にゴッホが実際に自殺するときに使用したとされている、さびついたリボルバーのオークションをきっかけにまとまっていきました。このオークションは大きな話題になって、私はちょうどその時パリにいたので、オークションに行って、これはすごい鉱脈に当たった、これをベースに書こうと心が固まりました。そして、21世紀のパート、19世紀のパートが交錯する物語となりました。それは戯曲でも生かされていて、21世紀と19世紀がパラレルに動きます。本筋は変えていませんが、舞台の見せ方は変えました」
―─戯曲を書いてみて、どんなことを感じられましたか。
「小説は編集者にサポートしていただきますが、1人で書くものです。戯曲も同じく初めはまず自分で書きましたが、舞台化していく過程で、話し合いがあり、議論があります。演出家としてカットすべきと判断するところや、活かしたいところなどあるので、行定さんの要望を取り入れなければならないし、プロデューサーのリクエストは2時間程度に収めること。そうやって、ライブで作っていく面白さが舞台にはあって、展覧会を作ることに似ていると思いました。舞台では複数のクリエイターと関わって、みんなで作り上げていきます。その作業が本当に面白くて、癖になりそうですね。私は1人でガツガツ動くタイプではないんですけど、盛り上がっていく中でそれを見ていること、その場にいることが好きなんですよね。とてもわくわくします」
この舞台で誰も見たことがない “ゴッホ”が誕生する。
大鶴佐助 photo:Maiko Miyagawa
―─ゴッホを演じる、関ジャニ∞の安田章大さんをはじめキャスト陣の印象はどのように感じましたか?
「私の印象ですが、安田さんはとても直感的な方ですね。また非常に勉強家で、自分なりにゴッホを突き詰めていきたいと、いろんな方面から勉強されていらっしゃいます。それはゴーギャンを演じる池内博之さん、弟のテオを演じる大鶴佐助さんにも通じていて、みなさんよく勉強されています。安田さんが演じるゴッホは、今までこんなゴッホはいただろうか? 池内さんが演じるゴーギャンも、今までこんなゴーギャンはいただろうか?と思わせるほど、今までの描き方と一味違ったゴッホやゴーギャンになると思います。私の完全な創作ですけど、私の中で育まれてきたゴッホ像やゴーギャン像、彼らのスピリットを、現実の舞台
の上で役者さんたちが血肉を通わせることで共有できることは最高だと思います。今回のカンパニーの出演者のみなさんは、よくぞこの方たちを選んでくれたというほどぴったりで、行定さんを中心に本当に素晴らしいカンパニーだと思います」
19世紀のワークウエアを 現代風にアップデート。
左から 細田善彦 北乃きい 相島一之 photo:Maiko Miyagawa
―─舞台の衣装を担当するのは、原田さんも関わるファッションブランド、ÉCOLE DE CURIOSITÉS(エコール・ド・キュリオジテ)のクリエイティブ・ディレクターの伊藤ハンスさんです。どういった経緯で誕生したブランドなのでしょうか。
「先ほどお話しした林忠正は、19世紀末単身パリに赴いて、日本の美術を広めた人です。渋沢栄一のようなグローバルビジネスマンの最初の1人なんですよね。私は林忠正のようにパリでがんばっている日本人を応援する存在になりたいと思ったんです。彼を取材するうちにそんな気持ちが湧き上がってきて。伊藤ハンスはパリ在住の友人なのですが、彼は自分が着て心地の良い服とか、誰かが着たときに幸福を感じるような、かつ地球にも優しい服作りができないかと考えていて、その理想を追求したいと話していました。やるんだったら早い方がいいし、面白そうだから一緒にやってみようということになり、スタートしました」 ―─ 原田さんはどんな形で関わっていらっしゃるのでしょうか。
「ブランドを立ち上げたとき、ハンスはクリエイティブ・ディレクターになったんですけど、私はプロデューサー兼クリエイターとして参加させてもらって、物語を書くことになりました。アートに関係した掌編小説を書いて、ハンスに渡すんです。それをベースにハンスがコレクションを開発します。そういうやり方をしてみないかと、最初にハンスの方から提案がありました。応援するだけではなくて、自分も積極的に参加できるならいっそう面白いものになるだろうとの予感がありました。立ち上げからずっと、アート関わるテーマで書き続けています。
この1年はコロナの影響があるかもしれないとも思ったんですけど、逆に物語性のある服というコンセプトや物作りの力が評価されて、世界13カ国のショップでお取り扱いいただいて、ブランド設立5周年を迎えることができました。自分の好きなものを知っている大人に選ばれる服でありたいですね。着ていて幸せや喜びを感じる。自分がこれを着ることの意味を知っている。私もそのために服と共にある物語を書きたいです。サステナブルな素材をできる限り使い、長くいつまでも使い続けて、次の世代に伝えていただけるくらいでなけ
ればと思っています」
―─ハンスさんが「リボルバー」に関わることになった経緯を教えてください。
「今回19世紀が舞台ということで、伊藤ハンスが衣装デザイナーとしてふさわしいと直感しました。ハンス自身も舞台芸術に非常に興味があって、いずれコスチュームも作ってみたいという思いを語っていたこともあったので。今回、舞台「リボルバー」のプランが動き出した直後にハンスに提案をしました。舞台のプロデューサーからも「やったことないんだったらむしろ面白い」とおっしゃってくださって大抜擢していただきました」
―─具体的に舞台の衣装は、どんなデザインなのでしょう。
「ハンスは19世紀のワークウェアに非常に詳しいんです。この時代のワークウェアは、シンプルで着やすくて、素材も強いんです。洗っても洗っても持ちが良いですし、ツギで強度を増すことによって、経年の味わいも出ます。
そのワークウェアの良さ、スピリットを、現代風にアップデートするというのもブランドのイメージの1つなんですが、今回、舞台が19世紀ということで、ブランドのイメージと重なるところがあります。ゴッホやゴーギャンは、アトリエでスモッグやワークウェアを着て、絵を描く仕事をしていたわけですから。制作は衣装チームと協議しながら進めています」
なぜ私たちはゴッホが好きなのか。 その理由がわかる舞台。
左から 東野絢香 池内博之 photo:Maiko Miyagawa
―─物語、キャスト、演出、衣装など、すべてが見どころと言っていい舞台ですね。
「ゴッホ、ゴーギャンというと誰でも知っていますし、特に日本にはファンが多いですよね。そもそもゴッホもゴーギャンも、生前は誰にも見向きもされませんでした。でも、ゴッホが死んで130年以上経って、今ではこれだけ世界中の人たちに愛されている。特に日本人はゴッホのことが大好きです。なぜでしょうか。おそらくこの舞台を見た人は、その理由がわかると思います。どうして、私たちがこれほどまでにゴッホを愛しているのか。どうして、こんなにゴッホに興味があるのか。その理由は、今は伝説の人物になってしまったけれど、彼が私たちと同じ等身大の人間として、苦しんだり悩んだりのたうち回るような思いをして、自分だけの作品を自分のために描いてきたからだと思います。彼の色あせない意志に私たちは共感するのです。彼の作品に秘められた「あったかもしれない」ストーリーを、この舞台では提案しています。
役者の方々も120%体当たりで表現してくださっているので、お芝居を通して、ゴッホってこういう人なんだ、ゴーギャンってこういう人なんだ、だから私たちは彼らの情熱にこんなに心が震えるんだと、最後の結論として持って帰っていただけると思います。最初から最後まで絶対に目が離せないと思うので、楽しんでください。きっと鑑賞後は美術館に行って、ゴッホの絵を見たくなるはずです」
リボルバー~誰が【ゴッホ】を撃ち抜いたんだ?~ https://stage.parco.jp/program/revolver/9963 公演日程 【東京】PARCO劇場 2021年7月10日(土) ~ 2021年8月1日(日) 【大阪】東大阪市文化創造館 Dream House 大ホール 2021年8月6日(金) ~ 2021年8月15日(日)
ÉCOLE DE CURIOSITÉS(エコール・ド・キュリオジテ)のクリエイティブディレクターの伊藤ハンスさんにも見どころを伺いしました!
―─衣装デザインのこだわりやテーマを聞かせてください。
「舞台『リボルバー』の衣装デザインについて、リアリティをどこに持たせるかを工夫しました。多くの人が見て知っているファン・ゴッホの自画像や、ゴーギャンの写真などから時代考証をして肉付けしていく作業と、それを演じる日本人の役者の方々に調和させる作業、双方のリアリティーを見てバランスを配慮したことです。
脚本と演出プランから感じ取った、瑞々しい人物描写と斬新でブリュットな演出呼応する服になるようデザインしました。役者の身体表現に連動するシェイプや、着崩し、効果的な色、遠目にも質感の出る素材など、稽古場で実際の動きを見ながらチームで修正を重ねて完成しました」
―─俳優の皆さんがまとっているのを見てどう思われましたか。
「19世記末の過去パートと、21世紀の現代パートが交差する舞台なので、時代ごとのかたまりとして見た時の色味やシルエットなどの対比が出せたと思います」
―─衣装サイドからの舞台の見所などありましたら、教えてください。
「役者さんの芝居が前へ出てくるように、バランスを見て作っています。それぞれのアーティストの持つキーカラーなども設定してデザインしているので、そうした色のコードがふとキャラクターの個性とリンクして見えればうれしいです。パリ、アルル、タヒチ、のシーンが過去と未来で交差するので、芝居と装置と衣装と共に、転換する様子を楽しんでいただきたいです」ÉCOLE DE CURIOSITÉS
interview&text:Miku Sugishima