2022.07.21

「いつ産むの? 」「仕事は?」「妊娠・中絶 をめぐる問題 」など、30代半ば女性のリアルをユーモアたっぷりに描く。映画『セイント・フランシス』脚本&主演のケリー・オサリヴァンにインタビュー

まるで、「恋愛ではなく人生に悩む、現代版『ブリジット・ジョーンズの日記』」とでも呼びたくなる映画が誕生した。 8月19日(火)から公開の『セイント・フランシス』は、自分の人生に自信を持てず、さえない日々を過ごす34歳女性の姿をリアルに、ユーモアと愛情たっぷりに描く。グレタ・ガーウィグ監督の『レディ・バード』(2017)に触発されてこの映画の脚本を書き、主演も務めたケリー・オサリヴァンに、作品に込めた思いを聞いた。

『セイント・フランシス』©️ 2019 SAINT FRANCES LLC ALL RIGHTS RESERVED

30代の女性に降りかかる「いつ産むの?」の圧

『セイント・フランシス』の主人公ブリジットは、34歳で未婚、子どもはいない。誇りを持って打ち込めるような仕事もなく、子育てする友人たちのSNS投稿を見ては焦りを感じ、「35歳で何をすべきか わからない」とググるような毎日を送っている。

そんなある日、想定外の妊娠が発覚。すぐさま中絶することにしたブリジットだが、同時に夏の間だけ引き受けることになったナニーの仕事で、6歳の少女フランシスと出会う。最初はナニーの仕事もどこか投げやりだったブリジットだが、少しずつフランシスと仲良くなり、心が通じ合うようになるにつれ、自分自身の気持ちや体とも向き合えるようになっていく。

「いつ産むの? 」「仕事は?」「妊娠・中の画像_1
『セイント・フランシス』©️ 2019 SAINT FRANCES LLC ALL RIGHTS RESERVED

ブリジットがいつになったら子どもを産むつもりなのか、遠回しに(でもバレバレなやり方で)確認しようとする母親とのやりとりや、何より「気持ち」を大切に考える20代のボーイフレンドとの微妙なズレには、身に覚えがありすぎて思わず苦笑してしまう人も多いのでは。ストーリーの多くの部分は、自らの経験を元にしているのだとオサリヴァンさんは話す。

「実は、ブリジットという名前は私の堅信名(※)なんです。もともとはカトリック教徒だったけれど、成長してからは信仰から離れフェミニストになったというブリジットの設定は、私の実体験をそのまま生かしています。子どもを産むことをめぐるブリジットと母親の会話も、私と母の会話そのものですね(笑)」
(※)カトリック教会における秘跡のひとつ、堅信礼で信者が授かる名前

「『子どもはいるの? 産む予定はあるの?』という質問は、多くの30代半ばの女性にとって避けて通れないもの。意図せず妊娠したときも、10代や20代前半なら産まない選択に周囲も納得するけれど、30代半ばで中絶するとなると、とたんに『子どもは欲しくないの? あと数年しかチャンスはないよ』なんて言われるようになる。こういう社会的な圧力はあらゆる女性が感じているものだし、コメディとドラマが共存するテーマだと思います」

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『セイント・フランシス』©️ 2019 SAINT FRANCES LLC ALL RIGHTS RESERVED

中絶を「ノーマルなこと」として描きたい

ブリジットは、欧米では主流となっている経口中絶薬を使って妊娠を終了させる。経口中絶薬は現在、日本でも承認申請中。映画では、薬を飲むことで体に起こる変化が丁寧に描かれているので、「実際のところ薬を飲むとどうなるの?」という疑問に答えてくれるひとつの例として、参考になりそう。

特筆すべきは、中絶に関してブリジットが罪悪感や後悔の念をいっさい抱いていないこと。あくまでひとつの身体現象として、フラットに自分の体に起こる変化を受け止める様子が描かれている。この映画の中で、中絶は人生を左右する一大イベントではなく、フランシスとの友情物語の背後に流れる通奏低音なのだ。

「中絶を、ノーマルなこととして描きたかったんです。世間では、『妊娠した女性がいろいろ悩んだ末に子どもを産む』というストーリーを賛美しがちですが、私はそうしたくなかった。中絶は、必ずしも大きなドラマやトラウマを伴うものではないと考えています。もちろん、感情を揺さぶられるものではあるかもしれないけれど。私自身も、過去に中絶を経験しています。そのことで後悔はしませんでしたが、非常に複雑な感情を抱きました。そのときの思いは、この映画のラスト、ブリジットの独白のシーンに生かされています」

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『セイント・フランシス』©️ 2019 SAINT FRANCES LLC ALL RIGHTS RESERVED

中絶の権利を奪われないために

おりしも6月下旬には、アメリカの連邦最高裁で、中絶の権利を認めた過去の判断を覆す判決が出たばかり。この判決を聞いたときの心境を、オサリヴァンさんは「パニックになった」と表現する。

「非人道的であり、時代を逆行するような本当に恐ろしい決定です。私はナイーブにも、どこかで『まさかそんなひどいことは起こらないだろう』と思い込んでいたので、この判決を聞いてとても大きなショックを受けました。残念ながらこの判決は、これから何世代にもわたって悪影響を及ぼすことになるでしょう。ただ、中絶が必要な人のために草の根活動をしているグループもたくさん存在します。何とかして、希望する人が中絶を受けられる社会、中絶を選んだ人が迫害されない社会にしていかねばと思っています」
  
もちろん中絶の権利をめぐる問題は、私たちにとっても他人事ではない。自分の体のことを自分で決める権利を奪われないために、まずは今まで語ることがタブー視されてきた月経や中絶について、率直に話し合ってみることから始めたい。この映画を観た後には、そういった女性の人生にまつわる問題について、親しい人と語り合ってみたくなること間違いなし。ブリジットのささやかな成長に、きっと誰もが勇気をもらえるはずだ。

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PROFILE

ケリー・オサリヴァン●俳優、脚本家
1984年、米アーカンソー州ノースリトルロック出身。俳優として、ステッペンウルフ・シアター、グッドマン・シアターなどさまざまな舞台に立つほか、TVドラマやインディペンデント映画に出演。『セイント・フランシス』が初の長編映画脚本となる。

INFORMATION

『セイント・フランシス』

監督:アレックス・トンプソン 脚本:ケリー・オサリヴァン
出演:ケリー・オサリヴァン、ラモーナ・エディス・ウィリアムズ、チャリン・アルヴァレス、マックス・リプシッツ、リリー・モジェク 

8月19日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開

text : Chiharu Itagaki

 

FEATURE