SPUR1号のカバーを飾るミュージシャン・Japanese Breakfastのミシェル・ザウナー。アメリカ人の父と韓国人の母の間に生まれ、エッセイスト、ビデオ監督としてもさまざまなジャンルで多彩に活躍している次世代のポップスターだ。既存の概念にとらわれず、あらゆるボーダーを軽やかに越え、クリエイティビティを発揮する彼女が歌う未来への讃歌。
Interview with MICHELLE ZAUNER
「"シスターフッド"と軽やかに前進する」
クリエイティビティのルーツをたどって
「今日みたいなファッション撮影をすると母を思い出す。彼女はファッションが大好きだったから。デザイナーと、洋服作りを愛していたの」と語るのは、アメリカのインディ・ロック・バンド、Japanese Breakfastで2021年に、時の人となったミシェル・ザウナーだ。「祝祭」という意味の最新作『ジュビリー』が高評価を得て、NYブルックリンのキャパシティ1800人の会場で4日間のソールドアウトショーを終えたばかりだ。そのツアーでも、ミシェルはシモーネ・ロシャの真っ赤なドレスなどを着ていた。
ファッション・アイコンは、ビョークだが、実は最も影響を受けているのは母だという。「いつも母に怒られていたの。『あなたは服を着て自分をよく見せる方法がわかってない』って(笑)。だから今日みたいにグッチとかロダルテを着てポーズをとっていることを、絶対に誇りに思ってくれていると思う。それに今日みたいな日には自分の中に母がいるのを感じるの。横顔が素敵だとか言われたりしてもね。母に似ているし、彼女からもらったルックスだから」
彼女が今、時の人であるもうひとつの理由は、がんで亡くなった母との思い出を綴った『Crying in H Mart』が、NYタイムズ紙のベストセラーリストで2位となったばかりか、21週間もリストに入り続けるロングセラーとなったからだ。しかもその第1章が老舗文芸誌の『ニューヨーカー』に掲載され、本の発売前から映画化権は争奪戦となった。「コロナ禍にいくつものスタジオとZoomでミーティングをして、その中から一番好きだったMGMに決めたの」。ジェームズ・ボンドシリーズの製作スタジオ「MGM」がミシェルの本を映画化する。彼女は映画の音楽ももちろん担当するが「今、脚本を書いているところ」なのだ。この作品では、闘病生活を送る母を見つめた、涙なくしては読めない悲痛な告白が描かれている。韓国からアメリカに来た移民の母と、アメリカ人の父との間に生まれ、その土地で育った彼女が、母との関係性や自分のアイデンティティを探求する物語でもある。また、作中では、母の味である韓国料理も大事な役割を担っている。「私はアメリカ育ちで、母は韓国の移民。これまでの作品には描かれていなかったような、人間関係だから人気が出たのかな?」。期せずしてKポップや映画『パラサイト』など韓国のカルチャーがアメリカのみならず、世界で大ブレイクしている今、彼女が「アメリカのメインストリームを牽引するアジア系の才能」の代表として雑誌の表紙を飾っているのだろう。
「私も『イカゲーム』が超大好きだし!すごく興味深い時代だと思う。私が子どもの頃は、こんなことなかったから。でも、今はアメリカ人がより心を開いて、さまざまな声に耳を傾けるようになったし、さらにダイバーシティな世の中になった。それにインターネットのおかげで、さまざまなカルチャーにもつながりやすくなったし。いろいろなメディアにおいてね。だから世界がこんな風に開かれて、今はとてもエキサイティングなときだと思う」
前進するシスターフッド
『Sable』というTVゲームのサントラを手がけたり、バンドのMVの監督もしたり、あらゆる才能を開花させているミシェル。しかし、25歳のときに、いったんは音楽を諦めて広告代理店で働いていたという。最後と思って出したアルバムが評価され、日系アメリカ人でもあるMitskiが彼女をツアーの前座に起用したことですべてが変わった。
「Mitskiとツアーをできたことが、私のキャリアを完璧に変えた。これって新しい時代のフェミニズムでもあると思うの。社会的には女性同士が、敵対意識を持つように教えられてきたけど、私たちは、そうじゃないってことに気づいている。そういう敵対意識から、一人ひとりが頑張って解放されなくちゃいけないってわかり始めているよね」
バンドの3枚目となる『Jubilee』のジャケット写真には、時間をかけて甘くなる干し柿が写っているのが象徴的だ。彼女は、過去2枚の作品と著書で、母が亡くなった悲しみと、とことん対峙した。フェスティブなムードを体現するこのアルバムでは、とうとう希望を描くと決心したのだ。その作品が受け入れられているのは、今混沌とした時代を生きるわれわれにも希望をくれるからかもしれない。
「ポジティブなことをつかむ以外にないと思ったの。絶対に諦めちゃいけない。母が病気のときだって、よくなると信じていたし、最悪のことが起きても、絶対に変われると信じて進んでいくしかないと思うの。それ以外の方法ってないでしょ。悲嘆し、絶望してても意味がない。それに、私たちが次の世代に残せることって、少しの希望とポジティビティと、よりよい世界のために戦うことだけだと思うんだよね。だからそれだけを考えるようにしている。パンデミックを経て、いろいろな人たちの人生に変化があったと思う。長年のパートナーと破局したり、都会から引っ越して郊外に行ったり。これまでリアルだと思っていたことが、変わってしまったから、どんなことが起きてもおかしくない。だからこそ、自分が本当にやりたいことをやるべきだし、人生を楽しむべきだと思う。永遠だと思っていたことも、そうじゃないとわかったわけだからね。興味のあることや情熱を持っていることを、やり続けるのが大事だと思うの」
『Jubilee』
Japanese Breakfast¥2,750/Big Nothing
最新アルバム『Jubilee』。最愛の母との離別を経て、未来へ一歩進み始めた彼女の旅路に寄り添う、心温まる楽曲が詰まった渾身の作。「祝祭」を意味するタイトルのとおり、聴く人の人生に喜びをもたらす一枚。
『Crying in H Mart』
ミシェル・ザウナー著・未邦訳
『ニューヨーカー』に掲載されたミシェル・ザウナー自身のエッセイ集。アメリカ人の父と韓国人の母の間に生を受けた彼女のアイデンティティとクリエイティブのルーツを探求する回想録。映画化も決定した注目作。
SOURCE:SPUR 2022年1月号「ミシェル・ザウナー 祝祭の歌」
model: Michelle Zauner photography: Peter Ash Lee styling: Cece Liu 〈JONES MGMT〉 hair: NERO 〈Camera Club〉 using Oribe make-up: Ayami 〈STATEMENT ARTISTS〉 manicure: Shirley Cheng 〈See Management〉 sing Chanel prop-styling: Megan Kiantos 〈East〉, OLIVEE Floral coordination: Yasuyo Hibino 〈fish*co.〉 interview & text: Akemi Nakamura