ニュー・アメリカン・ラグジュアリーを牽引。ジェリー・ロレンゾって誰だ?

Who are you, JERRY LORENZO?
ラグジュアリーストリートのスタイルをつくり上げ、ブームを牽引し続けているといっても過言ではないブランド「Fear of God」(フィアー オブ ゴッド)。BTSのメンバーからメジャーリーガーまで、幅広い支持を集めている。その創設者でありデザイナーでもあるジェリー・ロレンゾとは何者か? 業界の異端児とも呼ばれ、一挙手一投足に注目が集まる彼の正体に迫る

Our collection offering is intended to be something that would have been worn 10 years ago and 10 years from now,transcending time and season!

10年前も、10年後も着られる服を作っている

自伝を綴るようなプロセスでデザインしているんだ

ニュー・アメリカン・ラグジュアリーを牽引の画像_1

「僕はファッション業界で本格的なトレーニングを積んだことがない。大学院でMBAを取ったあと、スポーツエージェントとして働いた時期もあったし、ロサンゼルスの夜の世界でプロモーターをしていたこともあって一気にコミュニティが広がった。そのときに感じた“こういう洋服があればいいのに”というギャップとアイデアから、フィアー オブ ゴッドを始めたんだ」

ヴァージル・アブローやカニエ・ウエストなどと肩を並べ、いまや世界中で絶大な支持を集めるデザイナー、ジェリー・ロレンゾ。2013年にロサンゼルスで「フィアー オブ ゴッド」を立ち上げたジェリーだが、そもそも彼の知名度が上がったきっかけのひとつはカニエ・ウエストやジャスティン・ビーバーのツアーグッズのデザインを担当したことだった。当時、それらの洋服はプレミアがつくほど爆発的な人気を呼び、今でも伝説として語り継がれている。セレブリティもこぞって着用し、音楽ファンだけにとどまらずファッション業界にもジェリーの名を轟かせた。そして自身のブランドでは得意とするストリート、グランジ、ロック、モード、スポーツなどの要素を取り入れたコレクションで人々を魅了。ラグジュアリーストリートを牽引するブランドとして広く知れ渡った。

「でも僕は普通の男性だし、他のブランドの動向をフォローしていないからシーズンごとにコレクションを発表するという感覚はそもそもなかった」

その言葉どおり、フィアー オブ ゴッドの7シーズン目として発表された現在のコレクションは2年の歳月をかけて制作されている。ランウェイを行わずにリリースされ、心待ちにしていたファンだけでなく、業界内でも大きな話題に。このコレクションはジェリーの幼少時代の思い出とニグロリーグの要素が存分に入っているという。

「デザインプロセスは自伝的な手法を取っている。祖父のロレンゾ・マヌエルはかつてアトランタブラッククラッカーズという野球チームのピッチャーとしてプレーしていた。父親もメジャーリーガーとして活躍したあと、ホワイトソックスやニューヨーク・メッツなどの監督を務めた。子どもの頃からニグロリーグのポスターや記念品がいつも身近にあったんだよ。今回のコレクションに着手するときにこのアイデアを思いついた。つまり、リーグにも自分の祖先にも、敬意を表するという考え。ニグロリーグのモチーフを採用することでチャンスが与えられなかった人々を認めることにもなると思っている。もちろんそういう人たちのためでもあるけど、これは自分に与えられた使命でもある。このチャンスを最大限活用する責任を感じているし、それがゴールだと気づいたんだ」
※メジャーリーグと統合する前に存在した、アフリカ系アメリカ人によるプロ野球のリーグ戦

ニュー・アメリカン・ラグジュアリーを牽引の画像_2

1〜3 ロサンゼルスにあるミルクスタジオで行われた7シーズン目のルック撮影の様子。ジェリー自らスタイリングや写真のイメージなどを決めていくため、撮影中も休む暇はない。手にしているデニムジャケットはブランドの柱ともいえるアイテム。今シーズンは、よりアメリカらしさを追求したオーセンティックな仕上がりに。どのシーンにもなじむジェリー流のアプローチで、モダンなライフスタイルに直結した物づくりが冴える

 

I design menswear but I always keep a woman in mind; I really love the way women wear men’s clothing.

メンズウェアを女性が着る様が好きなんだ

ニュー・アメリカン・ラグジュアリーを牽引の画像_3

4 ユニセックスなムードでデニムを着用するのは、売れっ子モデルのディロン
5 ジェリーが用意したムードボードには、若き日のレオナルド・ディカプリオの姿も
6 サイトに掲載されている物撮影もジェリーがスタイリング
7 現代性、機能性、多様性のレンズを通し、すでにあるワードローブに自然と溶け込むことを意識して制作された渾身の新作には、スニーカーやローファーなど普遍的シューズが揃う。「僕は昨日、今日、明日の不変の定番を作りたいんだ」

ニグロリーグのシリーズは過去と未来をつなぐ物語でもあり、使用されている象徴的なグラフィックはジェリーから先達への賛辞のようにも感じる。

恵まれた環境で育った彼は、敬虔なクリスチャンでもある。フィアー オブ ゴッドのネーミングの由来が、オズワルド・チェンバーズ(キリスト教プロテスタントバプテスト派の伝道者)の著書『My Utmost For His Highest』(いと高き方のもとに)の一節から来ているほどだ。しかし、決してクリスチャンなブランドではない。基軸にあるのは、彼自身の信念で、母親が熱心なヴィンテージコレクターだったことも、少なからず影響している。

「僕がブランドについてはっきり言えることは、アメリカ人としての明確な視点を持って、自分の作りたいものを作っているということ。10年前でも10年後でも着られるブランドとして、不変のスタイルを提案していきたい。つまり、スローファッションなんだ」

 

慣れ親しんだものをレベルアップしている感覚

ジェリーが生み出す洋服は、時代とシーズンを超越している。アメリカンカジュアルを代表するチェックシャツやダメージデニム、パーカなどをラグジュアリーに昇華させることで、親しみのあるニューアメリカンラグジュアリーをつくり上げている。メンズウェアでありながら、ファッショナブルでエレガントなアプローチをストリートウェアに取り入れることこそ、真骨頂。

さらに、2018年に発表したディフュージョンライン「ESSENTIALS」(エッセンシャルズ)は、若者やキッズに向けたリーズナブルな設定とベーシックなアイテムをリリースすることでフィアー オブ ゴッドと差別化し、新たなファン層を獲得している。シンプルながらも完璧なシルエットを描き、サイズもXXSからXXLまで展開。女性も着ることができるミニマルなデザインで、瞬く間に人気ブランドの仲間入りを果たした。しかし、発売と同時にソールドアウトになるほど、入手困難なブランドとしても知られている。

「新しいものを作るというより、慣れ親しんだものをレベルアップしているんだ。何年もの間、僕のコレクションがみんなのワードローブの一部になることを想定して、アプローチをしてきた。アメリカンラグジュアリーと、自分のカリフォルニアのルーツをモダンなライフスタイルに融合させる感覚だね。現代的なライフスタイルのためのワードローブを作っているからこそ、真剣に取り組まなければいけないと思っているんだ。なぜなら、僕にとってラグジュアリーとは、商品のクォリティだけではなく、トレンドや時代で変動するファッションを超越した上質でラクなスタイルのことだから。モダンな人々のための、軽くて洗練されたワードローブこそが、真のラグジュアリーじゃないかな」

 

コラボレーションも一貫した美学を宿している

卓越したテーラリング技術を誇るエルメネジルド ゼニアとのコラボレーションは、昨年のホットトピックだった。さらに、年末発表されたフィアー オブ ゴッドとアディダスの長期的なパートナーシップでは、ジェリーがバスケットボール部門のビジネス・クリエイティブを担当することが決定。彼が手がける3つ目のラインとなる「フィアー オブ ゴッド アスレチックス」にも大きな注目が集まっている。バスケットボールファンにとっても、フィアー オブ ゴッドのファンにとってもうれしいニュースとなった。

「コラボレーションするパートナーについては、直感的に同じコアバリューやメンズマーケットのビジョンを共有できる人たちを選ぶようにしているんだ。両者の真ん中で折り合いをつけるのではなく、今を生きる人々のために、現代と未来のスタンダードを考えたコラボレーション商品にたどり着きたいと思っているよ」

しかし、それはジェリーにとっては今まで以上に多忙な日々が始まったことを意味する。コロナ禍でもコラボレーションの打ち合わせに奔走。実際、この取材もオファーから半年以上かかってやっと実現したほどだ。ルック撮影のディレクションからセールスやブランディング、生地の調達まで妥協することはないジェリー。会社のすべての側面に携わっている彼は「家族と過ごせる週末は、何よりも貴重だ」と語る。まさに時代の寵児だ。

 

女性が着ることも考えながらデザインしている

「フィアー オブ ゴッドはメンズのコレクションではあるけど、ジェンダーニュートラルなんだ。僕はメンズウェアをデザインしながらいつも女性が着たときのことも考えている。女性が着るメンズウェアのオーバーサイズ具合、あのダボッとしたシルエットから醸し出される雰囲気が好きなんだ。だから、シンプルでありながら上質な日常の洋服を探している人であれば、ジェンダーは問わないよ。実際に僕たちのファン層は幅広い。今はカジュアルに洋服を着こなす中で、洗練されたものが求められている時代。みんながフーディにスウェットを着る中で、あえて人と違いを出すためにスーツにシフトするだろうか? いや、僕はこのふたつの間に飛行機を着地させたいと思っている。洗練と誠実さを兼ね備え、日常に寄り添うものとしてね」

フィアー オブ ゴッドの服の中で、実際にジェリーのワードローブに欠かせないものを尋ねると、フレンチテリーという素材を使ったアイテムを挙げた。これはブランドを代表する生地のひとつで長年の定番だ。もちろんスウェットシャツとパンツは着心地が抜群だし、カリフォルニア・ブレザースタイルも、かなり気に入っているという。

人々の生活に取り入れられる洗練された物づくり

ニュー・アメリカン・ラグジュアリーを牽引の画像_4

揺るぎない信念を持っているジェリーにとって、昨年から続くパンデミックを体験して自分自身の価値観に大きな変化はあったのか?

「まったくなかったよ。むしろパンデミックによって変化した人々の生活に、フィアー オブ ゴッドの変わらぬファッションへの思いや向き合い方、タイムレスなコレクション作りが理にかなっていることを確認できた。芸術的なものを表現することではなく、人々の生活に取り入れられる洗練された物づくりをすることが僕の才能だと改めて感じた。それは素晴らしいことだと思っているし、これからの展開も楽しみにしていてほしい」

8 「ニグロリーグモチーフのスウェットは着心地のいいフレンチテリー製が最高なんだ」
9 フィアー オブ ゴッド的ドレスアップを表現するのに今季のコートはマストアイテム。「1980年代のメンズウェアを思い出す」というジェリーの言葉どおり、セミワイドでリラクシングなデザインが特徴的

“Jerry Lorenzo”
1976年生まれ。アメリカ出身。大学院でMBAを取得。学生時代にディーゼルやギャップで経験を積む。2013年に「フィアー オブ ゴッド」を立ち上げた。父はプロ野球選手だったジェリー・マニュエル。Instagram: @jerrylorenzo

SOURCE:SPUR 2021年8月号「ジェリー・ロレンゾって誰だ?」
photography: Jahmad Balugo coordinate & text: Megumi Yamano